私が普通の女の子じゃなくなった日②
───青峰家襲撃から数日後。
青峰紫季の尽力により、宮城県利府町にある青峰家本邸から逃げる事に成功した素貴と蒼子は、しばらく車を走らせていた。
「おとうさん…これからどうするの…?」
蒼子は不安な気持ちを隠すこと無く言の葉に乗せ、父を頼った。
「これから
───蒼子は栃木県は初めてだね、宮城に劣らず自然が豊かで心落ち着くところだよ。」
辺りはすっかり日も落ちて、車のライトだけが前方を照らす真っ暗闇になっている中、素貴の走らせる車内には2人の声だけがあった。
─1─
「遠路はるばる良くお越しくださった、青峰家次期当主の婿殿とその愛娘よ。此度は何と言葉をかけて良いのやら…。」
素貴と蒼子は栃木県南部にある倭文家の別邸にやってきていた。本邸では無くこの場所に案内されたのは、倭文家が先の事案により早々に拠点を移した為だった。この場所は有事の際に一時的な拠点とする言わば隠れ里なのだと言う。
50畳近くはありそうな大広間で2人に労いの言葉をかけるのは、倭文家現当主である女性、
「お気遣いありがとうございます…。この度は早々にお招き頂き大変助かりました。」
素貴はしっかりと伸ばした背筋を丁寧に倒し、深々と頭を下げた。
「して…青峰素貴よ、此度の事案、貴殿はどう見る。」
蒼子は厳かな雰囲気に全身を強ばらせていたが、素貴は慣れているのか、決して目の前の彼女に臆することなく言葉を返した。
「デミ・スピラナイトの残党による襲撃だと…紫季は推察していました。行使する力が粗方一致すると。私が確認できたのは彼らが黒い羽織物を纏っていた事くらいですが──────
───あぁ、それと…紫季に対してこう言っておりました。」
───青峰紫季…生まれながらにして力を覚醒させた神の子よ。我々と共に来てもらおうか───
素貴の言葉に、宵はゆっくりと反応した。
「神の子か…奴らもまた、随分と皮肉な例えをするものだ。成程、確かに紫季嬢の推察は正しいのだろうな。」
「貴殿らは既に知っていると思うが、改めて伝えておこう、スピラナイトとは何なのか、デミ・スピラナイトの使い手とは何なのか…。」
─2─
宵はゆっくりと口を開いた。彼女から語られるのは、御三家とスピラナイトの関係性について。そして、ある一族が犯した罪について───。
「スピラナイトの起源は神代まで遡ると言われている。具体的な起源については残念ながら現存する記録はないが、原初の御三家───現在の青峰、瀬上、倭文家の三家だな───これの当主は人の心を見通し、また人の心を強く動かす才に長けた人物だったそうだ。恐らくそれがスピラナイトだったのであり、我々が確認できる最初のスピラナイト使い達だ。」
宵は言葉を続ける。
「三家はその力を使い、あらゆる者の人心掌握を行ったそうだ。故に三家はそれぞれ規模を拡大してゆき、やがて互いの領地までも奪い合うようになった。彼らの立ち振る舞いは様々で───
───瀬上は力で万物を得ようとし
───倭文はこの力を神の力と信じ、恵を与えて下さった神へ、力によって獲得した万物を捧げようとした。
───そして、戦いを嘆いた青峰は己の生きる世界を守ろうとした。」
「この特徴は現代にも生きていると言えよう。我々倭文家はこの力を神に与えられた力だと今でも信じている。瀬上家はこの力によって人間を新たな段階へ進化させようとしている。そして、青峰は──────
──────何も求めなかった。ただただ、自分達がよりよく生きるための術としてこの力を有していた。」
「この力は血によってのみ受け継がれ、獲得していく力である。それ故に三家は目的と共にこの力を次代へ受け継がせていった。」
宵はあくまでも淡々と、事実だけを伝えるように言葉を作っていく。
「同時に三家はこの力の存在が他のものへ伝わる事を極端に恐れた。これは人の生き方どころか世界のあり方さえも変える程の可能性を秘めている。だからこそ、三家の者の婚姻は厳重に取り締まられている。これは今現在も変わらぬな。」
宵は素貴に視線を向けた。素貴は顔を少し俯かせた。
「だが、瀬上家が秘密裏に行っていた実験によって、この秘匿が破られる大事件が起こった。今からおよそ100年前の出来事だ──────
──────瀬上家は目的遂行の為にある禁忌を犯した。スピラナイトを血族以外に伝播させる実験という、歴史上最悪と言われる実験だ。実際、実験は最悪の形で失敗を迎えた。」
