渦中
それが、あの男との出会いだ。
ん?なんだい。なんだかデジャヴだったって?
───気のせいだろう。
さぁ、続きを話そうか。あぁ、喉が渇いたなら冷蔵庫にコーヒーが入っているから、勝手に飲んでいいよ。
───コーヒーで喉の渇きは癒えないって?そんな事を言われても家にはコーヒー以外無いよ。それかカフェオレなら作れるけど?それなら良いかい?
─1─
屈辱と羞恥で泣きそうな怒りを滲ませる蒼子を見て、男は再び口を開いた。
「そんな顔すんなよ、お前の後ろにヤバいのがいるから、わざわざ追っかけて来てやったんだぜ?」
「えっ…後ろ…?」
蒼子は思わず後ろを振り返ったが、そこには何も見えない。この男の言っている意味が理解出来なかった。
「…なんだ、見えねぇのか。だとしたらおかしいな。さっき席譲ってた男の心理を読んだからそうなってんじゃねぇのか?」
その言葉は蒼子の胸をぐっと押すようにして、彼女に驚きを与えた。
(この男は、私の病魔を知っている。一体──────)
「何者なんだ?ってか?」
「っ…!?」
───読まれている。この男に、私の考えが。
「そんな驚くことじゃねぇよ。お前分かりやすいんだって。その顔見てりゃどういう気持ちなのかわかるし、そこまで分かれば何考えてんのかなんてわかる。」
「あ、あなたは…知ってるんですか…?私の…その…」
こういう時上手く会話する術を持たない蒼子を、男はフォローするようにして言葉を続けた。
「あぁ、色々説明してぇとこだけど、とりあえず後ろのそいつ祓っていいか?今にも取り込まれそうになってっからよ。」
「え?あ、あぁ……」
訳も分からないまま蒼子はそれを承諾すると、男は左腕を横に向かって平行に伸ばし──────
そして、蒼子が自分の目を疑うような現象が目の前で起こった。
左へ伸ばした彼の手には、刀が握られていた。先程まで手ぶらだった男の左手に、唐突にそれは現れたのだ。
「え…!?」
「なんだ、これは見えんのか。意味わかんねぇな。霊体は見えねぇのに俺の心装は見えるってのは…。」
男が出現させた刀を軽く横に一振すると、まるで空気が可視化されたかのような透明なオーラが蒼子に飛ばされる。
「うっ……。」
まるで攻撃されたような気がして、蒼子は思わず目を瞑って体を縮こまらせたが、彼女には何の衝撃も来る事は無く──────
「よぅし、終わりだ。大丈夫だよ、お前には何にもしてねぇ。お前の後ろの奴を攻撃しただけだ───
───今のは夢喰いっつってな、端的に言えばお化けさんだ。俺やお前みたいに能力を持つヤツに惹かれちまうっつう、厄介な特性があるから、見つけたらああやって祓ってやってる。」
男はにこやかな笑顔を蒼子に向けながらそう言った。彼は刀を消滅させるようにして仕舞うと数歩だけ蒼子に近寄り──────
「うし、そんじゃちょっと話するか。俺は瀬上海斗。お前名前は?」
「わ、私は……青峰蒼子。」
私の名乗りに男は少し驚いたような、まるでありえないというような顔で反応を示した。
「青峰…?お前青峰家の人間か……?」
─2─
瀬上海斗と名乗ったその男に連れられて、蒼子は小さなカフェにやって来ていた。
「とりあえず座れよ。あ、お前カフェオレ飲める?ここのは絶品だぜ?」
「あ、えぇ…飲めます…。」
「OK。マスター!カフェオレ二つ!」
瀬上海斗は少し離れた席からカウンターにいる初老の男へ注文を届かせると、白髪の前髪を少し掻き上げてから私の方へ向き直して話を始めた。
「とりあえず俺達の身の上話は後回しだ。一旦お前の状況を聞かせてくれよ。色々不可解なんでな。」
彼の要求通り、私は自分を苦しめている病魔───もとい能力について知っている事を話した。悩みも含めて。
もしかしたらこの男に話せば解決するかもしれないと、そう思ったのだ。唐突に現れたこの男は謎が多いが不思議と信用できると、そう思ったから。
────────────────────
