私が普通の女の子じゃなくなった日①



 ───真実。





 ─1─



「やぁ〜すまないなぁ。思ったより時間がかかってしまってね…。暑くてくたびれたろう?蒼子。」



「お…とうさん……?」



 目の前にいるのは間違いなく自分の父───青峰素貴だ。だが…目の前にいる彼は今の蒼子が知っている父の姿よりも幾分か若く見える。


 それに、蒼子自身も明らかに体が小さい。見える景色が低いような…若干違和感があるような感じがした。



「ん?どうしたんだい?もしかして日にやられたか?」


 素貴は少し不安そうな顔で蒼子の様子を見回した。


「や、大丈夫…でも、ちょっと疲れたからやすみたいな…。」


 とにかく今は落ち着けるところで思考を整理したい。何より家に帰りたい。


「そうか、じゃあおうちに帰ろう。あと少しだけ歩けるかい?」


 ───あと少しだけ?あぁそうか、車はこの近くに停めているのか。蒼子は何の違和感もなく自然にそう思った。だが──────



「ほら、アイスを買ってきたよ。お母さんもお兄ちゃんも家で待ってるから、帰ったら一緒に食べよう。」



「でもおとうさん…家まで帰ってたらアイスとけちゃうよ?」


 その言葉を聞いた素貴の返答は、まるで子供をあやすようだった。


「そうだね。なら走って帰ろう!ここからおうちまでお父さんと競走だ!」



(……?)



 父の言葉にはどこまでも違和感が付き纏う。




 ─2─


「うわー…!お父さんの負けだ…蒼子〜…随分足が早くなったなぁ…。」


 蒼子は道の途中、自分が何処へ向かって良いかわからなくなって明らかに走るのをやめていたのだが、素貴はそんな私に道を示すように彼女を抜いては、忖度するように彼女に抜かされ、やがて負けを認めた。



「蒼子のお陰でアイスも無事だ、さぁ、皆で食べよう!」



(ちょっとまって…)



「おとうさん…ここ、どこ……?」



 蒼子の目の前にあったのは、大袈裟な門と広大な敷地を持つであろう屋敷──────



「?どこって…蒼子のおうちだよ?」


 父は一瞬、明らかに戸惑ったような素振りを見せた。


「おうち……?こんなおっきなおやしきが…?」


(そんなはずは無い。)



 蒼子の家はもっと小さい。父が栃木に買った二階建てのごくごく普通の一軒家のはずだ。



 宮城の巨大な屋敷などでは断じて無い。



「どうした?蒼子?───具合が悪いのかい…?」



 当然だ。蒼子の頭は思考を止めた。理解が及ばなかった。視界がグルグル回るような感覚に若干の気持ち悪さを覚えた。



「家に入って休もう───あ、お兄ちゃん!ちょっと肩を貸してくれないか、蒼子が気分を悪くしたみたいなんだ…熱中症かなぁ……。」


 父の言葉の先からは、小さな駆け足の音が聞こえてきた。父の言葉の先に蒼子は目を向けようとしたが。



 ────── 一瞬誰かが見えたような気がした、その瞬間だった。





 ──────ブツ──────




 ─3─



 蒼子は別の場所にいた。



「蒼子?蒼子??」



 女性の声が、蒼子を呼ぶ。



「お母さん…蒼子の具合が悪いみたいなんだ…。さっき部屋で休ませてたんだけど、一度病院に連れていこうかな?」



(お母さん…?)



 素貴がそう呼ぶその女性は、長い黒髪をしていた。どこか見覚えのある、綺麗な黒髪だった。


(キレイな…目…。)


 彼女の瞳は、澄んだ青色をしていた。まるで吸い込まれるような、そんな目だ───


「そうね…素貴さん、お願いできるかしら。随分顔色が青いわ、きっと熱中症ね。近くの小児科はまだ開いてると思うから…。」


 お母さんと呼ばれた人物と父が会話している最中、蒼子は周りの音が気になった。部屋の外からは複数人の話し声が聞こえる。どうやらこの屋敷ではそれなりの人数が寝食を共にしているようだ。


(みんな、家族なのかな…?)


「僕が暑い中で待たせてたせいだ…ちょっと車で行ってくるよ。お兄ちゃん、お母さんと留守番できるね?」


 素貴が額に掌を当てながらそう言った。


「うん!待てるよ!」


「そうか!流石はお兄ちゃんだ。きっと海斗兄ちゃんも腰を抜かすよ。」


素貴がそう言うと、その少年は目を輝かせた様に高揚した。


「こんどいつくるの!海斗兄ちゃん!」


「どうだろう、近々源誓会議があるから、きっとその時に─────────」



(お兄ちゃん…?)


 蒼子は先程から父が話しかけているその人物に再び目を向けようとした、しかし、そうしようとすればする程に、蒼子の意識は遠のいて行き───




 ──────────────────────



(…!?)



