第55話 無謀な爆乳さん
駅舎から漏れ出す橙色の光に照らされながら。
爆乳さんは今にも泣き出しそうな、潤んだ瞳で俺を見ていた。
俺はそんな爆乳さんに向かって言った。
「家出したらしいね」
「……お父さんから聞いたの?」
「そうだよ。書き置きも見せてもらった」
「………………」
気まずそうに目を伏せる爆乳さん。
俺は構わず続けて、
「花火を見に行くってのを読んでピンときたんだ。爆乳さんはきっと、河口湖に来ているって」
「………………」
「爆乳さん、ちゃんと調べなかったんだね」
「……え?」
「冬の花火大会は2月からなんだよ」
「――――っ!」
爆乳さんが勢いよく顔を上げ、羞恥で頬を真っ赤に染める。
「しっ……、知ってたよ! 今日は、下見だから……!」
「……とにかく、真之さんが凄く心配してたから、すぐに連絡をしよう。爆乳さんのスマホ、電池切れになってるんだよね?」
「うん……」
……やっぱり電池切れだったのか。
まったく、充電くらいちゃんとしてから家出してほしいものだ。
「なら、俺のスマホ使っていいからさ。さっそくかけるよ」
「えっ、ちょっ、心の準備が……!」
俺は爆乳さんの心の準備を待つことなく、真之さんに電話をかける。
「もしもし、下条です。沙菜さんが見つかりました」
『何……!? それは本当か!』
「はい、本当です。ところで、まだ警察に連絡は……」
『ちょうど、これから警察署に行こうと思っていたところだ。警察にはまだ連絡していない。それより、沙菜はどこにいたんだ!?』
「河口湖です」
『……………………は?』
そりゃ、こんな反応にもなるよな。
『……河口湖というのは、山梨県の……?』
「はい。富士山がすぐ近くに見えるあれです」
『……色々と聞きたいことはあるが、とりあえず沙菜に代わってもらえないか?』
俺はスマホを爆乳さんに渡し、少し離れたところからその様子を見ることにした。
あんまり近くで聞かれると、爆乳さんも話しづらいだろう。そう思ったからだ。
「……うん。ごめんなさい、お父さん……」
爆乳さんは流石に怒られているようで、いつも以上にか細い声で通話をしていた。
今にも爆乳さんの瞳から涙が溢れ出そうだったが、
「……漆黒さん。お父さんが代わってだって」
「俺に……?」
そうなるより前に、再び俺へと電話が回ってきた。
『もしもし? 下条くんか?』
「はい。……もしかして、今後のことについてですか?」
『その通りだ。私もだいぶ悩んだんだが、総合的に考えた結果、君と沙菜には河口湖駅周辺のホテルで1泊してもらうことにした』
「……まあ、そうなりますよね」
真之さんが今から迎えに来てくれたとしても、最低2時間はかかるだろう。
それまでの間、この周辺のどこで待つのか。
今から調べたり探し回ったりするのは大変だし、爆乳さんは一刻も早く休ませてあげた方が良さそうに見える。
きっと真之さんはそのあたりを考慮して、俺たちに1泊してもらうという結論に至ったのだろう。
『とりあえず、沙菜が泊まれる場所の確保は私が何とかしてみせる。泊まれる場所がわかり次第、また君に電話をする』
つまり、続報を待てということか。
『駅の近くにコンビニくらいはあるだろう。飲食店が開いてるならそこでもいい。どこかで私の電話が来るのを待っていてくれ』
「わかりました。では、また……」
真之さんとの通話を終了し、俺と爆乳さんは駅から少し歩いたところにあるコンビニへと向かった。
駅前の飲食店はどこも閉まっていたからだ。
コンビニへ向かう途中、俺は爆乳さんに訊いた。
「爆乳さん。今日は日帰りの予定じゃなかったの?」
「……うん」
「それなのに、ホテルの予約とかはしなかったんだ?」
「行けば何とかなると思って……」
「………………」
なんて無謀で、無計画な家出なのだろう。
まあ、計画的な家出されても困るけど……。
「……漆黒さんは?」
「うん?」
「漆黒さんは夜にここへ来て、泊まるところはどうするつもりだったの?」
「俺は未成年じゃないし、漫喫でもどこでも探して泊まるつもりだったよ」
「マンキツ……?」
「漫画喫茶のことだよ。知らないの?」
「名前は知ってるけど、詳しいことは知らない……」
「いつか行ってみるといいよ」
「うん。いつか行ってみる」
そうこう話しているうちに、俺たちはコンビニに辿り着く。
そして、ちょうどコンビニに着いたタイミングで、俺のスマホに真之さんからの電話がかかってくる。
『下条くんか。沙菜が泊まる部屋の予約は無事取れた。部屋の空きはまだあるようだから、君が飛び込みでそのホテルに宿泊することも可能だろう』
「そう、ですか……。調べてくださり、ありがとうございます!」
『大丈夫だとは思うが、もし沙菜がフロントに止められた場合、私が代わりに事情を話す。その時のために、君のスマホを沙菜に貸しておいてくれないか?』
「わかりました。貸しておきます」
『下条くん。私は君のことをある程度は信用している。沙菜のことは任せたよ』
俺は目の前に真之さんがいるつもりで、力強くこれに応えた。
「……はい。必ず明日、沙菜さんを連れて帰ります」
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