「なぁるほど…。状況は大体分かった。安心しろ。お前の病気は何とかなる。」
「えっ…本当ですか!?」
彼の力強く真剣な眼差しに、蒼子の心は高揚感を覚えた。彼から伝わってくる感情が自分に同期してから増幅されるように。
「あぁ、解決法も含めて順を追って説明してやる。」
それから海斗の説明が始まった。蒼子の能力の事、その解決法について。
「まず、お前のそれは正確には病気じゃねえ。どうやらお前も分かってはいるみたいだが。」
「そいつには大きく分けて三つの性質がある。簡単に言えば所有者の想像力や感受性を増幅させる装置みたいなモンだ。簡単に言えばな?実態はもっと複雑だけど、今言ってもわかんねぇだろ。」
「感受性と…想像力……だから私は…人の気持ちを想像しては、それが悪い感情だと苦しくなるってこと、ですか…?」
蒼子の
「そうだ。だがな、その状態は普通じゃねえ。俺だってお前と同じ力を持ってるが、そんな風になった事は一度だって無かったからな。これはあくまで推測だが───
───蒼子、お前は順序を間違えてる。」
「順序…?」
「あぁ。例えばお前、シンプルに人の表情だけで汲み取れるその人の本心ってなんぼ位だと思う?」
「え…わかんないです…。」
困ったような反応を示す蒼子に、海斗はハッキリと断言した。
「50%だ。高くて60パー位かね。意外と高いと思ったか?だがな、言い換えれば頑張っても半分くらいしか理解できねぇって事だ。残り半分が全部間違ってたら、それはだいぶ認識に齟齬が出ると思わねぇか?」
確かに。彼の言う事には妙な説得力がある。
「もちろんこれは一般人の話だ。俺たち能力者は鍛錬を積めばもっと高い精度で相手の感情を読み取れる。だがお前は見たところズブのド素人だ、ハッキリ言って一般人と大差ねぇ───
───要は、お前は頑張っても半分程度しか理解出来やしないのに、勝手にガワから感情を汲み取ってそれを能力で増幅してる。だから周りは何とも思ってない可能性もあるのに、お前の先入観で勝手に決め付けられた感情で自分を苦しめてんだ。」
「しかも、それがクセになってやがる。だから俺は病気だって言ったんだよ。」
彼の言葉が心に刺さった。それではまるで───
「え、じゃあ…私が悪いって事…?それじゃ力のせいじゃなくて、私に原因があるみたいじゃ───」
「あぁ、そうだぜ?大体な、人間なんて他が思っている以上に他人の事なんて興味がねぇ。お前の事を見てる周りの人間もな、多分お前の事なんか何とも思ってねぇよ。まぁ、バスで席譲ってた男に関しちゃ、半分正解だったけどな。」
「えっ…じゃあ…私どうすればいいんですか?気にすんなって事…?そんな単純な話なんですか…?」
まるで自分が責められているような気がして、蒼子の頭が熱くなった。
「それも半分正解だ。やるべき事は二つ──────
───1つ。相手の感情を先に読み取るな。あっちから向かってくる感情だけを捉えられるようにしろ。
───2つ。能力のオンオフを身につけろ。これは普通当たり前に出来んだけどな、お前は色々特殊っぽいから。やり方は教えてやる───
───スイッチさえ手に入りゃ、お前は能力をオフにしている間は普通の人間として生きていける。どうだ?希望が見えたろ?」
───当然だ。
力のオンオフが出来るなんて、そんな有難いことは無い。
蒼子はテーブルを両手で叩いて立ち上がった。それは決意の現れなのだろう。
「お願いします…教えてください…病…いえ…能力の事を…わたしにもっと…!」
海斗は二つ返事でそれを承諾した。もちろん、彼はそのつもりで私をここに誘ったのだろうから。
「いいぜ。教えてやる──────
──────お前にスピラナイト───もとい、アマテラスの秘宝の力の使い方をな。」
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