現心交錯─起─
「ハッハッハッハッ…ははははははは!!!!」
カーネルと名乗り、リィンと人格を交代した黒ローブの男は、両腕から蛇の様に伸びる樹木を海斗に向かってムチのようにして下方向から叩きつける。
一撃目───海斗はそれを刀で受け止めるも、堪えきれずに後方へ叩きつけられ、コンクリートの壁を破って外へ放り出された。
宙へ放り出される海斗へ、カーネルの二撃目が襲う。海斗は見事にそれを刀で受け流し、右へ弾いた。
「チィ…。」
空中では思うように動けず、海斗に一瞬の隙が生まれ──────無防備になった海斗に向かって、カーネルが突進する。
突進するカーネルの右腕が、ムチとなって海斗に振り下ろされ───
(俺が来る事は織り込み済みか、だとしたら随分と簡単に外へ放り出してくれたモンだな。心象領域対策で狭い室内を選んだ訳じゃ無さそうだ──────
──────まぁいい、どちらにせよ好機だ。お前らの策に乗ってやるよ。)
樹木のまとわりついた腕が、海斗を捉えるその瞬間──────
「術式解錠───────」
海斗の心象領域が展開され、街灯すらまともに無い真っ暗な周囲の風景が、海斗を中心に姿を変えていく。
カーネルの腕が海斗を叩くその瞬間、彼の腕は透明な壁にぶつかったかのようにして弾かれた。
(さぁ…来るか…!)
カーネルはこの心象領域で自分の攻撃が弾かれる事の意味を知っていた。自分の腕が瀬上海斗に弾かれた次の瞬間、自分を襲うのは強烈なカウンター───受けた攻撃を倍にし、高密度のエネルギー波として放たれる叛逆の力である。
───しかし。
カーネルの攻撃は弾かれたまま何も起こることは無く、術者の海斗は地面へと着地した。
(来ない…。成程、条件反射で放たれる訳では無いのか。)
カーネルが地面へと着地する。
周囲を焼けた家屋と田畑が覆う夕暮れ時の風景の中で、両者は見合っていた。
「情報は頭に入れていたがこうして目にするのは初めてだな。これが瀬上海斗の心象領域か。なんともまぁ、怒りと憎悪に満ちた空間だ。ここに居るだけで全方向から殺意を感じる───
───瀬上海斗、驚いたよ。これでは我々と同じでは無いか。」
「冗談だろ、俺の怒りは俺自身に向けられたモンだ。他人を巻き込むテメェらとは本質が違う。」
「違わないさ。お前の怒りは確かに己に向いているのだろう。だがそれはあくまでもお前を通しているに過ぎない。お前の憎しみの終着点はお前を形作る瀬上家に向けられたモノだ、違うか?──────
──────でなければ、己に向かってくる他者からの脅威に対して報復するような性質を持つ筈が無い。」
─2─
───あぁ、なるほど。
確かにそうだと、海斗は思った。
海斗は自分の生まれた家を、自分を育てた家族を、自分で選択することも出来ない、生まれ育ったその境遇を憎んでいた。
御三家の中で、スピラナイトを武力として扱う術においては瀬上家は間違いなく最も優れた家系であろう。それは歴史を見ても明らかだった。
遠い昔、瀬上は力において万物を得ようとしていた。
スピラナイトの研究が進み、力の解析が進んで来ると、瀬上家はその力によって人類を新たなフェーズへと導こうとしていた。全人類がこの力を獲得した時、全ての人間は相互理解の極地に至り、真の意味で他者を理解し合える世界になると。彼の父はそう言っていた。
スピラナイトの持つ他人の心の色を見る性質を使えば、確かにそれは可能な様にも聞こえる。故に瀬上家は本来血によってのみ分け与えられるスピラナイトという力を血縁外の人間に伝播させようとした。その結果生まれたのがデミ・スピラナイトだ。
結果として彼らの精神はスピラナイトに適合できずに崩壊し、力の存在を一般に秘匿するという固く守られた誓いを守る為に、歴史上最悪の大虐殺が行われた。
それを扇動したのも瀬上家である。
同じスピラナイトを持つ血族でも、特に信仰心の強い倭文家は、力の使い方には常に思案を巡らせていた。外道な力の使い方をした時に、それを与えた神々はどう思うだろうと。あくまでも彼らは力は与えられた物と認識していた故、力の使い方には細心の注意を払っていた。
自分達の平穏を護ろうとした青峰家は、力を呪いと捉えた。故に理由の無い力の行使は行わなかった。彼らにとって重要なのは神々でも力で世界を変えることでも無い、ただただ平穏に日々を過ごす。それだけが彼らの願いだった。
一方で、瀬上家はこの力を権利だと捉えていた。
それ故に、瀬上は権利の上での力の行使に躊躇いが無かった。海斗から見ても、瀬上家の人間は選民思想の強い一族だった。世界を変える、新人類の誕生の為に、旧人類の犠牲はやぶさかでは無い。海斗自身もそう教えられてきた。
──────だが、海斗はそれを良しとしなかった。第一、他者の心の色を全ての人間が分かるようになれば、真の相互理解を得られるなど…そんなもので人の心を理解する事が正しい方法だとは到底思えなかった。
そんな方法を確立する為に、自分の目の前で罪のない人が苦しんで、死んでいく事に耐えられなかった。それを当たり前だと思っている自分の家族も許せなかった。
