第3話 怪物

「繰り返します。これよりショーが始まります。」


 四方八方から拍手喝采が聞こえる。まるでそれは僕を急かすようだった。僕にはショーなどできるわけがない、と思っていた。


「こちらのショーの名は『怪物』となります。皆様、どうぞお楽しみください。」


 果たして僕のショーで楽しめることなんてできるのか。


 怪物…何を指しているのかがすぐに分かった。


 ピエロが喋り終わり、マイクが切れる。鉄格子があいた。同時に、僕は唖然とした。そういうことなんだ。僕はこのライオン…いや、怪物を操らなければいけない、と思った。


 怪物がこちらに目を合わせながら近づいてくる。


 わっ。


 怪物が僕に向かって飛んできた。咄嗟に僕は体ごと左に捻った。横目で怪物が横切っているのが分かる。


 わっ。


 もう一度同じ動きをする。怪物も同じ動きをしているようだ。


 わっ。


 また同じ動きをする。


 …僕も怪物も、何度同じ動きを繰り返しただろうか。もう動けない。客席から深目の溜息とか、ブーイングとかが聞こえてくる。仕方ないじゃないか。僕は今、この怪物に喰われようとしている。逃げて当然のはずだ。


 わっ。


 ぐしゃっ。


 途端に客席から声が湧き出た。それは紛れもなく歓喜の声だった。僕の右肩から血しぶきが出ているのが分かる。ステージも怪物も僕の服も赤色に染まりだしている。


「うっ…うあああああああああああ!!」


 やっと痛みを感じ取れた。僕の右腕の感覚が消えている…いや、右腕そのものが消えている。僕は治療ができるわけでも、痛みを止めることもできない。ただ泣き出しそうな声を出すことしかできなかった。


 満足したように怪物がステージの後ろのカーテンへと消えていった。客席から拍手が聞こえる。それが僕に対してなのか怪物に対してなのか分かった。このショーの主役は僕ではない。怪物だ。



 僕はピエロに足を引っ張られながら、控室と呼ばれている部屋に置いていかれた。


「1時間休憩だよ。初めてにしては頑張ったんじゃない?それじゃぁ、また頑張ってね。」


 僕は返事ができなかった。代わりに、声を上げないように、ただ口を閉じていた。


 僕の腕はどうなったんだ?腕があったはずの場所からまだ血が出ている。この控室の床も段々と赤色になっている。


 また同じことをやるのか?


 今度は左腕がなくなるのか?


 その後に右足、左足、胴体、最後に頭がなくなるのか?


 僕の頭は今、そういう疑問と未来しかない。


 地面に寝そべって、欠けた大の字になる。僕はここで死ぬのかもしれない。いやきっと死ぬだろう。


 僕の夢は1つ叶った。ショーができた。だからもう、いいや。僕はここでは死にたくない。



 逃げるか?


 僕の頭に、別の未来が見え始めた。

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