第61話 下条翔真は報告する
3月中旬の土曜日。
窓から外を見る限り、外は晴れていてお出かけ日和といった感じだが、俺は昼間から自分の部屋に籠もってネトゲで遊んで過ごしていた。
もちろん遊んでいるゲームはメテオストーリーだ。
沙菜さんはログインしていなかったが、腹毛さんとぴらふさんがログインしていたので、俺は二人と一緒にボス巡りをしているのだ。
ぴらふたん:それにしても良かったねぇ
漆黒チョコ棒:何のことですか?
ぴらふたん:爆乳がまた学校行けるようになったことだよ
ボス巡りの途中、ぴらふさんが沙菜さんの復学について話を振ってくる。
ぴらふさんの言う通り、沙菜さんは以前通っていた高校に再び行けるようになっていた。
つまりは、沙菜さんは無事に不登校から脱することができたのだ。
漆黒チョコ棒:ああ、そのことですか
腹毛専門店:チョコ坊が手助けしてやったんだろ?
漆黒チョコ棒:俺は特に何もしてませんよ
ぴらふたん:謙遜するなって!
腹毛専門店:チョコ坊との交流があったから爆乳は復学できたんだろ?
漆黒チョコ棒:それはまあ、そうですけど・・・
でも本当に、俺は謙遜なんてしていなかった。
沙菜さんが家出した、河口湖でのあの夜。
俺は沙菜さんに向けて、復学するきっかけになるような言葉を伝えた。
けれど、たったそれだけだ。
年明けから沙菜さんは、誰の力も借りずに保健室登校を始めた。
それから担任の先生経由で同級生である詩織と接触し、詩織と友達になったのだ。
そのことを家で詩織から聞いた時は、俺は大いに驚いたものだ。
妹に頼っていいと俺自身が言ったことだが、まさかこんなに早く実行するとは。
そして1月の下旬に入ると、沙菜さんは他の生徒と同じように自分のクラスの教室で授業を受けるようになった。
もちろん最初はかなりしんどかったようで、俺は度々沙菜さんの弱音を電話で聞くことになった。
だけど決して、沙菜さんは俺に話を聞いてもらう以上のことは求めなかった。
つらくても、苦しくても、沙菜さんは逃げずに学校生活と向き合い続けたのだ。
そして現在。
沙菜さんは学校を休むことなく、ちゃんと登校を続けている。
もちろん急に人が変われるわけもなく、沙菜さんがたくさんの友達に囲まれて楽しい学校生活を送っている……なんてことはないだろうけど。
それでもこれまでの遅れを取り戻すように、沙菜さんは色んなことに取り組んで、それなりに充実した日々を送っているようだった。
腹毛専門店:あー、そうか
漆黒チョコ棒:?
腹毛専門店:チョコ坊にとっては爆乳の復学云々よりも・・・
ぴらふたん:爆乳の乳親への説得の方が大変だったか!
……うん。それはその通りだが、変換ミスしてるぞぴらふさん。
しかし今思い出しても、あの時は本当に緊張したな……。
◆
時は俺と沙菜さんが河口湖から帰ってきた日まで遡る。
真之さんは、俺たちの住む町の駅前で娘の帰りを待っていた。
改札を出た俺たちの姿を見つけた真之さんは、すぐに早歩きで近づいてきて、
「沙菜……!」
「お父さん……」
沙菜さんの体を、思いっきり強く抱きしめた。
「……本当に心配したんだぞ! 沙菜までいなくなったら、俺は……!」
「……ごめんなさい」
「こんな馬鹿な真似、二度とするんじゃない……!」
「うん……」
娘と再会できたことで安堵し、泣き笑いの表情を浮かべる真之さん。
これまで抱いていた印象が変わるほど、真之さんは感情的になっていた。
けれど側に立っていた俺の存在に気づくと、真之さんは沙菜さんを解放し、
「……ありがとう、下条くん。君には感謝してもし足りないな」
俺に向かって感謝の言葉を口にした。
俺は少々照れくささを感じながらも、これに応じる。
「いえ……。昨夜の約束を守っただけですよ」
「昨夜の約束か。昨夜といえば――」
「――っ!!」
まさか、あのことを訊いてくるのか……!?
