終章

倭文家にて。



「さて、と。」


 蒼子、マスター、宵の3人が、倭文来と共に倭文家本邸へと向かう為、カフェプリムラを飛び出していった後───


「あれ?君は帰らないのかい?」


 喫茶スペースの隅で手足を拘束された状態のリィンが素貴にそう言った。煽りでは無く、ただ単純な疑問として。


(確かに、梅谷さんの言う通り僕がここに居ても出来ることは無いのかもしれない、ただ危険なだけなのかもしれない。)


 それでも、素貴の足は動かなかった。否、動かす訳にはいかないとそう思ったのだ。


「あぁ、僕は帰らないよ。ここで、君を、しっかり見張っている───僕はもう逃げない。蒼子が戦っているようにね。」


 戦う力を持たない素貴がここにいた所で出来ることは殆ど無い。この行為はハッキリ言って無意味だ。だとしても───


(僕にとっては、大事な事なんだ。)




 ─1─


 太陽が丁度てっぺんから少し傾き始めた頃。


 蒼子と宵はマスターの運転で高速に乗り、急ぎ県北にある倭文家本邸へ向かっていた。


「来によれば襲撃者は3人だったそうだ。大所帯では無いという点では、以前のデミ・スピラナイト襲撃時と同じだが…。」


 後部座席で外を見ながらそう話す宵に対し、マスターは1つ気掛かりな事を話した。


「目的は海斗ってことになるのか。今このタイミングで倭文家を襲う理由…仮にデミ・スピラナイトじゃないとしたら、順当に考えて襲撃者は瀬上家って事になる。しかも、海斗の遺体を安置している事はあっちの当主に共有済みだ。だが…海斗を狙う理由は何だ。」


「彼の遺体がほとんど朽ちていない事…無関係とは思えんな。察するに、瀬上家は海斗の遺体が傷んでいない理由を知っているか、或いは心当たりがあるのか。」



 次に口を開いたのは蒼子だった。



「だとしても、海斗の体を何の為に求めるんだろう…。」



「そこだよ。そこがわからねえんだ。瀬上家は一体何をしようとしている…。」



「元々最近は何を考えているのかわからない奴らだ。ここで考察しても答えは出ないだろうな。とにかく現着後、直ぐに海斗の元へ向かうぞ───まだ無事であれば良いが…。」



 3人は目的の見えない襲撃に焦りを見せながら、順調に目的地への距離を詰めていった。




 ─2─


 ───14時33分、倭文家にて。


「おいおい…静かだな…。」


 マスターは嫌な予感を滲ませる様にそう言った。


「とにかく海斗だ。急ぐぞ…と言いたいところだが、すまないが2人は先に向かってくれないか───」


 宵の考える事を先読みした蒼子が彼女の背中を押した。


「うん。宵さんはご家族の所へ。後で集合しよう。」


「あぁ、すまない。恩に着るよ。」



 こうして3人は一度解散し、マスターの案内で海斗の遺体が安置された倭文家の地下シェルターへ向かった。



 ──────────────────────



「結構寒いね…。」


「まぁ、地下だからな。地上よりは冷えるだろう、上着持ってこなかったのか?」


「あぁ…うん。急いでたし、家に寄る余裕無かったでしょ?」


 2人は薄暗い通路を止まることなく進んでいく。途中妙な物音がした事に少々警戒しつつも、とりわけ難無く最深部へ到達した。



 ───しかし。



 海斗の遺体を保管している棺の前に立った時、2人の嫌な予感は見事に的中するのだった。



「いないな、これは。」


「うん、私にもわかる。」



 言語化出来るような感覚では無いが、2人には何となく、目の前にある棺の中には誰もいない事が感じられた。


「クソ……遅かったか…!」


 苛立つマスターの傍らで、蒼子は棺を開けて中を確認すると、そこに残されていた黒のライダースに触れた。


「これ……。」


「あぁ…海斗のだ。あいつのお気に入りだったからな…入れといてやったんだ。」


「いつも着てたもんね、あの人…。」


 蒼子は懐かしむように、黒いライダースを手に取って抱きしめた。


(海斗………。)


