現心交錯─承─
「あいつの心装はダメージを負えば負うほどこちらにとっては脅威になる。やるなら一撃で仕留める他無い。そう言ったのは海斗、お前だった筈だぞ。」
ピンク色のシャツを自慢の巨躯でぴっちり張り、その体を見せつけるように胸を張ったマスターは海斗を静かに咎めた。
「すまねぇマスター、ちょっと冷静じゃなかった。」
首を傾げて次の言葉を放ったのはカーネルだった。
「誰だ貴様。」
目の前の標的に一切臆すること無く、マスターは睨みを返す。その眼光は真っ直ぐ標的を捉えており、一切のブレが無い。まるでこの程度の修羅は何度もくぐり抜けてきているかのような、そんな落ち着きがあった。
「ただの個人事業主だ。」
─1─
「海斗、俺があいつの注意を引いておく、その間にお前は準備しておけ。やれるだろ、あの程度一撃で沈めることくらい。」
「あぁ、問題無くな。」
よし、というマスターの合図と共に、2人は離散した。海斗は後方へ下がり居合の構えを取る。マスターは真っ直ぐカーネルの元へ駆けると、途中でフェイントをかけるように右へ跳躍した。
「ふん!」
カーネルの右腕から伸びた黒い木々が真っ直ぐ海斗を目掛けて突進する。跳躍からの飛距離が伸びきっていないマスターが後方へ上昇しながら、右手に握った回転式拳銃を三発、黒い木々に向かって発砲した。
パン、パン、パンという破裂音と共に放たれた銃弾がカーネルの腕にめり込むが、突進の勢いが衰えることは無い。
(たかが拳銃で俺の腕が止まると──────)
目を瞑って構えたまま静止している海斗まであと100m程の距離で、カーネルの腕は強力な重力を帯びたようにして叩きつけられ、地面を大きく抉った。
「…!?貴様何をした!?」
マスターが一瞬空中に停滞し、そのままカーネルに向けて一発だけ銃弾を放つ。
右腕を固定されたカーネルは身動きが取れず、放たれた銃弾は吸い込まれるようにカーネルの右肩へと着弾する。
「ぐっ…!!」
右肩を覆う黒木の鎧に銃弾がめり込み、衝撃によって僅かながらカーネルの体に痛みが走り、同時に体が地面へ一気に沈む。
「体が動かん…貴様何をした。」
カーネルの苛立ちがこもった問に、マスターは着地と同時に回答した。
「これがただの拳銃だと思ったか?残念だがこいつも、心装みたいなモンだよ。今飛ばしたのは麻酔銃みたいなもんだと思ってくれればいい。」
「チィ…厄介な…。」
カーネルが体の内から力を込めるようにして力むと、全身を覆う木々は盛り上がるようにして肥大化して行き───やがてめり込んだ銃弾が小さな音を立てて地面に転がった。
(成程、自分の感情を糧に心装に栄養を与えたか、ほうほう…大体わかった。)
マスターは即座に弾丸を4発装填し、再び巨腕に向かって数発発砲した。
再びカーネルの腕に強力な重力が発生し、地面に落とされるが、カーネルも再び腕を肥大化させてそれを外へ排出し、同時に左腕を伸ばしてマスターを襲った。
「ふん…!」
巨腕による攻撃をマスターは避ける事無く、自分の体で受け止めた。両腕でしっかりとホールドされた木々の腕がしばらくマスターを後方へジリジリと追い詰める。
「遠距離一辺倒だと思うなよ。寧ろこっちが俺の得意分野だ!」
マスターが掴んだ腕を思い切り持ち上げていく───
「うおおおおおおおお!!!!!」
腕と共に宙へ持ち上げられたカーネルが──────
「何!?」
──────マスターの頭上から思い切り地面に叩きつけられる。
「この馬鹿力……こいつは一体…!!」
「ぬおおおああああああああ!!!!!」
耳を潰すような破壊音と共に、カーネルの体が地面を抉って沈みこんだ。
─2─
「貴様の心装は破壊される事で真価を発揮する。なら壊れない程度に痛めつけてやればいい、それだけだ。さっきの銃弾で大体の耐久力は把握したからな。」
「く……か………貴様………何者だ………」
軽い脳震盪を起こしたような状態のカーネルに向かって、マスターは少し口篭ってから名乗りを上げた。
「…梅谷才太郎。かつて代行者として悪魔共と戦った、お前らで言う神様の遣いだ。」
──────────────────────
(梅谷才太郎ね……随分雑な偽名だな。)
マスターの名乗りを静かに聞いていた海斗はそう思った。彼の真名を知っている彼からすれば、些か滑稽な偽名だと思ったのだ。
(純粋な戦闘力で言えば本来カーネルなんてマスターの敵じゃねぇが、呪木転成ってのはホントに厄介な能力だよ。)
静かに、ゆったりと思考を巡らせながら海斗は集中している。
神薙の刀にありったけの心力を注いでいく。後はマスターとの連携次第でカーネルの全身を覆う心装を粉微塵にするだろう。
大量の心力を収束させた刀に、叛逆の世界によるカウンターを上乗せする。それが海斗の狙いだった。
(準備完了だ。いつでもいけるぜ。)
海斗はハッキリと目を開き、視線を通じてマスターに合図をした。
(あいよ。)
海斗の視線を受け取ったマスターが、カーネルへ突進する。
─3─
