第56話 爆乳さんホテルに泊まる

「ふぅ……」


 真之さんとの通話を終了する。

 これで泊まる場所の確保という問題はほぼ解決した。

 

 安堵した瞬間、一気に空腹感が押し寄せてくる。

 ……そういえば、昼飯以降何も食べてなかったな。


「お待たせ。このすぐ近くのビジネスホテルに泊まることになったよ」

「う、うん……!」

「…………?」


 どういうわけか、爆乳さんは少し恥ずかしそうにしていた。

 俺と目を合わせようともせず、モジモジと縮こまっている。


「どうかしたの、?」

「…………何でもないよ」


 ……あ、あれ?

 今度は何だか、がっかりしたような顔をしていらっしゃる。

 何か、お気に召さないことでもあったのだろうか。

 まったく、爆乳さんの感情は忙しいな。


「俺はこれからコンビニで晩飯を買うけど、爆乳さんはどうする?」

「……私も買う。晩ごはん、まだ食べてないから」

「そっか。じゃあ、中に入ろうか」


 俺たちはコンビニで晩飯や生活用品を買い、ホテルへと向かう。

 

 せっかく河口湖まで来たのだから、どこか飲食店で晩飯を食べたい気持ちもあったが、駅周辺の店はほとんどが営業終了していたのだ。

 

 この時間帯もまだ営業しているのは、居酒屋くらいなものだった。

 

「スマホの充電器は持ってきてる?」

「うん。それは持ってきてるよ」

「なら良かった。電池切れだったのは、昨日充電し忘れたとか?」

「ううん、充電はしていたよ。ただ……」

「ただ?」

「今日の移動中、スマホでずっとゲームしてたから……」

「……電池の残量、気にしようか」


 こんなに無計画で危なっかしい娘がいる真之さんに、俺は少し同情してしまった。

 

 

 そしてコンビニから歩くこと約3分。

 俺たちは今日泊まるビジネスホテルに到着した。

 外壁が茶色い小さなホテルで、どうやら3階建てのようだ。

 

「スマホを貸すから、受付に何か言われたら真之さんに電話してね」

「う、うん……」


 まず先に、爆乳さんを受付へと向かわせる。

 受付に止められないか心配だったが、爆乳さんは何も問題なく宿泊の手続きを終えたようだ。

 

 そして俺も、飛び込みで泊まれる部屋が残っているということで、無事に宿泊の手続きを終えることができた。

 

 ちなみに俺が泊まる部屋は、偶然にも爆乳さんが泊まる部屋の隣だった。


「じゃあ、俺はこっちだから。また明日ね」

「うん……」



 爆乳さんと別れ、俺は部屋の中へと入る。

 まずは照明を点け、中の様子を見てみよう。

 

「……うん、何の変哲もないビジネスホテルの部屋って感じだ」

 

 入ってすぐ左にはユニットバスが、正面には机と椅子、その奥にはテレビがあり、テレビの置かれた台の下には冷蔵庫もあった。

 冷蔵庫の中を見てみると、そこにはミネラルウォーターのペットボトルが入れられていた。


「……ううっ」 

 

 飛び込み宿泊なので仕方ないが、部屋の中は暖房が効いておらず寒かった。

 俺は部屋を暖めるため、エアコンのリモコンを探す。

 

「お、ここにあったか」

 

 リモコンはベッドの枕元にあるヘッドボードに置いてあった。

 ちなみにベッドはテレビの向かい側にあって、部屋の半分近くのスペースを占領している。


「……さて、少し遅めの晩飯とするか」

 

 エアコンをつけた後、俺は机へと移動をし、コンビニの袋から焼肉カルビ弁当を取り出そうとする。

 

 次の瞬間、ドアをコンコンと叩く音が部屋の中に鳴り響いた。

 

「……漆黒さん、いる?」

 

 ドア越しに爆乳さんの声。

 俺はドアへと近づいてこれに応じる。

 

「爆乳さん? どうかしたの?」

「一緒にごはん食べようと思って……」

「それで俺の部屋に来たんだ」

「うん。……中に入れてもらってもいい?」


 拒む理由は特にないので、俺はとりあえずドアを開ける。

 すると目の前には、コンビニの袋を手から下げている爆乳さんの姿があった。


「さあ、入っていいよ」

「お邪魔します……」


 恐る恐るといった感じで、爆乳さんは部屋の中へと入っていく。

 自分の泊まる部屋との違いでも探しているのか、爆乳さんはキョロキョロと辺りを見回していた。

 

「どう? 爆乳さんの部屋と違うところはある?」

「ないかも……」

「やっぱり同じなんだ。ところで爆乳さんは、晩飯は何を買ったの?」

「焼きそばパンと蒸しパンだよ」


 パンならまあ、机とかが無くても大丈夫か……?

 

「じゃあ、ちょっと行儀が悪いかもだけど、爆乳さんにはベッドの上で食べてもらおうかな。俺はここの机で食べるからさ」

「うん、そうする」


 こうして俺たちは晩飯を食べ始めた。

 せっかくなのでテレビを点け、ニュース番組やバラエティ番組を見ながら。

 

「……ごちそうさまでした。爆乳さんも食べ終えたみたいだね」


 食事を終えた俺は爆乳さんに向かって話しかける。

 爆乳さんはテレビから俺へと視線を移し、これに答える。


「うん。一度自分の部屋に戻って、お風呂に入ろうと思う」


 一度……?

 ちょっと気になったが、俺はそれには突っ込まずに話を続ける。

 

「一応確認するけど、この部屋にあるみたいなユニットバスの利用経験は?」

「……ないよ。漆黒さんは?」

「何度かあるかな」

「使い方教えてくれる?」

「もちろん。……といっても、そんなに教えるようなことはないんだけどね」


 俺はシャワーカーテンは浴槽の内側に入れるのだとか、湯船に浸かる場合はお湯を抜いた後に身体を洗うのだとか、ユニットバスを使う上での基本的なことを一通り爆乳さんに教えた。

 

 話を聞き終えた爆乳さんは自分の部屋へと帰っていったので、俺も風呂を済ませることにした。

 

「ふぅ……」


 風呂を済ませた俺は、用意してあったガウンに着替え、点けっぱなしになっていたテレビを観る。

 

 今やっていたのはタイトルも知らない深夜アニメで、しかも途中からだったので、まるで内容がわからない。

 

 チャンネルを変えてみたが、他の番組もあまり面白そうなものはやってなかった。

 

「……歯でも磨いてもう寝るか」


 洗面所へ向かおうとベッドから立ち上がったその時、再びドアを叩く音が聞こえてきた。

 先ほどの言葉通り、爆乳さんがまたやって来たのだろう。

 

(さっきのは聞き間違いじゃなかったか……)

 

 俺がドアを開くと、そこには予想通り爆乳さんが立っていた。

 俺と同じくガウンに着替えており、風呂上がりで上気した頬がどこか色っぽい。

 おそらく同じシャンプーを使っているはずなのに、目の前の爆乳さんからはやたら良い香りが漂ってきた。

 

「爆乳さん? 今度はどうしたの?」

「漆黒さんと話したいと思って……」


 時刻はもう22時を過ぎている。

 明日のことを考えると早く寝た方がいいわけだが……。

 

「……俺もちょうど話したいと思っていたんだ」


 無事に家出した爆乳さんを見つけ出せたわけが、俺は肝心なことをまだ何も聞いていない。

 

 そもそもどうして、爆乳さんは家出なんかしたのか。

 それは明日ではなく、今日中に聞いておくべきだと俺は思った。

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