暗転


 ───2004年12月末日。


 瀬上家別邸にて。


 必要以上に薄暗く、仄かにチャンダンの香りが漂う部屋の中で、二人の男が話をしていた。


「待っていたぞ。知らせは聞かずとも先に耳に入っているが、吉報は何度聞いても良い。」


 先に口を開いたのは白髪の男だった。男が少し長い襟足を手櫛で軽く撫でると、ひと呼吸おいてもう一人の男がサングラスを胸ポケットにしまいながら足を止め、口を開いた。


「デミ・スピラナイト一派───もとい一色家の末裔によって、海斗様が殺害された様です。また、神薙の刀の周囲には、倭文宵、及び海斗様を匿っていた男によって結界が張られています。回収は難しいかと。」


 黒いスーツを纏うその男は、丁寧に背筋を伸ばした体勢でそう言った。


「御苦労。そうか、やはり刀は早々に手を打ってきたな。まあ良い。あれは特段計画には不要だが、外部の者にされてしまってはかなわんからな。可能ならこちらで掌握しておきたかったが…。此度は倭文家に地の利があったか。」


(天上由来の代物を倭文家が欲しがらない筈が無い。流石に動き出しが早かったな、倭文宵よ。)


 白髪の男はゆっくりと言葉を続ける。


「他に気づいた事は?」


「特段ございませんが、一点気になる事が。」


「言ってみろ。」


 黒スーツの男は躊躇いも無く、スラスラと言葉を紡ぐ。


「私が確認した時点で戦闘から既に1週間近く経過していますが、それにしては遺体の腐敗が遅すぎるかと。少なくともそれまでは屋外に晒されていたはずですが、周囲には蛆一匹湧いていませんでした。」


(ほう…?)


 白髪の男は少しだけ目を見開いた。その事実に微かな高揚を覚えるように。


「して、以後はいかがなさいますか。倭文家はともかくとして、一色家についても幹部2名が落ち、危惧していた1名についても重症のようですので…しばらく動きは無いかと思いますが。」


 その言葉に対し白髪の男は、少々適当に指示を出した後、己の興味が向いた話題へと早々に切り替える。


「かまわん。暫くは放置しろ───


 ───ところでサイトウ…以前に神器を人の身で扱うのは通常不可能だと言ったな?」


「はい。スピラナイトを有していても、人の身で神器を扱える事は通常有り得ません。」


「では何故海斗はあれを扱えたのだ?」


 その問いに、スーツの男は一呼吸分考えを巡らせてから回答を出す。


「…一つだけ方法があるとしたら、以外には有り得ないかと…。」


「詳しく説明しろ。」


 白髪の男の興味は留まる所を知らなかった。その様子は落ち着いていて、年相応の雰囲気があったが、内心はまるで少年のようにはしゃいでいた。



「誓約とは、神とそれに準ずる者との契りの様なものです。通常は神と人との間で結び、神に対して絶対的な約束を結ぶ事で、神は相応の対価を与えるという契約です。」


「成程、つまり、誓約の力を以てすれば、人の身で神器を扱う様な芸当も可能だと?」


 白髪の男の気持ちを汲み取ったのか、スーツの男は少々期待値が上がりすぎたその様子をなだめるかのように、次の言葉を放った。


「えぇ。ただあくまでも可能性の話ではあります。そもそも誓約自体…も上の者も余程の事が無ければ行いません。誓約を結ぶ事で対価を与える神側にも一定のリスクはありますので。例えば、ような事があれば、当然神が与えたモノは没収されますが、それと同時に誓約を成した神も報いを受ける事になりますので。」


 実際にそうなった者を聞いた事がないので、どんなペナルティが待つのか、スーツの彼は知らなかったが。



 そんな様子など気にも留めず、白髪の男は1つの結論を出す。


「つまりは、神薙の刀の所有権ないし、使用の権限に足る対価を支払った可能性が、海斗にはあるのだな。」



(神器の使用…いや、事実上の保有。それに値する程の対価か…。)





「海斗が結んだ誓約の内容については調べられるか?」


 その問いに対するスーツの男の反応は早かった。その問いが来る事は事前に予測できたからだ。


「恐れながら不可能かと。誓約については当事者以外に口外してはならないですので…。」



 だが、それに対する白髪の男の反応は予想よりも早かった。

 ルールの裏を突く事は、彼の得意分野だったからだ。



「つまり…知ってしまう分には構わんのだな?」


「えぇ。口外さえしなければ、問題はありません。とは言え今回については本来の所有者も消息不明ですので…そもそも本人の口から知る事は不可能ですが……。」



「恩に着るぞサイトウ。それが分かれば十分だ。」



 白髪の男は立ち上がり、ゆっくりと右足を前に出す。



「恐れながら───


 ───主よ、貴方は一体何をお考えで…?」



 サイトウはその答えを知っている。この男がこれまで話した事実を知った上でどう行動するかは、長年の付き合いで何となく予想がついたからだ。その上で確認をした。彼の歩みを、ハッキリと言葉にして聞きたかったからだ。


「こんな事をお前に聞くのは些か野暮かもしれんが、サイトウよ───


 ───人間にとって最も価値のあるモノはなんだと考える?」


 サイトウは即答した。


「命、でしょうか。」



「ふん…、ある意味予想外な程ありきたりだな。置きに行ったような回答だ。当然答えは違う。」



「終焉だよ。それが人のあらゆる価値を底上げする。命も、若さも、肉体も、全て終わりがあるからこそ、刹那に価値を宿すのだ。それらが悠久を得た時、あらゆる輝きは失われるだろう。」



 この時点でサイトウは気づいていた。成程、我が主は察しがついたのだ。自分の息子なら対価に何を払うのか。


 サイトウも、目の前の男も、ほぼ同時に少しだけ口元を綻ばせた。


「何…私の元愚息にはまだ、使だけの話だ。」


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