「スピラナイトを与えられた血族以外の人間は、尽く精神を崩壊させたのだ。この実験体の事を、我々はデミ・スピラナイトと呼称している。故に瀬上家と暴走したデミ・スピラナイト達との間で大きな騒乱が起こった。騒ぎを聞きつけた我々倭文家と青峰家も事態の解決にあたり、大規模な実験体の掃討作戦が行われた。」
「結果、デミ・スピラナイトはほとんどが秘密裏に命を奪われた。この力が一般に露出する事を恐れたが故の決断だったと記録されているが、難を逃れて逃亡を果たした者もいたとされている。」
「難を逃れた彼らがどのようにして現代まで生きながらえたのか、それは我々にはわからん。だが、我々の都合で生み出され、我々の都合で仲間を皆殺しにされた彼らが三家を憎むには十分すぎる理由であろう。故に、我々はこの事態を収拾する責任がある。」
素貴は重苦しい空気に逆らうように口を開いた。
「瀬上家は…なぜそんな実験を行ったのですか。」
宵は淡々とそれに答えた。
「スピラナイトを全人類が扱える物にする為だったと聞いている。彼らの目的はこの力によって人類という生命を新たな段階へ到達させる事だったそうだ。」
「だとすると…今も瀬上家はこのような実験を繰り返しているかもしれないのですか?」
「それは無いだろう。瀬上家はこの騒乱の後、一度は三家の関係から追放処分となり、スピラナイトに携わる事も全面的に禁止とされた。最終的に当主が交代し、長い時間をかけて和解となった様だがな。それ以来瀬上家が何か不穏な動きを見せたという報告は無いそうだ。体制も変わっているし、以前のような非道を行っている事実は確認されていない。」
─2─
「いくつか質問をさせて下さい。デミ・スピラナイト達は精神崩壊をおこして暴走したのですよね?だが、私が見たあの黒ローブの男は随分と冷静な口振りでした。とても錯乱していたとは思えない。彼らはこの100年間で力を己がものにした、そう考えられる訳ですか?」
素貴はあくまでも冷静に、宵に質問をした。
「貴殿らが見た彼らの姿が答えであろうな、彼らは力を制御する術を身につけた。残念ながら我々も奴らの事は詳しくないのだ。」
宵はゆっくりと正座を組み直してそう話した。
蒼子は痺れてきた足の苦痛に必死で堪えているが、決して我儘は言わなかった。とても口を開けるような空気感では無かった。
ふと思い立って視線を向けた先に映っていた素貴の顔が、彼女が今まで見てきた穏やかな父の顔では無かったからだ。内に鬼を宿しているような、それを必死に抑え込んで尚足らず、憎しみと怒りの感情が彼の目にこもっている。
素貴は再び質問を投げた。
「先程の話の流れで行けば、倭文家もデミ・スピラナイトの一派に狙われるのでは?」
「そうさな、遠くないうちに奴らは倭文家も狙うだろう。それが瀬上より先か後かの違いだ。それ故に拠点を北から南に移した。ここには強固な結界も張ってある。霊性を持つ者には視認できぬ、それを持たざる、事情を知り得ぬ者はそもそもここに小さな人里がある事すら思いもしない。ここはそういう場所なのだ。」
「そうですか。では、最後の質問です──────
──────瀬上家の目的はわかりました。今現在は非道を行っていないとの事ですが、目的自体は変わっていないと見た。であれば───
───貴女方、倭文家の目的はなんですか。」
「スピラナイトという人智を越えた力を有し、何を成すおつもりですか。」
素貴は知らなくてはならなかった。知らなければ気が済まなかった。紫季は、最愛の妻は一族の罪によって殺された様なものだ。こんな事は二度と繰り返されてはならない。過去の罪を清算しても、新たな罪を産んではならない。こんな怨恨は次代に遺してはいけないのだから。
「倭文家の目的は、先に伝えた通りだよ───
───我々は、この力を神に返す。この力によって代々得てきた万物と共にな。」
─3─
「さて、今宵はここまでとしよう。ご息女も疲れただろう。寝床は給仕に案内させる故、しばらく待っていてくれ。」
宵の話が終わり、蒼子は全身の力が抜けたような感じがして一気に疲労感を覚えた。同時に襲ってきた大切なものを失ったという実感が、自分の記憶の抜けた穴を埋めていくような感覚があった。
(やっぱりそうだ。これは、私の過去の記憶なんだ。)
どういう理屈かはわからない。自分が今いる環境も謎だ。だが、恐らく自分は今過去の記憶を追体験しているのだろう。
(約2日を経て理解した。恐らく今の私は6歳前後、今体験しているのはおよそ10年ほど前の出来事なんだろう。)
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