大丈夫だ、俺は本当に何もしていない。ただの誤解なんだ。ちゃんと説明すれば、真之さんだってきっとわかって――
「……どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
「いっ、いえ! 何ともありませんよ!」
「そうか? ならいいんだが……」
真之さんは怪訝そうな顔を見せながらも、俺の言葉を信じてくれたようだ。
左手に付けていた腕時計を一瞥した後、真之さんは話を続ける。
「ところで下条くん。もし君の都合が良ければだが、今から私たちの家に来ないか?」
「家に、ですか……?」
「君にはまだ、色々と聞きたいことがある。日を改めたいのなら、それでも私は構わないが――」
「いえ、今からで大丈夫です。ぜひお邪魔させていただきます」
真之さんの提案はこちらとしても好都合だ。
決着をつけるのは早い方がいい。
「運転ありがとうございました」
俺は車から降りて真之さんに礼を言う。
駅から佐河家までは、真之さんの車に乗って移動したのだ。
「さあ、上がってくれ」
「お邪魔します……」
真之さんの後に続いて俺は家の中へと入る。
沙菜さんは最後に家の中へと入り、玄関のドアの鍵を閉めていた。
俺たちはリビングへと進み、テーブルを囲むようにして座る。
「私、紅茶淹れてくるね」
「ああ、頼む」
沙菜さんが立ち上がって、キッチンの方へと移動する。
俺はリビングで真之さんと二人きりになったわけだが、
「………………」
「………………」
き、気まずい……!
真之さんにそんなつもりはないのだろうが、妙に圧を感じる。
この沈黙した空気は息が詰まりそうだった。
俺はついに耐え切れなくなり、真之さんに向かって話しかける。
「あの……」
「何かな?」
「さっき駅で言いかけてたことって……」
「そういえば話の途中だったな。ちょうどこれから訊こうと思っていたところだよ」
真之さんは少し間をおいた後、話を続ける。
「沙菜からのメッセージで知ったんだが、沙菜は夜遅くまで君の部屋のベッドの上にいたそうじゃないか」
「はい……」
やっぱりそのことだったか……!
でも慌てることはない。事実をありのまま話すだけだ。
「どうしてそんな事態になったのかな?」
「実は――」
沙菜さんが俺と話したいと言って部屋にやってきたこと。
座る場所がベッドだったことなどを、俺は真之さんに話した。
話を聞き終えた真之さんは俺に向かって言った。
「なるほど、そんなことだろうと思っていたよ」
「……俺の話を信じてくれるんですね?」
「昨日も言った通り、君のことはある程度は信用している。今君が話したことは、きっと本当のことなのだろう」
このタイミングで、沙菜さんが紅茶とお菓子を持って戻ってくる。
テーブルの上にそれらが置かれたことを確認し、真之さんはこう続けた。
「だが、それだけではないはずだ」
「……えっ?」
「?」
誤解を解いたのにまだ話が続き、戸惑いを隠せない俺。
話の流れが読めず、困惑した表情を浮かべる沙菜さん。
それらを一切無視し、真之さんは俺に問う。
「私にまだ話していないことがある。そうだろう、下条くん?」
「………………」
これは見抜かれている、ということなのか……?
……それならば、今が話を切り出すタイミングだ。
「……はい。真之さんに報告したいことがあります」
「私に報告したいことか。……何かな?」
直後、俺は沙菜さんと目が合った。
それで沙菜さんも察したのだろう。俺が何を報告するのかを。
俺は勇気を振り絞り、真之さんに向かって言った。
「昨夜、俺は沙菜さんに告白しました」
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