現心交錯─転─②
─1─
海斗は猛進した。焔の男へと向かって。だが。
海斗が大振りで振った刀は、黒コートを羽織る炎使いの男に見切られている。
海斗は間髪入れずに予備動作なしで刀を横に振った。高い跳躍でそれを回避した焔の男の黒いコートの端を、刀が僅かに捉える。
(クソ…こいつ速ぇ…)
コートの男は跳躍状態のまま右の掌から海斗に向かって爆発を起こし、それに海斗の心象領域──叛逆の世界が反応した。
紅い光線が海斗の右手から放たれる。空気を割くような音と共に爆発による煙幕を払い、目の前の男へカウンターが襲う。
しかし、煙が晴れた先に男の姿は無く───
「な…!?」
心象領域によるカウンターよりも速く、コートの男は海斗の背後に回っていた。
「無駄だ!」
海斗の体が勢い良く背後の男の攻撃に反応する。心象領域による効果である。この世界のルールである瀬上海斗が標的と認識した者による攻撃は、発動者によって全て倍の力で返されるという絶対的な縛り───これはいかに海斗の不意を突こうとも覆せない。
強烈な回し蹴りに対し、再び海斗のカウンターが襲う。
横に薙いだ刀が、真っ赤な心力を纏ってコートの男を完全に捉えた。斬撃と共に放たれた衝撃波には流石に耐えられず、コートの男は後方へと吹き飛ばされる。
「ッぐぅ…──────
───はは…流石だよアンタは…これは…まともにやり合ったって勝てねぇわ…。」
両者が互いの間合いの外へ出ると、仕切り直しをする様に構えをとった。
(何言ってんだ…テメェだって十分バケモンだ…叛逆の世界が無かったら…俺は何回死んでたか分かんねぇ…。)
強者と強者。互いを刺すような殺気の応酬。
もはやこの戦いについてこられる者は、両者を除いて他に存在しなかった。
─2─
「凄い…目で追えない…ただただ強力な力が働いている事以外…全然分からない…。」
安全な位置で黒コートの男と海斗の戦いを見ている蒼子だったが、今の彼女には到底ついていけるものでは無かった。1歩でも踏み出せば死ぬ。そういう確信があった。
(そうだ…マスターが…マスターの手当を…)
蒼子がマスターの方へ視線を移したが、既にマスターは手持ちの包帯と心装で応急処置を終えているようで、「動くな、俺がそっちに行く」とだけ蒼子に分かるように合図をしていた。
(速ぇ…とにかく速ぇ…。心象領域のサポート無しじゃ反応が追いついてねぇ…。)
海斗は久しぶりに焦りを見せていた。格下とは言え既に2人との戦闘を経て、かつ1人目のカーネル相手にはかなりの心力を放出している。心象領域の維持自体はまだ暫くは持つだろうが、あまり悠長に構えていられない状況でもあった。
「そんな焦った
男の発言に、海斗は頭に走る電流の様な何かを感じた。
(こいつ…俺と面識あんのか…?いや、あるいは…)
海斗はちらりと蒼子とマスターを順に確認する。否、今は考える時じゃない。そう思い直して再び海斗は目の前の敵へと向かった。
───再び両者の一撃が衝突する。
「らァァァァ!!!!!」
───海斗の剣閃
「はァァァ!!!」
───男の炎
互いの心力を纏った一撃がぶつかり合い、轟音と共に巨大な爆発を起こす。
巻き起こった煙幕から脱出する様に、両者は後方へ飛んだ。同時に海斗は右手へ、焔の男は左手に心力を込める。
一瞬の間の後、両者はほぼ同時に心力を放出した。
一直線に向かう、怒りに満ちた様な紅い気と、燃えるようなオレンジの気───2つが中心でぶつかり合い、周囲に強風をもたらした。
「うぅ…!!!!」
「うぉッ……!!」
離れて様子を伺う蒼子とマスターでさえ、その圧に、巻き起こる風力に圧倒され、自分の体をその場に留めることで精一杯になる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「ぁぁぁぁぁああああ!!!!」
互いの気合い、気迫がぶつかり合うように。
しかし、強者の死合は外野の存在によって覆される事になる。
「フヒ…!」
後方から駆ける気配に即座に反応したのはマスターだった。
「な…あいつ…!」
マスターの後方から海斗に向かって走る人物───リィンが腰からナイフのようなものを取り出し、笑いながらマスターの横を抜けた。
(瀬上海斗…分かったぞ…!お前の心象領域の穴が!!お前のカウンターはいつも自分の手で、意思で直接放っていた!つまり横槍を入れられたら反応できないんじゃないのかい!?)
