新たな仲間と
騎士団との関係の継続が決まったものの、徹の都合でそれは引き続き秘匿されることになった。関係が明るみになり、村の人たちに知られるとまずいからだ。
そもそも世間一般に力のことが知れ渡ること自体がよくない。その上、傭兵もしくは暗殺者のような仕事をしているとなれば村にいられなくなる可能性がある。
騙しているようで気は引けるが仕方がない。村の人たちに忌み嫌われることは想像するだけで辛いものがある。
そんなわけでガンドを直接牢屋に迎えにいくわけにも行かず、再会は適当な酒場を指定して行われることとなった。現在、徹はそこへ向かっている最中だ。
「いい天気だなあ」
オリオールの街中、指定の酒場へと向かう道中にて、徹は晴れ渡る青空を見上げてそう呟いた。
自分で考えて承諾したこととはいえ、元盗賊の身元を引き受けるというのは徹にとっては荷が重い。村でうまくやっていけそうだと読んではいるが、何せ出会って間もないし、徹の思い通りにいかない可能性は十分に考えられる。
まあ最悪、暴力をちらつかせて言うことを聞かせればいいか、などと徹が物騒なことを考えていると目的地が見えてきた。
中に入ってテーブルにつき、飲み物を注文する。
昼飯時ということも手伝ってか店は繁盛していて、空いた席を探すのにも苦労した。ちなみに徹は端の席が好きなので、今回も壁際に用意された二人掛けのテーブルについている。
先に飲み物が来てしまったので一人で始めていると先日も見た姿が店に入って来て、自分を探している様子が目に入る。
知らない人ばかりの空間で大声をあげるのも気が引けたので放置しているとようやく徹を見付けて歩み寄って来た。小さい樽風のコップを置き、立ち上がって迎え入れる姿勢を作る。
ガンドは片手をあげて挨拶をした。
「よう、兄貴。俺を引き受けてくれてありがとな」
「こんにちは。いきなりで申し訳ありませんが、式上と呼んでいただけると」
何が駄目なのかわからない、とでもいうように首を傾げるガンド。
「いいじゃねえか、これからは俺の兄貴も同然だ。それが駄目なら師匠だな」
「……」
どちらも嫌ではあるが、兄貴と師匠なら兄貴の方がまだましだ。自分は他人に何かを教えるような身分の人間ではない。
徹は観念したようにため息を一つついてから返事をする。
「では、兄貴でお願いします」
「よっしゃ! これからよろしくな、兄貴!」
差し出された右手を掴み、しっかりと握手を交わした。
ついでなので軽く食事をしながら徹は必要なことを説明しておく。
力のことは原則として誰にも知られたくないこと、騎士団との関係は秘密にしておきたいこと、などなど。
理由を懇切丁寧に説明すると、ガンドは笑顔でうなずいた。
「わかったぜ、兄貴にも色々あるんだなあ。ま、秘密は守るし協力出来ることがあったら何でも言ってくれよ」
中々に気さくな人柄だ。
やはり先ほどまでの心配は杞憂で、村の人たちとうまくやれそうだというのは、徹の勘違いではなかったように思える。
「ではそろそろ行きましょうか」
椅子から立ち上がり、会計を済ませるべくカウンターに向けて歩く。
「お、これから兄貴の家に行くのか。楽しみだなあ」
「私の家というと語弊がありますね。教会の一室を間借りしているだけですので」
「は、教会?」
ガンドは突如間抜け面になり、珍しい生き物を見る目で徹を見た。
「ええ、そうですよ」
「そういや今まで聞いてなかったけど、兄貴ってどこに住んでんだ?」
徹は懐からお金を取り出してカウンターに置きながら答えた。
「グラスの村の教会です」
「……」
ガンドはそこから店を出てもしばらく沈黙を貫いていたが、やがて難しそうな顔をしながら口を開く。
「どこから聞いていいのかわかんねえんだけどよぅ」
「はい」
「グラスみたいな小さい村に住んで何してんだ?」