「2人とも!」


 背後から聞こえてきた宵の呼びかけに応える様に2人は後ろを振り返ると、宵は2人の子供を連れてこちらへ向かってきていた。


「すまん、少し遅かったみたいだ。」


 マスターの苦い顔を見ても宵は特段顔色は変えず──────


「仕方が無い。ただ、まだ遅くはなさそうだぞ。そうだろう?サソイ?」


 宵が隣にいた少女に声をかけると、少女は少し恥ずかしそうに顔を縦に振った。見たところ7,8歳位だろうか。


「娘さんか?」


 マスターの問いに対し、宵は誘と、もう1人の少年に「挨拶をしなさい。」と声をかける。


「あの…しとりさそい…です。」


 少女が照れくさそうに顔を俯かせてそう言うと、隣の少年も同じように名を名乗った。


倭文迷しとりまよい。」


「マヨイが兄で、サソイが妹だ。それで誘、耳にした事をこのおじさん達にも話してやってくれないか。」


 宵が宥めるようにそう言うと、誘は困った様な顔で一生懸命説明した。


「あの…あの……、私隠れてて…そしたら男の人が2人出てきて……かいとのけいしょう手続きを、何とかって……。」


 誘の説明は拙く、正直なところ蒼子にもマスターにもよく分からなかったが、一通り彼女が話し終えた所で宵が補足を入れた。


「私にも正直よくわからぬ。だが、瀬上家が海斗の体を使って何かしようとしていることだけは確かだ。マスター、今の海斗の状態は一体何なのだ?お前なら心当たりがあるのではないか?」


 マスターは答えに困った。海斗の体に何が起こっているのかの見当はついている。だが、それは言えないなのだ。



 だから、ひとしきり考えてからマスターは話せる部分だけ絞り出して言葉を繋いだ。


「海斗の今の状態は……多分、神薙の刀のせいだ…。」


「神器の影響だと?」


 宵は一瞬だけ腑に落ちた様な表情を見せたが、直ぐに理解が及ばなくなった様に聞き返した。


「本来、神器ってのは、それを作り出した神でさえも扱える者が限られる代物だ。到底人の身で扱えるものじゃない。俺達がそうだった様に、アレは本来、所有者以外に扱える者がいないんだ。」


「成程、海斗があれを扱えたのはなにか特殊な事情があるのだな?」


 宵の理解を十分に肯定するようにマスターは説明を続けるが…。


「例え優秀なスピラナイト使いだった海斗でさえそれは例外じゃなかったはずだ。それを可能にする方法があるとしたら、少なくとも俺はしか思い当たらない。」


 マスターが考察の答えを出す前にそれを蒼子が遮った。



「ね、ねぇちょっと待ってよ…さっきから理解が及ばないんだけど…。何…ジンキ?神…?なんというか、それはもうなんじゃ…。」


 大体スピラナイト自体以前の蒼子からすれば漫画の世界の話だったのだが…それすら状況に応じて飲み込んできた彼女でさえ、今の会話にはついていけずに苦笑いをした。


「あぁ…そうか、そこから説明しないといけないな…───


 ───宵、蒼子。一旦足だけ動かさないか?どうせ瀬上家に向かうなら高速を飛ばしたってここから2時間半はかかる。」


 宵はそれに同意して首を縦に振ると、迷と誘に目線を合わせるようにしゃがみこみ、2人の頭を撫でた。


「マヨイ、サソイ…すまないが母は少し出張だ。キタルのおじさんが直に帰ってくるから、良く言う事を聞いて、何かあれば。だ。出来るな?」


 宵の柔らかい口調に元気良く頷き、2人はそそくさと地上へ戻って行くと、母の顔を止めてスイッチを切り替えた宵の合図と共に3人は再び歩き出す───



「では、行こうか。久方ぶりの東京へ。」


 宵は着物を翻し、マスターは薄いピンク色のシャツの袖を捲り───


 ───蒼子は、抱きとめていた黒いライダースを見つめて少し考えてから、それを身にまとった。


(海斗…力を貸してくれ。当然だろう、貴方を助けに行くんだから、少し位、さ?)




 3人の次なる目的地、東京───


 ───そこは、瀬上家が本拠を構える地であり、かつてのデミ・スピラナイト大虐殺が行われた場所でもある。

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