「クソ……体が……」
カーネルとの戦いで自身に重力弾を放ち、左腕を切り落とされていたマスターには追いかける余力が残っていなかったが、その一方で状況を打破しようと即座に動いたのは蒼子だった。
「させない!!!!」
蒼子は走った。元々運動は得意な方だったが、今の彼女は確実にそれまでの走力を超えた走りを見せている。精神世界で記憶を追体験した事で、己のスピラナイトを取り戻した影響である。
───心象領域はおろか、心装すらも持ち合わせていない。だが、入門的とは言え彼女は心力を出力する術だけは海斗から学んでいる。記憶回復によるスピラナイトの補完があるとは言え、初歩的な出力方法だけで、彼女の心力出力は既に並の使い手を遥かに超えていた。
蒼子が姿勢を落とし、右腕を引いた。
「ぶっ飛べぇ!!!!!」
───しかし、青峰蒼子の行動は、結果的に裏目に出る事となる。
瀬上海斗が、彼女の動きに気を取られたのだ。
「蒼子ッ!馬鹿野郎!」
「バカは…テメェだ……!」
一瞬。ほんの一瞬だけ瀬上海斗の意識が蒼子の方へ向いた。焔の男はその隙を逃さなかった。
「ははぁ〜…はははははは!!!!!」
焔の男が放つ心力の光線の出力が、海斗のそれを上回った。
「クソ…!」
ぶつかり合った互いのエネルギーが、海斗の元で爆散した。
─3─
「ぶっ飛べぇ!!!!」
蒼子の放った低い位置からの右ストレートが、リィンの腹を抉る。
「ごはぁ……!?」
(この子……経験も無いのに力を取り戻しただけでこれ程の力が……)
思惑は成就する事無く、リィンは蒼子によって吹き飛ばされ、動かなくなった。しかし───
直後、巻き起こった爆発音に蒼子は血の気が引く感覚がした。
「海斗ぉ!!!」
ゆっくりと煙が晴れていく。しかし───
───心象領域は解除されていない。
「バカはテメェか───いや違うな、お前はもっと大バカだ。」
どういう理屈か分からない術で空中に滞在する焔の男の頭上に、ボロボロになった瀬上海斗の姿があった。
「うっそだろ、今ので──────」
焔の男の思考が完結する間も無く、頭上から一閃───海斗の放った一振の斬撃には、先程の焔の男が放ったエネルギーを倍にしても届かないレベルの力が込められていた。
まるで空間さえも切り裂いてしまいそうな程の強力な縦の斬撃が、焔の男を両断する。
鼓膜を破裂させるような爆発とも、耳を突き刺すような金属音とも取れるような大音量の衝撃が、周囲一体に響き渡った。
─4─
「海斗!!!」
事を終えて着地した海斗の元へ、蒼子が駆ける。
「ったく、下がってろって言ったろ。お前が迎撃しなくても俺の心象領域の効果範囲は全方位、無制限でカウンター出来んだぜ。何かのタイミングで話しときゃ良かったな…。」
蒼子が走り、海斗はゆっくりと、足が崩れないよう確かめながら歩き、互いの元へ向かう。
流石の海斗もとうに限界に近かった。
───だが。
「蒼子、止まれ!そこから動くな!!!」
足を止めた海斗の叫びに、蒼子は反射的に足を止めた。
「はは………はは………すげぇなぁ…瀬上海斗…。」
海斗の背後に、黒コートをボロボロにした焔の男が立っていた。
「アタリだ、やっぱバケモンだわ、お前。」
男はゆっくりと、海斗の元へ足を1歩、2歩と進める。
「自分と互角の心力の塊をよ…普通わざと食らうか…?頭おかしいぜ、瀬上海斗…。」
ゆっくりと海斗の元へ向かう焔の男だったが、海斗には不思議とそこに戦意は感じられない。
しかし、決して構えを崩す事も、残り少ない心力で維持している心象領域を解く事も無い。
海斗の目の前に到達した男は、警戒を解く事の無い海斗に一切臆する事も無く、己を覆うローブを剥いだ、その瞬間───
───目に映った彼の素顔。少し黒みがかかったグレーに近い白髪で癖のある髪型に、少しつり上がった目をしたその顔に、海斗は見覚えのある人物を見た。
「お前…………は…。」
──────刹那。
彼の素顔を視認した海斗は、一瞬だけその男に安堵した。それが敗因となった。
「がは…………」
───血の滴る音がした。
瞬間的に速度を高めた焔の男の放った右腕が、高温を纏って瀬上海斗の腹を貫いている。
「あぁ…なんだその顔は…。なんでって顔してるな、なんで生きてんだって、そういう顔だ───
───お前の敗因はたった2つだ。」
「1つは、お前の心象領域が広すぎたこと。」
「2つ目は、お前が俺に一瞬懐かしさを感じた事。それだけだ。」
(ウソだろ………。)
男が海斗の腹に突き刺した腕を思い切り引き抜いた。朦朧とする意識の中、海斗は流れ込む情報を処理し切れずにいた。
(ダメだ。蒼子…やっぱりお前は逃げろ……こいつは………お前とだけは
───2004年、12月。
この日、瀬上海斗は初めて敗北した。
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