そんな血が流れている自分自身も、考え方一つでそうなってしまうのかもしれないと考えると、もはや自分自身も憎かった。
だから、海斗は家を出た。壊れる前に、そうするしか無かった。
─3─
「カーネルっつったか。一言言っといてやるよ。」
「罪は認める。俺達がやってきた事は到底許されない外道の行いだ。だがな、罪を罪で洗う事が許されると思うなよ───
───罪を罪で洗うこと、それは人道に反する行為だ。それがお前達を内から人外に変えている事にいい加減気づけよ。」
海斗はひと呼吸おいて、穏やかに声を発した。
「だから、蒼子を返せ。あの子はもう力の使い方も知らねぇ、俺達に巻き込まれたただの子供だ。関係の無い人間を巻き込む事はお前達の信条に反する行為だ、そうだろう。」
海斗は出来るだけ丁寧に言葉を紡いだつもりだった。だが、カーネルはその言葉を受けて───
───高らかに笑った。悲しそうでいて、どこか嬉しそうに。
「ふっ……ふふふふふふふ………ははっ…ははははは!!!!」
「青峰蒼子が普通の人間…?笑わせるなよ、あの娘は既に人を殺めている!」
その言葉に、海斗は即座に反論した。
「それはあいつの意思じゃねえ!あれは事故だ!俺達の諍いが生んだものだ!」
海斗の言葉に対し、カーネルもまた即座に言葉を返す。
「違うな!理由など関係が無い!そういう力を有している、それだけが重要なのだ!あの娘には力がある、力のあるものを野放しにする事、それこそ我々の信条に反するのだよ!!」
海斗は半ばムキになってカーネルとのやり取りを繰り返している。
「だから!あいつにはもう録な力の使い方は出来ねぇんだって!」
一瞬、間が空いた。
「それは、記憶を消したからか?」
「何…?」
海斗はついに言葉を失った。
自分と倭文宵、世話になっているカフェのマスター、そして青峰素貴以外に知りえない筈の事実。
よりにもよって、神薙の刀について知られたくは無かった人物によって、それを開示されている。
「力に付随する記憶、それを取り払ってしまえば彼女は力を行使する事も無くなる。貴様の刀で切り払った記憶は二度と取り戻せない。そういう理屈か。」
「なんで…知ってる…。」
「簡単な事だ。神薙の刀は神によって与えられた神器だろう。だがな──────
──────神々から格別の寵愛を受けたのは、瀬上海斗…お前だけじゃないのだよ。」
カーネルは見下すように海斗を睨んだ。
「それからもう一つ、不正解だ。お前は一つ重大な勘違いをしている───
───青峰蒼子は、記憶を取り戻している。」
「……は?」
神薙の刀で断ち切ったものは元には戻らない。少なくとも海斗はそう認識している。自分に刀を与えた、本来の持ち主がそう言っていたのだ。
「残念ながら記憶は消しても痕跡は残るのだよ、スピラナイトの奥底に、経験によって得た体験としてな──────
───ヒトの精神や人格は、経験によって形作られる部分が大多数だ。記憶という木を伐採したところで、心の深くに張り巡らされた根が残っていれば、記憶を取り戻す事は可能だ。」
「スピラナイトは人の感情そのものだ。それを切って捨ててしまえば、青峰蒼子は感情を失い、自分で考える事もできないただ死んでいないだけの人間に成り下がる。だからお前は記憶だけを切り落とした。その考えはわかるぞ、だがな、それは甘えだ、瀬上海斗───
───お前はあの時殺すべきだったのだ。あの娘の事を真に思うのならな。」
海斗は唖然としつつも何とか言葉を紡いでカーネルを問いただそうとした。
「てめぇらがやったのか…。てめぇらが蒼子の記憶をいじくったってのか…。」
「少し違うな。我々はきっかけを与えたに過ぎん。取り戻したのは彼女自身の意思だ。」
俯きながらも歯を食いしばり、怒りを滲ませ、海斗はカーネルに突進した。何も言わず、静かに怒り────
──────心力を思い切り刀に込めて、猛スピードで突っ込んだ。勢いのまま、刀を振り下ろした。ザクッという音と共にカーネルの木で覆われた腕に刀が切り込む。
「いいぞ…怒れ、お前の力の根源はそれだろう。」
食いしばった歯を、より噛み締めて体に力を漲らせていく。活力を得た全身の力を刀に乗せ、少しずつ標的の腕を裂いていく。
「ぅぅぅぅあああああああ!!!!!!!!」
海斗がカーネルの腕を切り落とすまで後一歩──────だがそれは決してカーネルにとって窮地では無かった。
カーネルの思惑が叶うその寸前、突如として一発の銃声と共に海斗は我に返った。
足元に一発の銃弾。海斗はそれを見て数歩後退する。
「しっかりしろ、らしくないぞ。あまりにも策にハマり過ぎだ。」
上空から、一人の初老の大男が飛来する。
地面を抉り、衝撃音と共に着地した男が海斗の心をなだめた。
「すまねぇオッサン。恩に着る。」
その場の空気をリセットしたのは、海斗の恩人でありカフェプリムラのマスターだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます