叛逆の世界



 ん?なんだか怒ってる?


 あぁ、さっきの話か。


 もう普通の生活なんてできないって話が、あまりにも冷たく聞こえたかな。ごめんよ。


 私達は良くも悪くも自分の感情でその力が大きく左右される。だから常に感情をコントロールする術は身につけているんだけどね。不用意に感情的になるとそれこそ君に影響を及ぼしかねない。だからいつもはできるだけフラットにしているんだが、確かに君の言う通り、周りの人からは薄情だと言われたりするね。


 すまなかった。でもどうか気を悪くしないでくれ。




 ここからの話は、そんなテンションで聞ける話でも無いのだから。




 ─1─


 ───瀬上海斗。



 彼は元々東京の人間だった。


 そんな彼が、栃木の片田舎に越してきたのには理由がある。



 



 己の背負った宿命に唾を吐きかけ、自分を───自分達を道具として扱ったあの一族に反旗を翻す為。



 ───俺が俺である事。それが唯一、あのふざけた一族を滅亡させる方法だった。


 青峰蒼子に、あの少女に戦い方を教えなかったのにも理由があった。


(だが、そうだな。危険な世界に巻き込まねぇ為とは思ってたが、相手さんが能力持ちってだけで襲ってくるなら話は別か。)




 ───しゃあねぇ。ささっと片してあいつに力の使い方、もっと教えてやるか。




 ────────────────────


 真山女子校の裏庭はそれなりの広さがある。


 校長が自然保護に力を入れていた事もあり、裏庭は環境委員会が毎日手塩にかけて育てている沢山の花壇と色とりどりの花に囲まれている、まるで楽園のような風景を作り出しているのだ。


 海斗と蒼子は裏庭まで逃げ切り、そこで意を決して足を止めた。


「ここで一気に片付ける。ここからは我慢比べだ。シャドウも無限に出せる訳じゃねぇだろうからな。」


 海斗は周囲への警戒を続けながら、蒼子にそう呟いた。


「…後で色々聞くからな…。」


 様相を変えた非現実な学校、正体不明の襲撃者。意味不明な状況に問いただしたい事は沢山あったが、それを全部飲み込んで蒼子はそう呟き返した。




 ───二人を取り囲むように、シャドウの群れが次々に姿を現していく。



「…囲まれた…!?」



 蒼子は一瞬恐怖を感じたが、背を向けて彼女を護衛している海斗が握った手を強く締めた事で、その気持ちも落ち着きを見せた。



「大丈夫だ。逆にありがてぇよ。ちまちま倒す手間が省けたってモンだ。」



 海斗が構えを崩し、刀を左手に持ったまま直立した。




「どこにいやがるか知らねぇが、てめぇこれで領域のつもりかよ。甘ぇな。ド三流もいいとこだ──────



 ───見せてやるよ。ホンモノって奴をな。」




 見えない本体に海斗がそう吐き捨てると、彼の足元から小さな風が巻き起こった。




 ─2─


「蒼子、さっきも言ったが、俺から絶対離れんなよ。」



 蒼子はその語気に少しだけ汗を滲ませながら、力強く頷いた。




 海斗から発せられる、異様な空気感。とてつもない覇気。


 ようやく力の使い方を覚え始めた蒼子にさえ、その恐ろしさは十二分に感じられた。



 手が震える。足もガタガタと揺れ始め、立っているのが辛くなる。



 それは、海斗の心象領域こころのなか。彼が負った心の傷、決意の表れ。



「──────術式解錠──────」



 海斗が零した小さな声と共に、彼を中心に世界が姿を変えていく──────



 暗い紅は夕焼けの様な空に。



 学校場所は、倒壊した家屋と荒らされたような田畑と道路に。



 世界は彼を中心に、最悪の姿に変わっていく。



 そうやって、世界は完全に海斗のモノになった。




「この世界は俺の心象領域だ。てめぇのなんちゃって領域とはワケが違う。だが逃げる事も出来ない。お前はここで、俺ににされるしかない。」



 どこかで見ているであろう敵の本体は、その状況に酷く脅えたのだろうか。それともを見る事が出来た喜びに高揚感を覚えただろうか。


 二人を取り囲んだシャドウ達が、一斉に海斗に襲いかかる。



 様々な雄叫び、奇声を上げて。囲んで獲物に食らいつく肉食動物のように。



(うっ………!!!)



 蒼子は思わず目を瞑り、頭を抱えて体を硬直させた。



 一方で海斗は、その状況に何の反応も示すことなく、ただその場で立ち尽くしている。




白い短髪を、小さな風に揺らしながら。





 ───向かってきた時点でてめぇの負けだ。残念だな。





 5秒程して、蒼子は目を開けた。




 目に映った光景は、先程と変わらない姿で直立している海斗、そして──────



 全滅したシャドウの群れの、無惨な姿だった。


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