極まりし秘宝


 カフェプリムラにて───



「沙耶ちゃん!?どうして…今日は店やってないけど…。」


「いや…おじさんこそどうして…?」


 互いに目を合わせたまま少しだけ硬直した後、沙耶が動いた。



「まぁ、いいや、家に行ったけど誰もいなかったから、ここかなって。」


 素貴はそれを聞いた時、蒼子とはよく来てたのか、そう思った。



「あぁいや、ごめんね、ちょっと色々あって…あ、でも良い報告があるんだ…!そっか、君にも話さなきゃだったね…実は───」


 素貴のサプライズはそこで途切れた。


「蒼子ちゃん、元気になったかな?」




 ─1─


 人間離れした身体能力。


 それはスピラナイトを有していればさほど驚く事では無い。スピラナイトによる身体強化は、心装を精神世界から投影し、外の世界に具現化させる───言ってしまえばその基本形と言える。


 スピラナイトを使って戦いに身を投じるのであれば、それはなのだ。今この戦いで、それが出来ていないスピラナイト使いは一人もいない。



 だが、この男達は違う。



「ふん!」


 平凡であれば光の速度にさえ見える程の斬撃。


「くっ…!」


 それが一度では無い。二度、三度───そして四度。


 あらゆる方向から迫る、冷たい鉄がもたらす死の予感。



 才太郎は後退りしながら、サイトウの放つ斬撃をギリギリで避け続けている。


「とんでもねえ速さだ。おおよそ人間離れしてやがる。まぁ人間じゃねえんだから驚く事でも無いか、なあ?」


 才太郎の言葉に耳を貸すことも無く、黒スーツを着たサイトウが居合の構えから突進をする。それに対し───



「重力弾…!」



 才太郎が右手に握った拳銃から発砲した。以前巨大化したカーネルさえも一時的に落とした、鉛の弾───


 ───向かってくる銃弾に一切動じること無くサイトウは突進を続け、そのまま刀で下からそれを真っ二つに切り落として更に猛進した。


 才太郎の前に到達したサイトウが、頭上から一閃───しかし───


 ──────才太郎は、それを左の前腕で受け止めた。



「お?流石に驚いたか。ちょっと色々あってな、俺の左腕はだ!」


 才太郎の左腕が、サイトウの刀を思い切り上に弾いた。がら空きになったサイトウの上体に、才太郎の右ストレートがねじ込まれる。


「おらぁ!!!!」



「ごふっ!」



 まるで空間ごと押し出したかのような速さで、サイトウが一直線に吹っ飛んだ。



「いいねえ。やっぱりこうじゃなきゃな、っつうのは!」



 吹き飛ばされたサイトウが立ち上がり、口を拭ってから声を発した。


「流石に剣を見られれば気づかれるか…あぁ、梅谷才太郎と呼んだ方が良いのか?」


「あぁ、何でもいい。別に昔みたいに呼んでくれたっていいんだがな、お互い壁を作る仲でもねえだろう。」



「どうだか…少なくとも今は、私とお前は敵同士だ。」


 それを聞いた才太郎は少し悲しい顔をしてからこう言った。


「かつて俺たちは神魔戦争で、生命の世を護る為戦った…それを誇りに思えとは言わねえ。だが、何だってアンタ程の手練があんな人間に仕えてる?それだけが俺には理解が及ばん。」


「…?そうか、私が事は不思議ではないんだな。」


 才太郎は少しだけ黙った。決して答えに迷ったからでは無い。ただ、彼は、目の前の彼がを、未だに呼んでも良いのかを迷ったのだ。



「…あの静子でさえ無事かどうか分からねえ戦いだった…。正直全員消えちまったと思ってたよ。だからお前をさっき見た時は、まさかお前がかつての同胞だなんて微塵も思わなかった。だけどな───お前のその剣も、相手を殺す様な気迫も…他の誰かに真似できるモンじゃない。そうだろう?──────



 ──────斎藤一。」


 才太郎は名前を呼んだ。敢えて、彼をその名で呼んだ。少なくとも、その名前で呼ぶのに相応しい程の剣技は失われていなかったからだ。



 そう、この2人はスピラナイトにより身体を強化して戦っている訳では無い。


 かつてスピラナイトを三家に与えた神───その遣い。神が現世の異常を解決する為に派遣した代行者───それが彼らの正体である。



 ─2─


 人ならざる者同士の戦いとほぼ同時に、もう一つの戦いが勢いを増していた。



 3メートル近い巨大な矛が夜空を照らしながら宙を舞う。


 その先にいるのは、黒い薄手のロングコートを羽織った男。


 男は華麗に着地と跳躍を繰り返しながら、その矛の脅威を避け続けていた。


(取るに足らん速度だな。)


 男は向かってくる矛を再び直に掴み取り、それを握り潰す。


「解せんな、偽物レプリカとは言え、倭文宵が作り上げた物だろう。それがこの程度の強度と速さとは。単に衰えたのか、それとも本気を出していないのか、どちらだ?」



 遠くでそう呟いた瀬上陸奥の声は宵には届いておらず、彼女はただただ無言で次の攻撃の準備を進めていた。


(近接ではあちらに分がある。近づかれれば間違いなくこちらの負けだ。)


 宵の3本目の贋式・天沼矛が展開された。


(3本目か。ここまで躊躇なく展開するという事は、こちらの想定は超えてくるのだろうな。)


 ───陸奥が構えを取る。


 ───そして、宵からは3度目の矛の射出。



 両者の距離はおよそ90メートル。天沼矛が陸奥に到達するまでの時間は約1秒弱───その速度は優に時速300kmを超える程の速さだが。


 心装を展開している瀬上陸奥この男からすれば、その僅かな時間は体感で5秒以上。初撃の

 準備に要する時間としては十分すぎる猶予があった。



「心装転換───戦鎧芭蕉センガイバショウ


 心装を切り替えた陸奥の全身を、青く光る鎧が覆った。それまでの、ただ全身を心力で強化する事をサポートする、目に見えない心装と異なり───まるで青魚の鱗の様な、鈍く光る鉄のような青───速く、鋭く動く事に重きを置かれた、細く、滑らかな曲線が体を覆った鎧だ。



 陸奥が上空へ跳んだ。



(速い───!)