「農業です」
「農業!?」
今度は目を見開きながら大声で吠えるガンド。徹は一緒にいると退屈しなさそうな人だな、などとぼんやりと考える。
「何で農業なんかしてんだ? いや、俺の実家も農家だし別に農業自体を否定するわけじゃねえんだけどよ」
「私には似合わない、ということでしょうか」
「似合わないのもあるし、兄貴なら傭兵でも用心棒でも、いくらでも儲かる道が他にあるだろ。何でよりによって農業なんだよ」
ガンドがそう思うのも無理はない。
あの惨状を目の当たりにした者には、徹が普段田畑を耕しているなどという真実は想像も出来なかったことだろう。
ちなみに、ガンドはオリオールへ連行される際に、盗賊団が根城にしていた洞窟の入り口にあった、元同僚たちの遺体を目撃している。
とはいえ、何故と聞かれても困る。徹からすれば、あの時は農業をして暮らしていく以外の選択肢はなかったわけだし、そもそもこの仕事も気に入っていた。
徹は気持ちを正直に吐露することにする。
「申し訳ないのですが成り行き、としかいいようがありません」
「成り行きかあ。ま、細かいことはいいか。畑仕事だったら手伝えるしな」
案外すんなりと受け入れてくれた。
しかし、ガンドが農家の出身というのは会話の流れで知ったが、これは何かと好都合かもしれない。
わからないことはすぐ聞けるし、巨漢の農業経験者が一人加わったとなれば、伐採が多少早くなったとしても違和感はないはずだ。
「私はまだ素人ですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
「お、おう?」
突然丁寧に頭を下げられたことと、徹がまさか全くの初心者だとは思わなかったことで二重に困惑するガンドであった。
村に到着した徹は、まずガンドを人目につかない所で待機させた上でロブの元へ事情を説明しに向かう。
訳あって一人の人物をこの村の住民として迎え入れたいこと。
更にガンドの身の上など詳しい事情を説明しようとしたところで、ロブはそれを手で制した後にこんな風に言った。
「それ以上は何も言うな。ここはな、元々そういう訳ありのやつらが集まって出来た村なんだ。俺たちはその子孫。だから他に行き場所のないやつってのは黙って歓迎することにしてるんだよ」
「そうだったのですか」
徹はなるほどと思った。道理で村がこんな中途半端な場所にあったり、見ず知らずの自分を温かく迎え入れてくれたりしたわけだ。
話がついたところでガンドを呼ぶと、ロブや周りの住民たちは、
「ほおーでっけえなあ。こりゃ期待の新人だな!」
と言って笑っていた。
ガンドも「任せてくれよ」と言って微笑んでいたので、早くも村に馴染めそうな雰囲気に一安心する徹であった。
ガンドを迎え入れる許可は得たので、徹は次の関門に挑むことにする。
徹が住まわせてもらっている教会に、ガンドも世話になっていいかお伺いを立てなければならない。
さすがに図々しいというか厚かましいと思うので、もし断られれば食い下がったりせず、ガンドには野宿をお願いしようと思っている。家を見付けるまでの数日間だけなら何とかなるだろう。
「ただいま帰りました」
教会に着いたので裏口から入ってみるも人の気配がない。今は礼拝の時間でもないはずだが、と徹は首を傾げる。
そういえば、普段パティが教会の仕事以外に何をしているのかよく知らないな、と徹は今更ながらに気付いてしまう。
とりあえず礼拝堂の方に顔を出してみる。すると、祭壇に向かって祈りを捧げるパティの横顔が目に入った。
ステンドグラスを通して差し込む陽光に照らされた錦糸の髪が輝いている。女神像に向かい両膝をついて祈りを捧げるその姿は、静謐な空間と相まって神秘的な雰囲気を醸し出していた。
