第52話 妹、頼りになる
俺は近くにあった椅子に腰を下ろし、詩織のジョークに言葉を返す。
「ったく、面会に来てくれるなら、せめて月1くらいの頻度にしてくれよな」
「えっ!? 本当にムショ送りなの?」
「いや、今のは冗談だ」
「ちょっ、驚かさないでよ! じゃあ――」
「でも会うのは禁止された。これは冗談じゃないぞ」
「……まあ、そうなるよね」
伏し目がちでそう呟いた後、詩織はこう続けた。
「それで、佐河さんはどうだったの?」
「ん? どうだったって、何がだ?」
「もう会うなって言われて、佐河さんはどんな反応してたの?」
「……納得できないと、はっきり言葉にしていたよ」
普段の親子関係がどうなのかは知らないが――。
あまり親に反抗しなさそうな爆乳さんが、あんな風に父親に向かって意見を口にするのは、正直なところ意外だった。
それほどまで、爆乳さんは俺との交流を続けたいと思ってくれているのか。
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、お兄ちゃんは?」
「俺?」
「会うのを禁止されて、お兄ちゃんはこれからどうしたいの?」
「それは……」
どうしたいのか。そんなのは決まっている。
「……これからも爆乳さんに会いたい」
禁止されたからといって、この気持ちが変わることはない。俺は爆乳さんに会いたいと、今もなお強く思っている。
けれど俺は子供じゃない。後先考えず自分の思うがまま行動するわけにもいかないんだ。
「なんだ。答えが出てるなら、悩むことなんて何もないじゃん」
「何もないって、禁止されてる以上、会いたくても会うわけにはいかないだろ?」
「あー、もう! お兄ちゃんも頭が硬いなぁ。そもそもさ、佐河さんのお父さんは、どうして会うのを禁止したの?」
「どうしてって……」
俺はファミレスでの会話を思い出しながら詩織の問いに答える。
「……父親に内緒で爆乳さんが俺に会い続けていたことへの罰、とか言ってたかな」
「他には?」
「あとは、爆乳さんが俺に依存し続けてしまうだとか、今の関係は互いにとって良くない、みたいなことも言ってたような……」
「それだよ!」
「それ?」
詩織はベッドから起き上がり、俺に向かって言った。
「その認識を変えさせてあげればいいんだよ!」
「認識を、変えさせる……?」
「お兄ちゃんと佐河さんとの関係が、互いにとって大きくプラスなものだと思わせるんだよ! それなら佐河さんのお父さんだって、関係を終わらせろだなんて言わないよ!」
「そうかぁ……? そういう問題じゃない気もするんだが……」
詩織は人差し指を立てて、それを左右に振りながら言葉を続ける。
「チッ、チッ、チッ。わかってないなぁ、お兄ちゃん」
「な、何かムカつくな、その仕草……」
「考えてもみなよ。親としては、そりゃあ自分に内緒で娘が男と会っていたなんて許せないけどさ。私や佐河さんくらいの年頃になれば、何でも親に報告するなんてことはありえないじゃん」
「……まあ、そうだな」
小学生や中学生くらいまでなら行き先や遊び相手を親に報告する人も多いだろうが、高校生にもなるとわざわざ報告する方が珍しいだろう。
「だから親に内緒にしていたことについての罰は、しばらくの間佐河さんが反省すれば終わるものだと思うの。結果論だけど、実際に佐河さんは何の被害も受けてないわけだしね」
少々強引な理屈な気もするが……。
ネット上でのやり取りは今後も続けていいと許すあたり、真之さんは娘のことをガチガチに監視するような親ではないのは確かだろう。
どちらかといえば、放任主義とさえ思える。
「それで重要なのは、後者の方の理由だって言うのか?」
「うん。佐河さんのお父さんだって、娘が幸せになることを望んでいるはずでしょ? お兄ちゃんが佐河さんを幸せにしてくれると確信できるなら、その関係を認めるしかないはずだよ!」
「そ、そうか……」
なんだろう、いつになく詩織が生き生きとしていらっしゃる。
……こいつ、他人事だと思って楽しんでいやしないか?
でもまあ、詩織の言うことには一理あると思った。
要は、禁止されてる前提を壊してしまえばいいんだ。
「しかし、認識を変えさせる、か。……難しいな」
「そりゃ、難しいだろうね。でもお兄ちゃん、さっきまでとは違うでしょ?」
「えっ?」
「この部屋に入ってきた時と比べて、どう?」
「……そうだな。少しは冷静さを取り戻せた気がするよ」
さっきまでは親バレのショックで思考停止していたが、今は違う。
俺は何をするべきなのか。それが見えてきたことで、だいぶ気が楽になった。
……詩織には感謝しないとな。
「ありがとな、詩織。今度デストロイヤー作ってやるからな」
「うん、それは要らない」
◆
風呂を済ませ、自分の部屋に戻ってきた俺は、とりあえずメテオストーリーにログインすることにした。
理由はもちろん、爆乳さんの様子が気になったからだ。
そもそもログインすらしていない可能性もあって心配したが、爆乳さんはすでにログインしているようだった。
俺がログインするなり、爆乳さんは俺に向かって内緒話を飛ばしてくる。
爆乳☆爆尻>>今日はごめんね。私が内緒にしてたせいであんなことになって…
爆乳☆爆尻<<爆乳さんが謝る必要はないよ
爆乳☆爆尻>>ありがとう。会ったりするのは禁止されちゃったけど
爆乳☆爆尻>>これからもメテストで一緒に遊ぼうね
「………………」
俺は少し迷った後、こう返信した。
爆乳☆爆尻<<もちろん! ネトゲは禁止されなくて本当に良かったよ
爆乳☆爆尻>>うん。もし禁止されてたら発狂してたかも…
爆乳☆爆尻<<発狂しなくて本当に良かった
「…………はぁ」
迷った挙げ句、日和ってしまった。
ここで「また会えるようにしてみせる!」だなんてことが書き込めれば、少しは格好が付いたんだがな……。
それからはリアルの話をすることなく、俺たちはゲームを楽しんだ。
それは翌日も翌々日も変わりなく。
俺と爆乳さんはリアルで会うのを禁止された後も、ネトゲ上では毎日会って遊び続けた。
そんな日々が1週間ほど続いた後。
俺が食べ物と漫画雑誌を求めて近所のコンビニへと向かっている途中のことだった。
「お……?」
俺のスマホに着信アリ。
一体誰からだろうと画面を見た瞬間、俺は心臓が飛び出しそうになった。
「
それは爆乳さんの父親――
俺は特に意味もなく姿勢を正し、大慌てで電話に出る。
「もっ、もしもし!」
『――もしもし?
「はっ、はい! お久しぶりです!」
押し寄せる不安で、声が震えそうになる。
わざわざ真之さんから電話をしてくるんだ。きっとロクな用件じゃない。
気が変わって、俺を警察に突き出すなんてことも……。
『突然電話をかけてすまないね。少し確認したいことがあるんだ』
「確認、ですか……?」
『今、
「いや……。会ってませんけど……」
『どこかへ行くという話は聞いていないかな?』
「いえ、何も。……沙菜さんに何かあったんですか?」
『ああ。実はな――』
次に真之さんの口から飛び出した言葉は、俺の想像以上に最悪なものだった。
『――沙菜が家出をしたんだ。書き置きを1枚残してな』
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