精神世界
過去を巡る
─1─
───2004年12月某日。
瀬上海斗は周りが見えなくなるほどに焦燥に駆られ、冬空の下にも関わらず額に汗を滲ませながら2つ折りの携帯電話を開いて電話をかけていた。
───もしもし、海斗か。どうした?───
「マスター!!そっちに蒼子行ってねぇか!?」
───蒼子?いや、今日は来てないが…。お前こそどこにいる?蒼子と一緒じゃないのか?───
「あぁ一緒じゃねぇよ、今日に限ってな!」
海斗は油断していた。2ヶ月近く音沙汰の無かったはぐれ者の一派の動向は欠かさず探っていたが、まさかこのタイミングで接触してくるとは思わなかった。
「今爆速で帰ってる!!!悪ぃが蒼子に連絡してみてくれねぇか!!俺からの電話出やしねぇんだ!」
───わ、わかった…お前、
「あぁそうだ!倭文のバアさんにとんでもねぇ事聞いちまった…!アレがマジなら蒼子が危ねぇ!」
海斗が
それは、はぐれ者の一派の素性についてだった。
(妙だとは思ってたんだ…10年近く何も無かったはずなのに、何処で蒼子を見つけたのか…まさか学校にいるなんてな…。)
─2─
目が覚めた。
「ん………。」
頭が痛い。
「あぁ……なんだここ…。」
辺りを見渡してみた。周囲に映る風景にはどこか見覚えがあるが、先程まで居たはずの通学路では無い。真っ暗ではあるが、蒼子の黒くて長い髪を大きく揺さぶる程度には風が吹いているような、風通しの良い場所のようだった。
「真っ暗だな…何にも見えない…。」
蒼子は何とか周囲の風景を視認しようと目を凝らしてみた。辺りは真っ暗だが、遠くには微かに建物のようなものの輪郭が見える。どうやら完全な暗闇という訳でも無さそうだ。
(街灯が一切無いのか…家の近くかな…?いや…家の近くもだいぶ田舎だけど…歩けない程暗くは無いぞ…。)
今いる場所は歩くには暗すぎた。
(少し…歩いてみるか…。)
周囲にスピラナイト使いの反応は無い。恐らく彼らは自分を解放したのだろう。だとしても、自分は一体どこに連れてこられてしまったのか。どこかで捨てられてしまったのか。気づいた時には意識を失っていた為、自分に起こった出来事に全く検討がつかない。
───蒼子は歩いた───
───視界に映るのは途方も無い闇。
───彼女は歩いた──────
───手と足に伝わる感覚に、ほとんどの方向感覚を委ねる形で。
───少女は歩いた─────────
(私が昔の事を思い出せないのは…お母さんの事を1つも知らないのは……海斗のせい…?)
ふと、黒ローブの男に言われた言葉を思い出した。
(だとしても、どうして海斗が…?いや…それ以前に、あいつが言ってた事が本当だとしたら、私は昔…海斗に会った事がある事になる。)
もちろん蒼子と海斗は10ヶ月ほど前に初めて出会った───はずだ。少なくとも蒼子はそう思っている。
だが、もし穴の空いた記憶のそこに、海斗がいたのなら。
くり抜かれたその記憶の中に、彼の存在があったとしたら──────
(…知りたい。)
「───私は、私の過去を取り戻したい。」
彼女は知らなくてはならないと思った。自分の失った過去の中には、もしかしたら全ての謎が隠されているかもしれない。そう思った。
真実は、そのほとんどが自分の中に内包されていた。そんな予感がしてならなかった。
自分の事を知りたい。自分の過去を知りたい。そう思った瞬間だった──────
(──────光…?)
蒼子の目の前に、一点の光が差した。
光は徐々に拡大し、こちらを覆うようにして拡がっていく。
(うっ……!!)
眩い光に包まれながら、蒼子の意識は再び飛んだ。
─3─
「うっ……。」
再び意識が戻るまで、一体どれ程の時間が経ったのだろうか。体感では一時だったような気もするが、いまいち時間の感覚が無い。
「ここは……なんだ?」
空は青く染っており、青のキャンバスには白い雲が見事に描かれている。時刻は昼過ぎ頃だろうか。
今、蒼子の目の前に広がっているのは間違いなく田舎の景色。それはどこか見覚えすらあった。
「え…ここ…家の近くな気がする…。」
辺りに広がる田園風景、匂い。蒼子にとっては馴染みのあるその感覚は、自分の今いる場所が安心出来る所だと主張していた。
だが、蒼子が目にしたある目印によって、それが勘違いである事に気付かされた。
蒼子はいつもよりも高めに顔を上げて、頭上にある青色の看板に目をやった。
──────仙台市 15km──────
青色の標識には、そう書いてあった。
(仙台って…え?ここ宮城なの…?)
仙台まで15kmなら、ここは宮城県なのだろうか。東北なんて行ったことが無いが───
「なんでこんな所に!」
自分が知らなかっただけで、意識を失っている間に何百キロも離れた土地まで拉致されてしまったのかもしれない。そう思ったらとんでもない恐怖に襲われた。
流石に頭を抱えた。これからどうやって帰ろう。海斗に連絡して迎えに来てもらうかとも考えたが、流石にそれは申し訳ないと思った。海斗なら飛んできてくれると思うが。
頭を抱えた蒼子が顔を俯かせた時に目に映ったモノが、更に彼女の頭を混乱させた。
「え………なんか私…ちっちゃ……。」
胸が無い。平たくなっている。それだけじゃない。何だか背丈自体がとても低い。地面が近い。
「蒼子〜!」
不安に怯える蒼子の耳に、聞き馴染みのある落ち着く声が届いた。
「蒼子、ごめんなぁ待たせてしまって。」
彼女を呼んだその人は、間違いなく彼女の父───
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