怨恨の螺旋
襲撃
わたしに普通なんて許されないのだろうか
それから半年近く、私と海斗の特訓は続いたよ。
───何をやってたか教えてくれないのかって?
聞きたいのかい?すごーく地味で、同じ事の繰り返しだったけど?物語として面白くないよ?
まぁそうだね、ざっと説明するなら、市街地まで行って、カフェの窓際の席からひたすら人間観察しながら相手の感情を読み取らない練習をしたり、海斗やマスターと一対一でひたすら見つめ合って、相手から滲み出る感情だけを汲み取る練習とかね。最初のうちはそんな事をやっていたよ。
ね?地味でつまらないだろう?だが効果はあったんだよ。
高校に入学して半年後、私にはついに友達が出来た。
─1─
───2004年10月某日
海斗と蒼子が出会ってから半年近くが経過した。
彼との特訓はどれも単純かつ子供騙しのようなものばかりだったが、それでも効果が出た事には驚いた。
(こんな事ならもっと早くから出来てたな…。)
とも思ったが、今回の特訓が上手くいっていたのは実際にスピラナイトを有している海斗のアドバイスによる微調整があったからというのも事実なので、恐らく独学でこの方法に辿り着いたとしてもここまで上手くは行かなかっただろう。
「あ、蒼子〜!おっはよ〜!」
校内の廊下で、おかっぱにした綺麗な黒髪を左右に踊らせるように揺らしながら小走りで蒼子の元へ向かってくるのは、蒼子に出来た初めての友人、沙耶である。
「そんなに慌てて来なくても、私は逃げないよ、沙耶。」
なんて口では言っているが、初めて出来た友人が自分に好意を抱いてくれているのは蒼子にとって内心とても嬉しい事だった。
「えへへ…蒼子ちゃん今日も綺麗だからさぁ〜、見ると元気出るんだよねぇ〜。」
鼻の下を伸ばして沙耶はそう言った。身長145cmの小柄で可愛らしい彼女だが、恐らく心の内にはオジサンを飼っている。
───沙耶と蒼子はゆっくりとした足取りで自教室へ向かい、予鈴の10分前には教室へ到着した。
────────────────────
なんの取りとめもない、平和な一日。
沙耶を見ても、他の誰を見ても、今の私には感情の色が見えるような事は無い。
(あぁ、普通ってこんなに気楽なんだな。)
自席で頬杖をつきながら、窓の外を眺める。
蒼子は普通である事にとてつもない幸せを覚えていた。対人コミュニケーションにはまだ難はありそうだが、それでも気の許せる友人が一人は出来たのだ。今の彼女にとってはそれだけで十分だった。
───あぁ〜。このまま力も無くなっちゃえばいいのに───。
そんな事を考えて、己の力から逃げようとした、その罰だろうか。
窓の外が、突然真っ赤に染まった。
(え?)
咄嗟に周りを見渡した。だがこの異常事態には誰も気がついていないようだ。
静止していた状態から急に動いたものだから、教壇の先生は私に不愉快だと言うような表情を向けて言葉を放った。
「ん?青峰?何だ急にキョロキョロし始めて。」
先生の顔を見た。その瞬間だった。
(───うっ…!?)
蒼子の内心に、彼女が想像した女教師の不愉快そうな感情が増幅されていく。
(なぜ…!?
(うぅっ……!)
不可解な現象と共に、ようやく制御できたと思った力が己の意志に反して挙動を見せた。その事実は蒼子の心を締め付けた。
「あっ!青峰!?」
女教師が教室を走り去る蒼子を呼び止めようとしたが、彼女にその声は届くこと無く、蒼子は女子トイレに駆け込んだ。
─2─
「はぁ…はぁっ…はぁっ……うっ……。」
───なんで。
「っあぁ………はぁ……はぁっ…あっ……。」
───どうして。
「うぅ………ふぅ………。」
───どうして私ばっかり。
「ふっざけるな!!!!どうしてこう…!!!っあぁ!!!!」
恥ずかしげも無く、一人きりのトイレで叫んだ。
「あぁぁぁっー!!!!クソっ!!!!」
壁を思い切り殴りつけた。
殴った拳に痛みが現れてから、私は自分の拳が出血している事に気が付き、そのまま拳を下にスライドさせるようにして床に体を落とした。
「もぅ…-やだよ………。」
───モゥ……ヤダヨォ…………───
「はぁ………海斗………。」
───ハァ………カイト………───
蒼子は気がついていない。
「助けて……。」
───タスケテ……───
彼女の背後に出現した黒い影の存在に。
影はゆっくりと、まるで泥が這うように迫ってくるかのようにして、少しずつ蒼子の背後に忍び寄っていくが──────
影が少しだけ蒼子の肩に触れそうになったその時、背後にある女子トイレのドアが衝撃音と共に破壊された。
「え…??」
破壊された方向を見た。そこに立っていたのは、つい先程助けを求めたその男。
男は左手に見覚えのある刀を持ち、右手で何かの首根っこを掴むようにして持ち上げていた。
「ったく。この調子だと俺ぁずっとお前についてなきゃダメそうだな。」
「かい……と……?」
海斗は無言で右手で掴んだ何かを思い切り壁に叩きつけ、そのまま左手の刀で串刺しにした。
───カイト……タスケテ……タスケテカイト……モゥヤダヨォ………───
「うるせぇ。」
海斗は串刺しにした刀をそのまま下方向へ切り下ろし──────
アアアアアアア───アアア──────アアアア───
黒い影のような何かは、跡形も無く姿を消した。
「な、なに……いまの……。」
怯えるような蒼子を見て、海斗は何の躊躇いも無く彼女を抱きしめた。
「安心しろ、もう大丈夫だ。シャドウはもういない。」
「シャドウ……?」
「あぁ、あれは言わば人のトラウマだ、本来は精神世界に巣食ってるハズのな。あのまま触れられてたらヤバかったぜ。お前は今頃自分の恐怖に襲われて、メンタルぶっ壊して再起不能になってたハズだ。」
海斗はそれの正体はもちろん、なぜそれが今この場に現れたのか、その理由についても考察はできていた。しかし──────
(こいつぁ…想像以上にやべぇかもな。能力持ちなら見境無しかよ。シャドウが出てくるって事は敵は間違いなく…。)
海斗はゆっくりと、蒼子のペースに合わせるようにして立ち上がると破壊されたドアの方を見た。
「蒼子、ちょっとだけ緊急事態だ。俺もお前も、完璧に攻撃されてる。」
「攻撃って…誰に…?」
「そりゃ、俺達以外のスピラナイト使いだよ。これは言わば精神攻撃ってヤツだな。」
(最悪だ…。俺の想像よりずっと早ぇ。)
───海斗が恐れていた事態。そして蒼子が想定もしていなかった出来事が、確実に二人を飲み込もうとしていた。
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