第2話 転校生とエルフ

 俺の名前は瀬戸春、父親の仕事の関係でこの街に引っ越してきた高校一年生だ。


「瀬戸さーん、入ってきて」


 今日は転校した高校に通う初日、担任の先生に呼ばれた俺は扉を開けて教室に入る。


 ふっ、と空気が揺れるようにみんなの視線が集まり、1−Bのみんなに注目されながら教卓の前で立ち止まった俺は、ぎこちない動きでみんなの方に体を向けた。


 緊張してみんなの顔が見れない俺は、教室の後ろの掲示板を注視して自己紹介を始める。


「はじめまして、アメリカのマサチューセッツ州から引っ越して来ました瀬戸春といいます。十年振りの日本なので戸惑うことがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」


 おおっ、と教室が沸いた。

 生徒たちがざわめきはじめたのは、きっと帰国子女が珍しいからだと思う。

 クラスから反応をもらえたことで緊張がいくらか和らだ。


 俺は小学校二年生のときから今年の五月までアメリカに住んでいた。

 久しぶりの母国、久しぶりの日本の学校、全国どこにでもあるデフォルトの学び舎風景がひどく懐かしい。小学校は幼少期に過ごした虚ろな記憶しかないけど、帰ってきたことを実感する。


「はい、じゃあ瀬戸さんは窓際の一番後ろの席に座ってね」


 担任の先生に促されて窓際を見ると、最後列に空席が用意されていた。

 やったぞ! あれは俗にいう主人公席ではないか。

 映画にアニメにマンガに小説、空白期間を埋めるため日本のポップカルチャーは一通り復習済だ。もちろん俺自身、日本のサブカルが好きだし、マンガに出てくるようなスクールライフに憧れを持っていた。


 列の間を通って着席した俺は、「よろしくね」と隣の席の生徒に挨拶をする。


「よ、よろしくお願いします……」と内気な声で小さく会釈した彼女は、俺と目が合うとすぐに逸らしてしまう。


 俺は思わず固まった。思考停止だ。黄色いネズミの電撃に打たれたような強いショックを受けた。

 隣の席は女の子で、彼女は眼鏡を掛けていた。フレームが細い普遍的な眼鏡だ。

 いや、眼鏡も問題ではない。問題なのは彼女の容姿である。


 俺はまじまじと彼女の横顔を見つめる。


 金髪? いや、銀髪? いやいや、それはどっちでもいいんだ。アメリカにも天然のブロンドヘアはいた。

 まず耳が長い。異様と表現しなければいけないほど長い。

 そして小顔で超絶整った美しすぎる顔立ちは、もはや人の粋ではない。


 一言で表現すると、彼女はエルフだった。


 ガン見する俺の視線に気づいた彼女は顔を紅くして俯いた。


「あ、あの……、なにか……」怯えるような声で彼女はささやく。


 俺は眼を擦ってもう一度、隣に席の子の顔を見る。

 金糸のような長い髪、髪と同じ色の長い睫毛と眉毛、翡翠色の瞳、ピンと尖った長い耳。

 ……やっぱりエルフだ。ファンタジー漫画やアニメや映画でしか見たことのないエルフが隣にいる。


「??????」


 頭の中がクエスチョンでいっぱいになった俺をよそに、「それじゃあ授業をはじめるわよー」と先生が声を上げて俺は前を向いた。


 状況が掴めないまま鞄の中から真新しいテキストを取り出して開く。


 んー? あれぇー? おかしいぞ? エルフ? どう見てもエルフだよな。エルフが教室にいる? 俺……、いつの間にか異世界に転移しちゃったのか?

 でも日本の教室だし、それに他のみんなは日本人だし、普通にしているし……。

 日本ではエルフが当たり前だったのか? 異世界からの留学生?

 そもそもエルフって実在していたんだ、知らなかった……。


 いきなりのカルチャーショックだ。さすがオタク文化発祥の国、我が祖国NIPPON。転校初日から俺の予想を遥かに超えてきたぜ……。

 家に帰ったらジャパニメ好きのジェニファーに教えてあげなければ……。


 とりあえず今は深く考えずにそういうものとして受け止めておこう。


 


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