幕間
3人分の食器を片付けるマスターの向かいで、カウンターに腰を下ろした海斗が一日の終わりに余韻を感じながらタバコの煙を吐き出した。
「で、結局話はできなかったのか。」
マスターの言っている話というのは、先週はぐれ者の一派に襲撃された日の夜、2人で話していた件だった。
「あぁ。予想外の来客もあって2人の時間も少なかったしな。」
海斗はスラスラとそう述べた。
「そうじゃないだろう、海斗。」
だが、マスターにはそれが強がりだとすぐに理解出来た。
「あぁ?」
「言えなかったんだろう。」
脳天に針が突き刺さるような感覚を覚えた。
至極その通りだからである。
「海斗、お前やっぱり──────」
「ッチ!あぁそうだ!楽しかったよ!───
───幸せな時間だった。俺にもまだこんな時間を過ごせる権利があるのかと思ったら…もう少し普通でいたいって…そう思っちまった…。」
海斗はもうどうでも良くなって全てをさらけ出した。このマスターにどう取り繕っても無駄なのは分かっていたはずなのに、強がってしまったから。
「フッ…。海斗、お前の気持ちはよく分かるが、それでも少し背負い込み過ぎだ───
───お前自身の事もそうだが、瀬上家の事もだ。お前が独りで抱え込むようなモノじゃない。人間1人に抱えられるものなんてたかが知れてるんだ。超常の力を持っていたって、俺からすればお前もただの人間なんだからな。」
マスターはそう言った。海斗への慰めの意味を込めての言葉だったが、それ以上に海斗や蒼子という、人間でありながらもそれを否定するような力を持ってしまったというジレンマに対する、哀れみも込めて。
「ありがとよ。でも俺は大丈夫だ。大事な事を思い出させてもらったからな。」
海斗にとっての夢。それは瀬上家に居たら到底叶えられないものだった。
だが、彼は生家を去った。今の彼は自由なのだ。だからこそ、己の想いは己で叶えられるのだから。
それを蒼子達は思い出させてくれた。その事が同時に昔自分の原点となってくれた恩師の言葉も思い返させた。
───海斗や。いいか、ヒーローは残酷だ。全員を助けようったって、実際に救えるのは案外ひと握りのちっぽけな範囲だからとか、そういう事じゃなくな。それ以上に───
───ヒーローってのは、自分を救えないんだ。
(そうだな、ジイサンよ。ガキの俺にはよく分からなかったが、今ならわかるよ。)
弱音を吐いている余地は無い。自分を甘やかすのもここで終わりだ。
(俺には責任がある。目的がある。守りたい人がいる。)
海斗は目に力を込めた。その熱を感じ取ったマスターが彼に向けた目は、その覚悟を感じ取った上で悲しそうな顔をした。
「それでもお前は変わらないんだな、瀬上海斗。」
「あぁ。俺にはやる事がある。」
───瀬上家を潰す。それが今の彼の最終目的だ。そして───
───青峰蒼子を普通の人間にする。その上で彼女の元を去る───
海斗の目的の為には、青峰蒼子はある意味邪魔なのだ。
だがはぐれ者の一派だけは厄介だ。だから蒼子にある程度戦い方を教えて自衛できる程度までは育てる。それで、はぐれ者の一派との一件はやり過ごす。
そして事が済んだ後は─────
────彼女からスピラナイトを断ち切る。過去に彼女にした時のように。
「そういえば、明日も行くのか?」
マスターが海斗に投げかけた。
「あぁ。
「なんだ、まだ言ってなかったのか。」
「あいつらまた拠点変えやがったからよ。遠いんだよ、県北まで行かなきゃいけねぇから…ちょっと面倒でな…。蒼子の事は急ぎの報告って訳でもねぇし、後回しにしてた。」
海斗は頭をかきながらそう言った。倭文家はスピラナイトを有する家系である瀬上、青峰と並ぶ御三家の1つで、栃木を拠点とする一族だ。海斗もこちらに越してきてからは色々と目をかけてもらっている兼ね合いもあり、たまに顔を出している。
「あっちに行くなら乃木の神社も行っとけよ。お前、あの神様には世話になったんだから。」
「わーかってるって…!言われなくても手合わせてくるさ。」
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