わたしが普通に生きる方法


「いいぜ。教えてやる──────



 ──────お前にスピラナイト───もとい、アマテラスの秘宝の力の使い方をな。」




────────────────────


 ここまで聞いたら勘の良い君は気がついただろう?そうさ。これは君の今後にも大きく関わってくる話だ。


 アマテラスの秘宝。君がそう呼ぶ能力は、少なくともそれを与えられた我々はスピラナイトと呼称している。




 ─1─


「スピラ…ナイト…アマテラスの…秘宝…?」



 聞き覚えの無いファンタジーな言葉の羅列に、蒼子は若干戸惑った。


「とりあえず今日は遅いから帰れ。明日の放課後から、ここに集合な?」


 海斗はそう言うと代金も払わずに二階席の方向へ向かっていった。


「あっ…カフェオレのお代…!」


 蒼子が咄嗟に彼を呼び止めようとしたが、その心配は要らないようだ。


「あぁ、気にすんな。ここ、だから。」


 そう言って手を振る海斗に対し、カフェのマスターは初めて口を開き、小さな低音を響かせた。



「全く図々しい奴だ…俺はお前を養子にしたつもりは無いぞ、居候…。」




 ────────────────────


 帰宅した蒼子はベッドに倒れ込み、1日の出来事を振り返った。



(瀬上海斗…あの男は何者なのだろうか…。)


 カフェのマスター曰く、あの男の年齢は27歳。身長178cm。元々は東京の人間だそうだが、3年ほど前にここ栃木の南部にある田舎町に越してきてから、があってあのカフェの居住スペースにのだと言う。


(色々不思議な事ばかりだけど…あの男は信用して良さそうだし…今は頼るしかないか…。)


(そう言えば、あの人はなんで私の名字を聞いた時、あんな反応をしたのだろう…。)



 ─────青峰…?お前青峰家の人間か……?─────



 彼はそう言ったのだ。まるでうちの家系自体を知っているように。



 蒼子には母親がいない。母は蒼子が小さい頃に亡くなったそうで、彼女の母親の記憶は欠如してしまったようにすっぽりと無くなってしまっている。そして、青峰はその母方の性なのだ。


(あの人は…私の母さんの事を知っているのか…?)




 ─2─


 二日目の学校生活も、相変わらず蒼子は一人で過ごし切り、何事も無く放課後を迎えた。


 とは言え、蒼子にとってはその何事も無く一日を終えるという行為が相当体力を要するのだが。


 いつも通りの帰路につく。昨日は散々だったバスの車内も今日は落ち着きを見せており、なんの気兼ねも無く座席に腰を下ろすことができた。


 バスを降り、10分程昨日通った道を歩いた所にそのカフェはある。


『Cafe Primula─カフェ プリムラ─』


 道路沿いに建っている縦に長い看板に記載されたそれが、この店の名前である。


 全身をクリーム色で覆い、屋根は茶色を被っている二階建ての建物に入ると、ソファで寝そべっている瀬上海斗の姿が視界に入った。



「あなたって…日中は何をしているんだ…?」



 彼の姿があまりにも怠惰だったので、蒼子は思わず聞いてしまった。


「ん?あぁ…来たのか…ふわぁ〜…。」


 大あくびをしながらソファの上で大きく伸びをする彼に代わり、洗ったコップを丁寧に拭きながらマスターが答えた。


「こいつには家の警備を任せてる。最近は物騒だからな。ほら、最近隣町で強盗騒ぎがあったろ。こいつは腕だけはたつもんでな。まぁ、もっと世間一般的に言うならニートって奴だ。」



(ニート…。)


 未来の可能性が無限に広がっている10代の蒼子にとって、ニートという言葉はそれだけで軽蔑に値する肩書きに違いなかった。それに、こいつの場合は仕事が無くてこうなっている訳じゃないだろう。店の手伝いとか。だからこそ余計に軽蔑した。



「ん…?うるせぇぞマスター。金は入れてるだろ。」


「そういう問題じゃないと思いますよ…。」


 思わずツッコミを入れてしまった。

 というか、働いていないのによくもそんな行為が出来たものだ。


「んな事より、荷物下ろして一服したら始めようぜ。お前も時間無いだろ?青春の3年間なんて怠惰に過ごしたらあっという間に終わっちまうぞ?」


 海斗はそう言いながら、ポケットから出したタバコに火をつけた。


「それ、心の底から今のあなたに言われたくないんだが…。」




 ─3─



「いいか?大事なのは相手への興味を無くすこと。それから───



 ───相手に興味を持つ事だ。」




「……は?」



 何を言っているのか一ミリも理解出来ない。彼だから良いが、もしこんなお偉いさんがいたら笑われるだろうな。



「イメージ的にはそんな感じなんだって。俺も練習したことねぇし。とにかく大事なのは、お前から相手に深入りしねぇようにする事だよ。」



 ───うーん。先程よりは想像がついた気がする。


 ただ、蒼子には思うところがあった。


「あの、先に能力のオンオフを学んだ方が効率良いんじゃないでしょうか…?」


 それさえ学べたら私は一生この力を切るつもりだ。だから個人的にはそちらの方が需要があった。


「そりゃ無理だな。力の感覚が分かってねぇうちにオンオフも何もねぇだろ。」


「あぁ…。」


(ニートに論破された………。)


「おい、お前今失礼な事考えなかったか…?」


「すいません、ただちょっと悔しかっただけです。」


 蒼子は気になって一つ質問をしてみた。


「あの、あなたはいつも能力をオンにしているのですか?」


 海斗はついに聞かれたか、というように片目を閉じてそれに答えた。


「あぁ、俺はずっと切ってるよ。」


 彼の答えは意外なものだった。あんなにズバズバと自分の考えを当てていたのに、あれは能力を使っていなかったというのだろうか。


「えっ…?じゃあなんで私の考えてる事、当てられるんですか…?」


「前にも言ったろ、お前分かりやすいんだって。お前の前で他人の感情を読み取ったのなんて、席譲った男が何考えてるか確認した時だけだよ。」



「どうして…ですか…?」


「だってつまんねぇじゃん。」


「…は?」


「俺らの力は簡単に人の感情を読み取れる。慣れてくると考えてる事まで分かるようになってくるもんだ。お前もいずれそうなるさ。だけどな、そんな一方的な理解で人の事を知った気になるのは…俺ぁ嫌なんだよ。」


 海斗は少し眉に力を込めて、言葉を続けた。


「この力を持ってるやつは本当に一部の限られたヤツらだけだ。正確に言うと、俺が瀬上家、お前んとこの青峰家、それからこの辺を根城にしてる倭文シトリ家の三家の血を引いてるヤツらだな。例外もいるが───



 ───世の中にはいるんだよ。この力を使って好き放題やるヤツらが。人の気持ちを面白いように当てて、それを利用する様な輩が。例えば、ちょっとした拗れが出てる時を狙って人の女寝取る奴とかな。胸糞悪ぃだろ。」


 確かに。蒼子はこの力を厄介な物としか思っていなかったが、使いようによっては彼の言う通り悪事にも使えるのだろう。誰も想像できないようなトリックを用いて。


「さっは終わりだ。続きやんぞ。」


「あ、はい。」



 こうして、蒼子と海斗の特訓は幕を開けた。


 蒼子が思い通りの生活を送る為の、ただその為だけの特訓が。

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