「うおおおお!!!」
マスターの右ストレートがカーネルを捉える。
右腕でガードしたカーネルの体が若干後ろに後ずさったタイミングで、マスターの左腕から追撃が入る。
右腕、左、そして右───
───止まらぬ連撃にカーネルはひたすら耐え、一瞬の隙を見て右腕から放たれた木々がマスターを掴んだ。
「くっ…!」
「ッがァッ!」
マスターの巨体が宙へ投げ飛ばされ、無防備な彼をカーネルの追撃が襲った。巨大な針のように伸びた左腕の黒木によって。
「…こいつで終わりだ。」
マスターが呟いた。それと同時に取り出した拳銃の銃口を、己の肩に向けて。そして次の瞬間───
パン。と銃声が響き、マスターの体が地面に叩きつけられた。
(な…自分に撃っただと…)
「イテテ…こういう使い方も…出来るんだな。」
そして、マスターを狙ったはずのカーネルの攻撃は、知らぬ間に跳躍していた海斗へ向かっていった。
「貴様ら…初めからこれが狙いか!!!」
心力の充填が完了した海斗が、目の前に迫る攻撃に一切動じること無く呟く。
「チェックメイトだ。」
黒木の攻撃に対し自分が標的になったと認識した海斗が、構えた刀を下から振り上げる。
空間全てを揺らす様な轟音と共に、紅い衝撃波が射出され、カーネルを襲う。
「あぁ……ここまでか。」
──────────────────────
「カーネル…死んじゃうのかい?」
消えゆく意識の中、カーネルは己の
「すまんな、リィン…またも彼に敗北を喫した。」
「そんな…カーネルが…カーネルが死ぬ……。」
昂っていく感情───もう1人の自分が、自分の中に確かに存在したもう1つの感情が死んでいく感覚。
「ダメだ…ダメだ!ダメだダメだダメだ!!!」
物心がついた時から常に自分と共にいた。どんな時だって彼はそばに居た。
戦いになればいつだって、彼は自分に代わって前線に立った。それは紛れもなく彼自身が望んだ事だったが、リィンにとってもそれは願ってもいない事だったから、リィンにとってのカーネルは正に護り神だったのだ。
自分が前線に立たなくても済むように。
自分が傷つかなくて済むように。
そうやってカーネルはいつも、戦いになれば自ら姿を現した。
「カーネル…うぅ………カーネルゥ……!!」
精神世界という己の内で、昂る感情はついに抑えが効かなくなった。
「お前は!!!!!!──────
──────ダメだな!ほんとうに!!!!」
リィンの拳が、カーネルの頬を抉る。
「やくたたずで!」
横たわるカーネルに跨って、反対方向から1発。
「グズで!!」
更に、もう1発。
「弱くて弱くて!!」
止まることの無い、昂った感情の嵐
「見て!られ!ないよ!!!」
リズミカルに拳を交互に振るい、最後に放たれた強烈な蹴りが、カーネルを突き飛ばした。
転がって、転がって。やがてカーネルは、その場でピタリと動かなくなった。
「あぁ……あーあ…。」
「あれ?」
スイッチを切られた人形のように、まるで人の気配を感じて動きを止めたおもちゃのように静止したカーネルをきょとんと見つめながら、リィンの中には新たな感情の昂りが生まれていた。
「あぁ……あぁぁぁ………ああああああ!!!!!!!!!カーネルゥゥゥゥウ!!!誰が!誰が!?誰だよ!!!ボクの大切なともだちをォォォ!!!!!!」
「瀬上…セガミだ………またあいつらだ……またぁ!あいつらがボクから大切なものを奪ったんだァ!!!!!」
──────────────────────
己の放った破壊光線が沈黙するより少し早く、海斗は地面に着地した。
衝撃が撒き散らした煙幕が晴れ始め、辺りの様子が確認できる程度になった頃、海斗は残りの煙幕を目線で払う様にカーネルの方を注視した。
「終わったか。」
目線の先に映るのは、体を覆う黒木の鎧を跡形も無く剥がされ横たわったまま動かなくなっていたカーネルだけ。
「いっチチ…痛たいなこれ…こんなモンぶち込んでたのか…俺…。」
肩の止血を終えて海斗とカーネルの状態を確認し、マスターはゆっくりと背筋を伸ばし、少し離れた位置にいる海斗に向かって尋ねた。
「海斗!蒼子の居場所は!」
「多分まだ工場の中だ!すぐに向かう!」
マスターにそう告げながら海斗は工場に向かって走り出したが───
───ウ…ウゥ……───
突如、微かに聞こえた唸り声に海斗の足が止まり、マスターの目線が反射的に声の方へ向く。
「そういやそうだったな、こいつ二重人格だった。」
海斗は改めて再認識した。二重人格のスピラナイト使いは、その性質故にそれぞれが別個の能力を有している可能性。
故に、片方を戦闘不能に追い込んだとしても、もう片方が力を行使してくる可能性。
ゾンビのようにゆっくりと、怨念のこもった眼差しを向けながら、カーネルを失い再び表に現れたリィンが告げた。
「さぁ、ラウンド2と行こうか…瀬上海斗…。」
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