 矛の直線的な初撃を躱された宵が即座に天沼矛へ命令を与える。矛は躱された地点を起点に上空へ折り返し、再び時速300kmを超える速度で陸奥に迫る。


(同じ事よ───)


 陸奥が向かってくる矛に対し正拳を打つ。しかし───



 ───高速で進む矛は陸奥の手前で折り返し、彼の背後の空へと向かった。



(成程、自動追尾している訳では無いのか。)


 背後の空へと打ち上がった矛が、三角形を描いてから再び陸奥へと迫る──────


 ───背後からの攻撃、空中においてこれ以上に躱しようの無い攻撃は無いだろう、宵もそれを狙っての不意打ちだった。しかし───



 矛の刺突、その直前。陸奥は



 一度きりの不意打ち───その結末は呆気なく。矛は地面を大きく抉りとり、砂煙を撒き散らして静止した。


 ───そして…飛行する陸奥が宵へ迫る。


「躱せまい…!」


 陸奥による宵に向かっての高速の突進───躱された矛が他所に放置されている以上、宵に迎撃の手段は無いように思われた。しかし───



「ほう…防壁か。」


 宵の頭上から繰り出された陸奥の拳は、宵が咄嗟に展開した円状の防壁によって防がれていた。


「だが…脆いな。」


 陸奥が少しだけ力を込めた事で、宵の防壁はバラバラのガラス片の様に散り散りに破壊されていく。


 互いに距離を取り、一連の攻防の手が止まった。



(降霊術・隼の式…かつて平城京を守護したとされる隼人盾も、リソースが限られると厳しいな。)


 宵が咄嗟に展開し身を護ったのは、彼女の得意とする降霊術の力である。降霊術と銘打ってはいるが、本来の英霊の類を呼び出している訳ではなく、あくまでも彼女が精神世界にて解釈し、己の精神うちで練り上げた伝承の形を呼び出しているに過ぎない。とは言え実現するには高解像度のイメージが必要であり、これを実現できるのは倭文家が培った長年の知見による部分が大きい。


 しかし、宵はこの魔除けの加護をに常時展開している状態の為、この場においては本来の5分の1程度の出力でしか展開できていなかった。


「脆い…先の一撃程度で壊れるとは。護るモノが多いと苦労するな。とは言え───


 ───やはり衰えたな、倭文宵。全盛の貴様であれば、あの程度の一撃は片手程度で十分事足りていた筈だ。」



 兜の中の陸奥の目は光無く、まるで映すものを吸い込むような黒色を放ち、宵に眼差しを向けていた。そして、陸奥はこれで最期だと主張する様に声を上げる。


「はっきり言おう。つまらん諍いだった。もう貴様は良い。」



 陸奥は再び、宵に向かって突撃した。しかしその判断…ひいてはその判断をするに至った目の前の人間に対する力量の捕捉が甘かった──────



 突如、陸奥の背後から高速で矛が突撃する。


(───!?)


 咄嗟に反応し、後方からの刺突を蹴りの一撃で弾き返すが。


 ほぼ同時に、今度は頭上から迫る。


(何!?)



 周囲の地面を風圧だけで抉り取る。流石の陸奥も此度の攻撃は避けきれず。


「…ぬぅ……。」


 陸奥を覆う鎧のうち、両腕を覆っていた篭手の部分が一部欠損する。しかし───



 矛の攻撃は止まらなかった。次は地面と水平方向、陸奥の左右から2が同時に着弾した。


 矛同士がぶつかり合ったのか、それとも陸奥の鎧と矛がぶつかり合ったのか…高らかな金属音が周囲に響き渡る───



 ───音を立てたのは鎧の弾ける音だった。



「がは…………」



 陸奥の鎧が4割程度破壊され、彼の胴体部分が顕になる。



(今ので何本目だ…5…いや6本か……一体…。)



 陸奥がギリギリ膝をつかず、持ち直して体勢を直した、その時───




 ───彼の周囲は、無数の矛で覆われている事に気づいたのだった。



「これは…………。」



神矛ジンム多重展開タジュウテンカイ。見誤ったな、陸奥。精神世界に貯蔵できる心装の数は規模によっても変わってくるが、我々クラスであれば通常5~7つ程度だ。私の精神世界の広大さ、贋式・天沼矛の容量を考慮すれば、私が保有出来る矛の数は多く見積っても4,5本程度と予想したのだろう、違うか?」



 陸奥は肯定も否定もしなかった。つまりは図星だったのだ。



「残念。私がこの場に用意した矛の数は───



 ───30本だ。」


 宵の言葉に、陸奥は黙った。兜の中の彼の顔がどうなっているのか、それは宵にも知る由はない。


「私は如何に強度を落とさず、より多くの心装をこの心に宿せるかを試行錯誤し続けた。研鑽を続けて実に30年だ。長かったとも。」



「貴様は先に私は衰えたと言ったな。あれは違うぞ───


 ───私はな…まだまだ、道半ばだ。」



 宵の人差し指が軽く命令を出した。と。簡単な合図によって訪れたのは、巨大な爆発───


 一瞬のうちにあたりは大きな花火に照らされたように光で彩られ、陸奥とその周辺、半径100メートル程度の範囲が爆発に巻き込まれた。






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