第54話 再訪

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 ようやく最寄り駅に着いた俺は、急いで新宿行きの電車に乗った。

 

 そして電車に乗ること約1時間。 

 俺が新宿駅に着いたのは、間もなく18時になるという時だった。

 

(バスの発車時刻まであんまり時間はないな……)

 

 たくさんの人が行き交う中を、俺は小走りで突き進んでいく。

 

 向かう先は高速バスターミナル。

 目的地へ行くために、俺は高速バスに乗る必要があるのだ。

 

 その目的地とはどこか。

 それは、つい4ヶ月ほど前にも行った河口湖だ。

 

 ……冬。花火。冬花火。

 以前、俺が爆乳さんに話した、冬の河口湖の話。

 

 爆乳さんはそれを覚えていて、花火を見に河口湖へ行ったのかもしれない。

 もちろん確証があるわけじゃないし、無駄足を踏むことになる可能性だって高いけれど。

 

 迷って何も行動しないよりは、この可能性に賭けたいと俺は思った。



「何とか間に合ったか……」


 18時15分になり、河口湖行きの高速バスが発車する。

 俺は窓際の席で、隣にはスーツ姿のおじさんが座っていた。

 

 バスに乗っている間、俺はずっともどかしい思いをしていた。

 

 一刻も早く河口湖に爆乳さんがいるのか確認したいのに。

 どう足掻いたところで、このバスが河口湖駅に着く時間は決まっている。

 俺がバスの中を全力で走ったとしても、到着時間は早まらないのだ。


「あの……」

「…………?」


 不意に、隣のおじさんに話しかけられる。

 俺は何事だろうと不思議に思い、おじさんの方へと振り向く。

 

「どうかしましたか?」

「トイレ、我慢しなくてもいいからね」

「……え?」

「僕には遠慮せず、前を通ってくれてもいいからね」

「………………」


 焦っている俺の様子が、トイレを我慢しているようにでも見えたのだろうか……。

 

「……ありがとうございます。トイレへ行きたくなったら通らせてもらいますね」

「うん、それがいいよ。我慢は体に良くないからね」


 ……落ち着こう。

 大丈夫だ、きっと爆乳さんは無事だ。

 

 俺は車窓に切り取られた夜の風景を眺めながら、ゆっくりと呼吸を繰り返した。

 


 そして20時を少し過ぎた頃、バスは河口湖駅に到着した。

 

(今更だけど……)


 河口湖まで来たはいいが、ここからどうやって爆乳さんを探せばいいのやら。

 爆乳さんのスマホが回復することを期待し、どこかで電話をかけ続けるか……?

 

(それにしても――)

 

 この時間帯にもなると、駅周辺の人の数はだいぶ少なくなっていた。

 周辺の店はもう閉まっているところが多く、観光客もみんな宿に戻っているのだろう。


 夜の暗さも相まって、辺りの雰囲気は静かで寂しいものになっていた。

 以前に来た時の騒がしさとはえらい違いだ。

 

「………………」


 スマホを取り出し、爆乳さんに電話をかける。

 ……出ない。やはりまだ、電源が切れているようだ。

 

 夜空。小さくて細かな雪が降り始めていた。

 雪は地面に落ちるとすぐに溶けてしまう。降る量から見ても、とても積もるような雪ではない。

 

 けれど空気の冷たさは刺すように鋭く、指は思うように動かなくなっていた。

 この寒さの中を長時間歩き回るのは危険だろう。

 

「……とりあえず近くのホテルに泊まるか」


 爆乳さんが河口湖に来ていたとして、この時間帯にこの辺りをうろついているわけがないか……。

 

 きっと爆乳さんも、どこか近くの宿に泊っているのだろう。

 案外、宿泊先でバッタリ遭遇なんてこともあるかもしれない。

 

 そんなことを考えながら歩いている、まさにその時だった。

 

「どう……して……」


 爆乳さんの声が聞こえる。

 振り向くとそこには、紺色のコートに赤いマフラーを巻いた爆乳さんの姿があった。

 

「……見つけたよ、爆乳さん」


 不思議と俺に驚きはなかった。


 ……この展開を予想していたからじゃない。

 雪が舞い降りる夜空の下、爆乳さんがすぐ目の前にいる。

 その現実を確認した瞬間、ただ嬉しいという感情だけが俺の心の中を満たしていた。

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