第57話 爆乳さんは不器用

「とりあえず、ベッドの上にでも座ろうか」

「うん……」


 爆乳さんを部屋へと招き入れ、俺はベッドの上に腰掛ける。

 爆乳さんもそれに続き、俺のすぐ隣に腰掛けた。

 

「……暖房、効きすぎてないよね?」

「うん。ちょうどいいよ」

「そ、そっか。なら良かった」

「うん……」

「………………」


 ……今更ながら、俺は気づいた。

 よく考えなくても、この状況は色々と不味いのでは……!?

 

 深夜。沈黙。風呂上がり。部屋で2人きり。

 テレビも消してあるから、部屋の中はエアコンの稼働音と時計の音くらいしか聞こえない。


「………………」


 ちらりと爆乳さんの横顔を見てみると、どこか気まずそうな、何かを待っているような、とても緊張した表情を見せていた。

 

 ……この調子だと、爆乳さんから話し出すことは無さそうだな。 

 俺はこの何とも言えない雰囲気を変えるべく、意を決して口を開いた。

 

「爆乳さん。どうして家出なんてしたの?」


 爆乳さんは少し間をおいた後、これに答える。

 

「……お父さんへの反抗と、自立できるというアピール、みたいな……?」

「自立できるというアピール?」

「私が漆黒さんに依存してないって、行動で示したかったの」

「ああ、そういう……」


 爆乳さんは真之さんに言われたことを気にしていたのか。

 

「……私、とても馬鹿なことをしてるよね」

「……まあ、そうだね」

「お父さん、私と漆黒さんの交流を認めてくれるどころか、もっと私に厳しくなるかも……」


 その可能性は高かった。

 家に閉じ込めるなんて真似はできないかもだが、定期的に連絡することを義務付けるくらいはしてもおかしくない。

 

「……現状を、変えたいのに……」

「…………?」

「どうすれば現状を変えられるのか、私にはわからなくて……」

「………………」

「だからいつも、遠回りで的外れなことばかりして……」

「………………」

「現実から逃げたまま、結局何も変えられなくて……」

「………………」


 ……そうか、そうなのか。

 爆乳さんは、とにかく生きることに不器用なんだ。


 そしてそれは、俺だって変わらない。

 俺と爆乳さんは似た者同士だ。

 

「ねえ、漆黒さん……」


 爆乳さんがこちらへと振り向く。

 瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな声色で、そのまま続ける。

 

「私、これからどうすればいいんだろう……。教えてよ、漆黒さん……!」


 爆乳さんの、心からの叫び。

 この叫びに対し、俺は静かにこう答えた。


「俺も同じだよ」

「えっ……?」

「俺も爆乳さんと同じで、どうしたらいいかわからないんだ」

「そう、なの……?」


 俺はゆっくりと頷いて、


「ああ、そうだよ。ただ今を生きているって感じで、未来のために何をすればいいのか、正しい答えを見つけられずにいる」

「………………」


 意外そうな表情で、俺の顔を見つめる爆乳さん。

 俺は続けて言った。

 

「でもそれでいいんだって、俺は少し前に気づいたんだ」

「……それでいい? 正しい答えを見つけられなくてもいいの?」

「ああ。だってほら、俺たちが何をしようが、変化ってのは訪れるんだ。だからとにかく、今の生き方が間違っているか正しいのかはわからなくても、生き続けるしかない。そう俺は思っているよ」


 こんな消極的な答え、きっと爆乳さんは求めていないだろう。

 案の定、爆乳さんは納得しかねるような表情を見せている。


 それから爆乳さんは口を開き、

 

「……それってつまり、良い変化が訪れるのを待ち続けろってこと?」

「少し違うかな。爆乳さんはさっき、自分は遠回りで的外れなことばかりしているって言っていたよね?」

「うん……」

「でもそれがどんな変化を生み出すかなんて、最初からわからないよね?」

「うん、わからない……」

「じゃあそれは、間違っていることだと断言できないよね?」

「……っ!」

「ましてやそれが自分にとって良いことだったのかなんて、5年後、10年後にならないとわからないかもしれない。だから最初から正しさがわからなくたって、それでいいと思うんだ」


 不登校になり、ネトゲにハマり、そのネトゲで出会った人々に救われた。

 そんな経験をした俺だからこそ、辿り着いた考えだった。


「そんな風に生き続けるのは、苦しくないの……?」

「もちろん苦しいことだってあるよ。変わってほしくないことが変わって、変わってほしいことが変わらないかもしれない。訪れる変化は俺たちの感情になんて配慮してくれないからね」

「変わってほしくないことが変わって、変わってほしいことが変わらない……」


 爆乳さんは何か思うことがあるのか、俺の言葉を繰り返していた。

 俺はそんな爆乳さんに訊いた。

 

「何かその言葉に思うことでもあるの?」

「……うん。お母さんのこと、思い出していたの」

「お母さんのこと?」


 爆乳さんは無言で頷き、

 

「お母さんがいる日常は、私にとって変わってほしくないことだったから……」

「………………」

「ちょっとドジで、でもとても優しくて。私はそんなお母さんのことが大好きだったの」


 そして爆乳さんは語り始める。

 

 ……過去の話を。

 家に帰ると母親が出迎えてくれる。

 それが当たり前で、これからもそのはずだった、あの日々のことを。

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