 蒼子の意識は再び途切れていた。


「大事なくて良かったね。体にも特に異常は無いみたいだ。何か嫌な事でもあったかい?」


「あ…うん……。」


 どうやら病院の診察を終えて帰宅している途中のようだ。しかしどうして、蒼子が名前も顔もわからない人物に目を向けると意識が途端に途切れてしまうのか。目の前にいる人物は確かに父だが、あの女性は誰なのか。父はお母さんと呼んでいたが、まさか──────




「ねぇ…おとうさん……あのおんなのひとは…私のおかあさん…?」



 蒼子は恐る恐る聞いてみた。


「参ったな……記憶が混濁してるのかな…どうしよう、一度精密検査を受けさせた方が…。」



 その時だった。



 突如、遠くで爆発音が響いた。


「なんだ!?」


 父の反応は早かった。



「あれは…家の方向じゃないか……。」


 素貴はしっかり掴まって!と蒼子に告げ、車のアクセルをベタ踏みにした。




 ──────────────────────



紫季シキ!!!炎爾!!お義母様!!!」


 素貴は車を降りると必死に叫んだ。目の前の門は酷いほどに破壊され、黒煙をあげている。



「蒼子はここで待ってなさい…あぁでも…どこにいても危ないか…?どうしよう……。」


 父は混乱したように何度も腕を上下させると、意を決した様に蒼子に告げた。



「蒼子、絶っっ対にお父さんから離れちゃダメだよ!わかったね!?」



 父は覚悟を決めたようだった。自分の娘をオノレで護ると。


「わかった……!」




 素貴と蒼子は燃え盛る屋敷の敷地を必死に走り回った。


「お母さんもお兄ちゃんもどこだろうね…無事だといいが…。」


 蒼子は一呼吸おいてから、素貴が自分に話しかけている事に気づき、反応を示した。


「あ…向こうで人の声が聞こえるけど…。」


 蒼子は小さな耳でしっかりと捉えていた。屋敷の裏手で上がっていた微かな声を。



「本当だ…叫んでいるのか…とにかく急ごう!」



 父が蒼子の手を強く握って走り出した、その瞬間──────



 ───蒼子は頭のどこかでスイッチが切り替わったような感覚を覚えた。



(この光景……何故か見覚えがある…。)



(いや、この光景だけじゃない。今思えば、これまで起こった出来事全てに…私は身に覚えがある…。)




 ──────────────────────


 広大な屋敷の裏手に回るまでは想像以上に時間がかかった。火の手がそこかしこに回っていて道が限られていた事もあるが、それ以上にこの敷地内は広すぎる。


 蒼子と素貴は5分近く走ってようやく屋敷の裏手に出た。




紫季シキ!!!」



 素貴は目の前で膝をついている女性にそう叫んだ。彼女は父が「お母さん」と呼んでいたその人物だ。名前はシキというのか。



「素貴さん…良かった、蒼子も無事なのね…。」


「一体何があった…お義母さんは、あの子は?」


 止まらない汗を拭うこと無く素貴は紫季に質問を浴びせかけた。


「あの子は………連れていかれてしまって……。黒いローブを来た人間が、急に何人も襲ってきたのよ……。多分、デミ・スピラナイトの残党ね…。」


「デミ・スピラナイト……?記録にあった淘汰された実験体の事か…?」



「ええ……記録にあった特徴と使う能力が一致しているから、多分…。残党がいた事は記録にあったけれど、まさか子を作って続いていたとはね…。」



「おとうさん…お……かあ、さん…何の話をしているの…!?」


 蒼子は2人に問いかけたが、それに紫季が何かを返そうとした矢先、新たな脅威が3人を襲った。



「青峰紫季…生まれながらにして力を覚醒させた神の子よ。我々と共に来てもらおうか。」


 上空から降ってきたかのように目の前に現れたのは、黒いローブを纏った小柄な男───



(黒ローブ…!学校で私を襲った男に雰囲気が似てる…。)


 彼の者の登場により、紫季は覚悟を固めた。


「…素貴さん、蒼子を連れて逃げて。」


「だが…!」


 素貴は元来優柔不断で頼りないところがあるが、自分の正義だけは揺るがない男だ。だから、自分がこの手で護ると決めた者を置いて逃げる事など断じて許されなかった。少なくとも自分の中では。



「行って!血族では無い貴方には力が無い!彼らの狙いは私みたい。それにあの子も取り戻さなくては──────



 ──────あなたの気持ちは分かっているわ。だからこそ、貴方が今護れるものを護るの。だから…蒼子をお願いできるかしら。」



 素貴は歯を食いしばって堪えた。自分の内から湧いてくる抵抗感にだ。



 ここで紫季と離別する事が、永遠を意味する事だと彼は肌感で理解していたからだ。



「蒼子…。」



 紫季が優しく蒼子に語りかけた。決して自分の元に寄せる事は無く。



「あなたは私と同じ力を持っているから…だからきっと沢山辛い目にも会うと思うわ。理不尽に日常を奪われる事も、大切な人を失う事もあるかもしれない。でもね──────



 ──────忘れないで、この力は誰かを傷つける為のものじゃない。あなたの力は、あなたを囲うあらゆる人を救えるものなのよ。」



 その言葉を聞いた時、脳と胸をモヤのようにして覆っていたデジャヴのような感覚が、蒼子の中で一気にクリアになった。




(そうだ。私は──────)



「蒼子…行こう…。」


 父が感情を噛み殺してそう言った。



「お母さん、後は頼んだよ…。」




「お父さんも、蒼子は頼んだわ。」




 父は蒼子を抱えて走り出した。最愛の人に背を向けて、最愛の人と育んだ命を愛おしく抱いて。





 この後、青峰家本家はデミ・スピラナイトの一派によって完全に制圧され、後日現地の確認に赴いた倭文家と瀬上家によって、3


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