第3話 クラスメイトとエルフ

 それから、つつがなく授業は進んでいき昼休みになった。授業中も隣の子(エルフ)が気になって内容がまるで頭に入ってこなかったけど、努めてみんなと同じにように当たり前を装った。


 現在、自席で母が作ってくれた弁当を食べる俺はクラスメイトに囲まれている。

 隣同士の席をくっつけて島を作り、そこに弁当と椅子を持ちよりみんなでご飯を食べているのだ。


 俺を含めて男子が三人、女子が三人、計六人の生徒が即席のテーブルを囲み、そんな光景はクラスの至るところで見ることさができた。みんな仲が良さそうで漫画に出てくる教室みたいだ。 

 あー、でも小学校のときもこんな感じで給食を食べたっけ。


 隣の席のエルフの子、水瀬セレンさんは昼休みになるとどこかへ行ってしまった。他のクラスの子たちとご飯を食べているのかな。

 彼女の名前を知っているのは直接聞いたからではない。教科書に書いてあったのをたまたま見て知っただけだ。


 昼になると自然と集まってきたクラスメイトの質問に俺は答えていく。内容は生い立ちや家族構成、アメリカでの話が中心だ。 


「十年も住んでいたら、やっぱ英語ペラペラなの?」


 ポニーテールの女子、籠原さんは言った。彼女はクラス委員だけあって、快活で勉強ができそうな優等生の風格がある。 


「まあ、いちおうね」


「へぇ~、すごいね!」

「いちおうってのがなんかモヤっとするな」

「あー、わかる。東大の人も『いちおう東大ですけど』とか言いそう」

「俺も〝いちおう〟サッカー部エースですけど」

「なにそれショボすぎじゃん」

「ショボいって言うな、一年でエースはすごいんだぞ」


 クラスメイトたちの掛け合いに俺も彼らもゲラゲラ一緒になって笑う。

 でも内心で俺は、「いや、俺より隣の席の人の方が英語しゃべれそうだけどね! むしろ異世界の言語しゃべりそうだけどね!」と思っていた。


「ん? どうかしたの?」


 水瀬さんの机を見つめていた俺に、彼女の椅子に座る籠原さんが首を傾げた。


「いや、籠原さんの方が外国語を話せそうだなって思って」


「えっ! わたしってそんな才女にみえちゃう!? 困ったな~」


「セトハル、騙されるな。真面目そうに見えるがこいつは脳筋タイブだぞ」


 そう言ったのは俺の前の席の林田優斗だ。


「セトハル?」


「ああ、なんか瀬戸春って繋げて言うとファーストネームみたいじゃん? だからセトハル、どうよ?」


「いいね、気に入ったよ」


 俺がそう答えると彼は得意げにほくそ笑む。


 日本では親しい人でなければファーストネームを呼ぶのは失礼だと漫画で習ったけど、それを飛び越して彼はいきなり俺にニックネームを付けてくれた。これをきっかけに俺も彼をユートと呼ばせてもらおう。


「ちょっと、そんなことよりひどくない? 私ってどんな評価よ」


「運動のできるフインキ委員長って感じ」


 そう答えたのは小田切くんだった。


「雰囲気ってひどッ! 運動だけしかできないアホな子みたいじゃん!」


「いや、間違いじゃねーだろ。じっさいクラス委員としては機能してないしな」

「うっさいのよハゲ!」

「は、はげてねーし!」


 小田切くんは生え際を手で抑える。どうやら彼はオデコが広いことを気にしているらしい。


「まあ、〝いちおう〟ハゲてねーな」とユートが否定する。


「〝いちおう〟じゃねーし!」


 さらに小田切くんが訂正を加えると、僕らの会話を聞いていた周囲の生徒たちから笑が巻き起こる。


「セトハルくん、部活は決めてるの?」


「うん、テニス部に入ろうと思ってるよ。向こうでもやっていたんだ」


「そうなんだ! わたしと同じだね」


「籠原さんもテニス部なんだ」


「うん、よろしく」


「よろしく――……」


 あれ? 


 もうすぐ昼休みが終わろうとしていたそのとき、ふと気くいた。あの教室の外、扉の端から見えたり隠れたりする長い耳は、水瀬さんだ。


 どうやら彼女は教室に入れずにいるようだ。

 俺はすぐに理由に至る。

 他の生徒が自分の椅子を占拠してしまっているからだ。昼食のときに離席したからいつも教室の外で昼食を取っているのかと思ったけど、ひょっとしたら違うのかもしれない。

 気が回らなかった俺のせいでもある。


「水瀬さん、ごめん。いま元に戻すよ」


 片手を上げて俺は水瀬さんを呼んだ。

 肩がびくりと跳ね上がり、水瀬さんは申し訳無さげに教室に入ってきた

 

「おう、もうこんな時間かよ」

「だね」 


 彼らは各々が動かした机や椅子を元に戻していく。


「次はなんだっけ?」

「えいごー」

「まじ? セトハル余裕じゃん、ネイティブな発音楽しみにしてるぜ」

「あ、ああ……」

 

 おずおずと教室に入ってきた水瀬さんは、俺と目が合うとすぐに視線を逸らして小さく会釈したのだった。

 彼女は人見知りなのだろうけど、所作に日本人らしい奥ゆかさを感じる。

 

 ――だが、エルフだ。やっぱり俺は彼女のことが気になって仕方ない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る