地獄の終焉




 ───それが、海斗の心象領域だった。



 あの世界には、目を背けたくなるような光景ばかりが写っていた。


 田畑は燃えて、荒らされ。家屋は殆ど倒壊していた。吹く風には煙が混じっていたけど、音も匂いもそこには存在しなかった。


 聞こえてくるのは海斗の声と、シャドウの奇声だけだった。



 そもそも心象領域って何だ?って?あぁそうか。それを説明しなければならないのか。


 でも大丈夫。当時の私もそう思ったから、ちゃんと彼に質問しているよ。


 話の続きを聞けば、きっと君にも理解出来るはずだ。




 ─1─


 ───無傷で立ち尽くす海斗と、全滅して綺麗さっぱり消滅していくシャドウ。



「これ……は………。」



 周囲の風景は先程までの暗く紅い空では無く、悲しい色をした夕焼けと、倒壊した家屋、荒らされた田畑、ボロボロになった道路だけが広がる世界に豹変している。


「これが俺の心象領域だ。」


 海斗が呟くように蒼子に話したが、蒼子にはまるで理解が及ばない。


「心象領域って何?この世界は海斗が作ったのか?」


「正解だ。これがスピラナイトの力の一つ。己の精神世界を現実へ限定的に投影する力だ。まぁ、俺みたいに優秀で最高にイケてなきゃ使えねぇけどな。」


 シャドウと対峙していた時と同じ真剣な顔でそう話す海斗の目に嘘は無さそうだ。この男は心の底から自分がイケてると思っているのだろう。無職のタダ飯食らいだが。


 蒼子は何となく感じる不快感を押し殺して現状に目を向け───



「でも、これでシャドウは片付いたんだろう?一旦学校から出ようよ。」


 蒼子は希望に胸を弾ませていたが、それに対する海斗の返事は決して穏やかでは無かった。




「いや、終わってねぇ──────



 ───まだ本体がピンピンしてやがる。」





「─────その通りだとも……─────」




 突如、上空からしゃがれた低い声が周囲に響いた。



「そこか!!」



 海斗が上空に向かって刀を振りかざし、透明な空気の衝撃波を飛ばす。



 倒壊した家屋のてっぺんに衝突した剣圧は、強い衝撃音を立てて着弾を知らせるが、そこに標的の姿は無く──────



「ヒヒィ!!こっちだ瀬上海斗ォ!!!!」



 標的は宙を舞い、二本の刃物を立て続けに海斗へ投げつけた。


 風を切るような音を立てて向かってくる刃。とても蒼子の目には追えるものでは無い、その速度。



 自分達の標的が只者では無いことがその一撃でハッキリさせられる、恐怖を感じる。



「ふん。」



 海斗は鼻で笑いながら黙って立ち尽くし、蒼子は再び体を屈めて防御姿勢を取る。


 その直後、バキンという金属音と共に目を開けた蒼子の目には、弾かれた2本のナイフが地面に転がっていた光景が映った。



(弾いた…?海斗が?)



 ───そして。


 海斗の刀から、赤黒いオーラが上空に向かって放たれる。



「おぉォ!!!これか!!!!」


 標的が喜びのような声を上げた直後に、紅の刃は標的に着弾。今度は間違いなく捉えたはずだ。



「この心象領域内で俺を傷つける事は出来ない。少なくともてめぇはな。俺はてめぇを明確に敵だと認識した。この世界は俺を守るし、同時にてめぇを徹底的に排除する。」



 ───それが、海斗の心象領域『叛逆の世界』の能力だった。



「ふっ……ふふふっ。」



 紅い衝撃波の直撃を受け、荒廃した大地に着地したその標的は、黒いローブで身を守るようにして己の体を抱き抱えながら───小さな笑みをこぼしていた。


「何がおかしい。」


 そう言う海斗の感情を、蒼子はスピラナイトで読んでみた。彼からは何も感じない。あくまで無の感情を貫いている様だった。


「いいや……ただ…嬉しくてね……ヒヒッ。」



 気色の悪い笑い声を上げながら、ローブの男は口を動かす。



「やっと手がかりを見つけたのだ……罪から目を背け、逃げるようにして隠れ…未だにその姿を現さない……あの一族──────



 ───その血を引く貴様をようやく見つけたのだ──────





 これを喜ばずして!!!!





 何が我々の幸福であるか!!!!!!




 我々の存在意義!!!目的!!!その全ては!!!!貴様らのような悪性を完膚なきまでに屈服させ!!積み上げてきた功績を奪い!!糧とし!!それからようやく始まるのだからァ!!!!!!」



 天を仰ぎ、喜びの声から漏れ出る興奮。何を言っているのかは蒼子には一切わからなかった。それでも目の前の男から滲み出る感情には、何故か身に覚えがあった。



 ───怨恨と復讐。ドス黒い程の、欲望。



「っう…………。」


 蒼子は思わず吐き気を催した。目の前の人物から溢れ出るその感情は、蒼子を内側から腐らせて溶かすような毒性を感じたのだ。



「蒼子、見るな…。お前は後ろに隠れてろ…。」




「此度はここまで…貴様の居場所と力量が測れただけで収穫だ…。さようなら、瀬上海斗。次に会う時はみっともない死に様を大いに期待しているよ……。」



 後方に飛び、逃げようとした標的を海斗は逃がさそうとしなかった。



「───待てよ。」



 刺すような視線。強く踏み込んだ左足の下が大きく陥没する。



「おぉ?いいのか?」



 直後、後方に跳ねたローブの男の背後に発生した、無数のナイフ。その矛先は───



 ───蒼子に狙いを定めていた。



「クソ野郎が………!」


 海斗は体中から赤黒いオーラを発し、その全てを尽く撃ち落としていくが──────



「はははははははは!!!!!!!無様な瀬上!!!!それでは!!!!!!」



 海斗が攻撃を全て弾き返した時には、ローブの男は完全に姿を消していた。






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