邂逅
───海斗が県北からバイクを走らせ、約1時間半。
(この辺りだな、蒼子の反応が途切れたのは。)
追跡用に海斗が蒼子に仕込んでいた発信機型の心装からの反応が突如として途切れたのは、周囲を木々に囲まれた、栃木県の南西部───隣県の茨城との県境に近い辺りだった。
(あの反応はちょっと異常だった。力の使い方を忘れた今の蒼子が出せる出力じゃねぇ。恐らく精神世界に潜ったとか、そんな感じだろう。)
スピラナイト使いは各々の心に精神世界を有している。それは彼らの心を形作る世界と同義であり、各々の経験や想像が色濃く反映された世界。そして、スピラナイト使いはこの世界で作りあげた、あるいはこの世界に外部から持ち込んで格納した心装を現実世界に投影する事ができる。
精神世界は、スピラナイト使いにとって力の源泉と言える。その世界に侵入する瞬間には強い霊性が放たれるのだが、海斗が仕込んだ発信機はその霊性をキャッチしたのだと彼は推測した。
余談ではあるが、海斗の神薙の刀は外部から持ち込んで精神世界に格納したもの。倭文宵の贋式・天沼矛は彼女が精神世界で作りあげた物だ。
(反応が随分長かったあたり、無理やり潜らされたって感じか。あいつには精神世界へのアクセス方法は教えてねぇからな。目的は不明だが、反応が途切れたって事は成功したんだろう。随分時間をかけて。)
暫くバイクが轟音を鳴らしていたが、海斗の目の前に人気のない寂れた建物が姿を現した事でその音が止んだ。
「多分ここだな。」
目の前にあるのは廃工場だった。辺りに街灯は無く、すっかり日の落ちた現在では輪郭以外の情報に乏しい。
「待ってろ蒼子、頼むから無事でいてくれ。」
─1─
─── 廃工場内、地下にて。
「うん。順調だね。」
黒いローブを着た男が、男性としては少し高めで、それでいて落ち着くような声でそう言った。
「ヒヒッ。こうやって見てるとめんこい顔してるよなァ…。」
もう1人の黒ローブが、艶かしい声でそう言った。
「ダメだよ?蒼子ちゃんは大切なお客様なんだ。食べたくなっても我慢だ、アーリー。」
優しい声を響かせる黒ローブは、もう1人をなだめるように声をかける。
「ケチくさい事言うなよダメかァ?ちょっと舐めるくらいならいいだろ?頼むよ、ちょっとだけだ。」
アーリーの懇願にも顔色一つ変えずに彼は答える。
「ダメなものはダメだよ。彼女はこれから共に御三家を根絶やしにする仲間なんだ。人間関係を良好に保つ上で、第一印象はとても重要だ。せめて最初くらいは紳士でいてくれよ。」
その言葉を聞いたアーリーは声色を変えた。
「仲間ねぇ。アンタにとっては道具も仲間扱いなのか。それは随分とご立派な心情だな、 リィン。」
リィンと呼ばれた穏やかな声を持つその男は、相変わらず顔色一つ変えず、その場を微動だにしなかったが、アーリーの次の一言には僅かながら反応を示した。
「のんびりやってるのも結構だが、いいのか?──────」
アーリーはある人物の接近を察知していた。彼の持つ索敵の心装が反応を示した事で。
「───どうやらお迎えが来たようだぞ。」
───刹那、彼らを囲う窓ひとつ無い、外気の通り道が乏しい閉鎖的な空間に、大きな穴が一つ空いた。
コンクリートを粉砕する衝撃音と共に、その男は室内へ侵入した。
「───来たね、瀬上海斗。」
リィンは一瞬、部屋の奥をちらりと見た。まるで出番はまだだよと、奥にどっしりと座る人物に合図を送るようにして。
巨大な風穴から海斗が侵入し、瞬く間にアーリーに神薙の刀を横から薙いだ。
「よう──────
──────久しぶりだな、早速で悪いが全員今すぐ消えろ。何も聞かねぇ、聞く耳も持たねぇから。」
─2─
「本当に久しぶりだね、瀬上海斗。元気だったかい?」
リィンは嬉しそうにそう言った。海斗は自分の刀で切り伏せた黒ローブを右手に握っているが、そこに布以外の重みは無く───
「瀬上ィィィィィィィ!!!!!!」
頭上から黒ローブを剥がれ、鬼のような形相をした仮面を被っているアーリーが海斗を強襲する。アーリーから放たれた数本のナイフが海斗を目掛けて飛んでいくが、海斗は避けること無く、その全てを刀で叩き落とした。
「蒼子、やっぱり眠らされてたか。」
海斗は部屋の中央の硬そうなベッドの上で横たわる蒼子を見て思考を巡らせた。天井は人間3人分はありそうな程に高いが、広さとしてはおおよそ12畳程のこの狭い空間で、彼女を巻き込まずにこの2人…いや、奥にいるであろうもう1人を加えた3人を撃退する方法を。
(心象領域もダメだ。こんなに狭い空間じゃやりづれぇ。)
海斗の叛逆の世界は敵と認識した者からの攻撃を倍にして返す心象領域である。故に狭い空間では反撃の衝撃に蒼子を巻き込みかねない。
(外に出る必要があるな。)
「考えてるね、瀬上海斗。ただ君が来る事は織り込み済みだ。だからこそこちらが有利になる場所を選ばせてもらった。君の力はよく知っているから。」
リィンの言葉を受けた海斗は少し口角を上げた。
「はん。それはテメェも同じだろ。狭い空間じゃ、お得意の植樹も出来ねぇんじゃねぇの。」
「へぇ…覚えててくれたんだ。前回は随分とあっさりやられちゃったから、記憶にも無いと思ってたよ。嬉しいなぁ──────」
直後、リィンが俯いた。
「──────嬉しくて。」
「──────う…嬉しくて……。」
リィンの体が小刻みに揺れ始める。
「う…うぅ〜嬉しくてェ…!!!!!」
(来るか。)
海斗は構えをとった。
「彼も君に会いたくなったってさァァァァァァ!!!!」
リィンの体から黒いモヤが噴出すると同時に、大きな樹木がうねうねと伸びながら猛烈な勢いで天井を破壊した。
「やべっ…蒼子!」
崩れた天井から蒼子を庇う為、海斗は前方へ飛ぶ。
「フゥゥゥゥ…。」
リィンはゆっくりと、倒した上体を起こした。
「瀬上海斗、10年前の惜敗、ここで晴らさせてもらうぞ。」
リィンの放つその声には、先程までの様な穏やかさは無かった。まるで声帯を丸ごと取り替えたかのような声質の変化───今の彼の声は、低く、内から響くような音を発している。
「二重人格のデミ・スピラナイトか。お前が昔倭文家で俺とやり合ったヤツだな。さっきまでの優男気取りがリィン、で?お前の名前は。」
「名を名乗っていなかったか。それは失礼した──────
──────我が名はカーネル。お前の同胞である青峰を滅亡に追い込み、そしてお前に敗れた男だ。」
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