声をかけるどころか息をすることすら許されないような気がして、徹はガンドに静かにするよう促しつつ、しばしその様子を見守る。
普段は天真爛漫で歳相応の顔ばかりを見せる彼女だが、やはり修道女なのだなあ、などと徹は当たり前のことに気付かされた。
やがて礼拝を終えたパティが目を開け、こちらに気付いて振り向いた途端、ぱっと花の咲くような笑顔を見せた。
「あら、徹さんお帰りなさい」
「ただいま帰りました」
「そちらの方は?」
徹は横に一歩避けて手でガンドを示しながら紹介する。
「紹介します。オリオールの街で出会ったガンドさんです」
「ガンドだ。よろしく頼むぜ姐さん」
パティが歩み寄り、ガンドを見上げる。
「わー、大きな方ですねえ」
「姐さん?」
一方で、徹は何故パティをそう呼ぶのかと疑問を投げかけると、ガンドは得意気な表情をして答える。
「兄貴が世話になってんだろ? だったら姐さんだ」
「兄貴? トオルさん、兄弟がいたんですか?」
思わず頭を抱えてしまう徹。これ以上話がややこしくなるのは御免なので、さっさと本題に入ることにする。
徹はパティに事情を説明した。
ガンドは訳ありで行く当てがないこと、数日でもいいからここに泊めてあげて欲しいこと。ついでに、徹とガンドは兄弟ではないこと。
「なるほど」
全てを聞き終えたパティは、わざとらしく何もかも理解した、と言わんばかりの表情で腕を組み、何度かうなずいてから笑顔を見せた。
「これも主のお導きでしょう。そういうことなら、是非ここを使ってください。数日と言わず何日でも」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする徹の傍らで、ガンドはおどけた雰囲気で驚く仕草をする。
「おおー! さすがは姐さんだぜ! 懐が広い!」
「懐が広いのは私ではなく、マリア様ですよ?」
以前に聞いた話だが、ここにある女神像はマリアという名の神を象っているらしい。世界最大の宗教であるマリア教の神なのだとか。
「そうかそうか。じゃあマリア様に感謝だな! がはは!」
高らかに笑うガンドを見て、パティがおおらかな人で本当に良かった、と思う徹なのであった。
帰って来たばかりということもあり、この日は教会でひと息つきつつ、ガンドの部屋探しも兼ねての村案内をして一日を終える。
翌日。
「この辺りですね」
徹は林を開墾する仕事を教えるべくガンドを現地に案内していた。畑を耕すことに関しては彼の方が先輩だが、木こりはしたことがないらしい。
人差し指で開墾の対象となる範囲を示しながら言う。
「大体あの辺りからあの辺りまでを切り拓いていくそうです」
「よっし、力仕事なら任せてくれ!」
ガンドは伐採用の斧を手にしながら、そう言って腕を捲る。
「頼りにしています」
社交辞令でも何でもなく、本当に徹は期待を寄せていた。
しかし、ガンドは斧を構えてさあ行くぞ、というところで首を傾げて、周囲を見回してから口を開く。
「でもよ、こんなの兄貴がやれば一瞬じゃねえのか? いちいち斧なんて使わなくても素手で辺り一帯を更地に出来るよな?」
徹は顎に手をやり、生真面目に考えてから答えた。
「どうでしょう。流石にそれは大げさだと思いますが……その、何と言いますか。そもそも私の力は隠さなければなりませんので」
「おお、そうだったそうだった」
ガンドはがはは、と笑いながら頭の後ろに手をやる。
「じゃあ、兄貴の分まで俺がやらねえとな」
そう言って表情を引き締めたガンドは、一つ深呼吸をしてから斧を構え直した。そしてそれを地面と水平に、思い切り振りかぶる。
「どりゃあ!」
咆哮と共に斧と樹の幹が激しく衝突した。
周辺の梢から、憩いの時を奪われた鳥たちが一斉に飛び立つ。徹とガンドの頭上からは緑がしばらくの間絶え間なく降り注ぎ、二人を彩った。
幹にはたった一撃とは思えないほど深い斧の痕がくっきりと刻まれている。
「どうだ? こんな感じか?」
ガンドが平然と尋ねるが、徹は驚きのあまり固まってしまう。すると村の方からロブが慌てた様子で駆け寄って来た。
「どうした! 何かすげえ音がしたぞ!?」
徹はその声で我に返って対応する。
「何もないので大丈夫ですよ。わざわざご足労頂いて誠に申し訳ありません」
「そうか。じゃあ今のは何だったんだ?」
「ガンドさんが斧を一振りしただけです」
「斧を? 何かが爆発した音かと思ったぜ」
「驚かせちまって悪いな、ロブの旦那」
「いやいやすげえな。俺にも見せてくれよ」
「よっしゃ。じゃあ見ててくれ」
ロブにも褒められて気を良くしたガンドは、鼻息も荒くもう一度を斧を構え、それを先ほどと同じように振った。
「どうぅおぉりゃああ!」
再度轟音が林一帯に響き渡る。が、しかし今度は樹がめきめきと倒れだした。
「うおっ!」
想定外の状況にロブが驚愕の声をあげる。
ガンドも同じ様子だったが、倒れて来た樹を咄嗟に片手で軽く受け止めると、その行動がまたロブの驚きを生む。
「何から何まですげえなあんた!」
「おお、悪い悪い。まさか倒れるとはな」
徹も同様に驚いていた。
樹としては細い部類に入るとはいえ、まさか二回で倒してしまうとは。徹が言うのも何だが人間の領域を超えている。
生まれ持って恵まれた体格。そしてそれにあぐらをかくことなく鍛えぬいた末に手に入れた彼の力は本物なのだと徹は改めて感心した。
「いやーびびった。さすがは期待の新人だ!」
「そんなに褒めるなって! わはは」
調子に乗ったガンドが高笑いをする。そんなロブとガンドの微笑ましいやり取りを眺めていた徹だったのだが。
ちくり。
突然に異変を感知した。
実際に肌に直接的な刺激を感じたわけではない。何か――そう、いわゆる視線を感じるというやつだ。
荒事に関してはまだまだ初心者な徹だが、一度実戦を経験したせいか、はたまた元から「力」によってそういった鋭敏な感覚を持ち合わせていたのか、それはわからない。 しかし、感じる。誰かに見られている。それも恐らくグラスの住人ではない。
徹はゆっくりと首を左右に振って周囲を確認した。すると、視力の上がっている徹でも裸眼でぎりぎり視認出来る距離の、遠くの木の陰に、いた。
かなり離れている上にローブを羽織り、フードを深く被っているのでどのような人物かはわからないが、確かにあそこに人がいる。
数秒その人物をじっくりと見つめてしまってから、徹はしまった、と思う。相手にもこちらが気付いたことを悟らせてしまった。
もう見て見ぬふりは出来ない。ならどう対応するべきか。問題は相手が敵か味方かということだ。
敵ならいますぐ走って行って捕まえるべきだし、味方なら好意を示すか、話しかけやすい雰囲気を作るべきだろう。
しかし、ガンドだけならそれで問題はないが、今はロブもいる。あんなに遠くにいる人に見られている、ということに気付くこと自体が問題だ。
ならば選択肢は一つ。ロブにも気付かれないよう、相手が敵でも味方でも問題のない対応をすればいい。
そう考えた徹はロブもガンドもこちらを見ていないタイミングを見計らい、もう一度件の人物の方に顔を向け。
微笑んだ。
そう、ただ微笑んだ。式上徹、渾身の愛想笑いである。久々にやったが、しっかり口角を上げたし完璧に出来たはずだ。
これで相手が敵であろうと味方であろうと「こっちに向かって笑いかけてくれたしいい奴に違いない」となり、好意的に捉えてくれるに違いない。
勝手に一人で満足した徹は自分も作業に取り掛かることにした。
その後謎の人物は、いつの間にか姿を消していたのであった。
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