第51話 佐河沙菜は反論する
「納得できないだと?」
娘の反抗は予想の範囲内だったのか、真之さんの表情に変化はなかった。
そんな父親に物怖じすることせず、爆乳さんは言葉を続ける。
「うん……。会うのを禁止するのは、やり過ぎだと思う……」
「やり過ぎ? これは沙菜の軽率な行いに対する罰でもあるんだ。むしろ甘すぎるくらいだろう」
「これからはちゃんと、お父さんに報告するから……」
「そういう問題じゃない」
「じゃ、じゃあ、私が学校にまた行けるようになったら……!」
「学校に復帰するのは良いことだが、それなら彼ではなく学校の友人たちと交流すればいいだろう? 何より――」
真之さんは眼鏡越しに鋭い眼光を見せながら、続けた。
「――学校に復帰できるのなら、彼と交流し続ける理由も無くなるだろう?」
「…………っ!」
その通りだった。俺が爆乳さんと交流しているのは、爆乳さんを社会復帰させるためだ。
爆乳さんが学校に復帰できるのなら、練習はもう必要ない。
俺の役目も終わりということだ。
「……少し意地悪な言い方だったかな。もちろん私も、社会復帰させるためという理由が建前であることは理解している」
「………………?」
「だから尚更、この現実逃避のような関係を親として許可するわけにはいかない。本当に学校に復帰することを考えているのなら、まず私に相談しなさい。何も、焦ったり急ぐ必要はないんだ」
「お父さん……」
そう呟いて、爆乳さんは黙り込んでしまう。
そして俺も、真之さんに向かって何も言うことができなかった。
「……さて、今度こそ話は終わりだ。――下条くん」
「……はい?」
「君には感謝しなければいけないな」
「感謝、ですか……?」
何に対する感謝なのか、俺は理解できずに困惑する。
そんな俺の心の内を察したのか、真之さんは口元に微かな笑みを浮かべて、
「たしかに私が君に感謝するのは少し変だな。だが沙菜が君の世話になったことは紛れもない事実だ。ならばここは、罵倒するよりも感謝をするべきだろう」
「そんなことは……。俺は沙菜さんの年齢を知った時点で、真之さんに連絡するべきでした」
「それはそうだな。だがそうするには、私の連絡先を知っている必要がある」
ここまで話したところで何かを思い出したのか、真之さんは俺に訊いた。
「……連絡先といえば、この機会に君の住所と携帯の電話番号を私に教えてくれないか?」
「俺の、ですか……?」
「もし今後、沙菜に何かあった時、君との連絡手段がないのは困るからね」
「……わかりました」
俺が良からぬことをしないように釘を刺すためだろう。
当然だが、真之さんは俺のことを完全には信用していない。俺が約束を破って爆乳さんと再び会う可能性がゼロではないと睨んでいるんだ。
こうして俺たちは食事を終えて、ファミレスを後にした。
ちなみに、代金は真之さんが全部出してくれた。
俺は必死に断ったのだが、真之さんも頑なだったのだ。
「あの、ごちそうさまでした……」
「何、ちょっとした感謝の気持ちだよ。もう夜も遅い。気をつけて帰りなさい」
ファミレスの前で佐河親子と別れ、俺は一人で駅へと向かう。
さっきまでの緊張状態とは打って変わって、俺は半ば放心状態となっていた。
酔っているわけでもないのに、足取りはおぼつかない。
思考もまとまらず、乗り換える電車も間違える始末だ。
そしてようやく家に着いたあと、俺は真っ先に詩織の部屋へと向かった。
「ちょっ……! ノックも無しに急に入ってこないでよ!」
詩織はベッドの上で漫画を読んでいるところだった。
服装もピンク色のパジャマなので、風呂ももう済んでいるのだろう。
「あ、ごめん……」
「……? 何かあったの、お兄ちゃん?」
「バレちゃったんだ」
「バレ……?」
「爆乳さんとの関係が、爆乳さんの父親にバレちゃったんだ」
「えっ……!?」
詩織は目を見開いて、驚愕の声を上げる。
それから数秒の沈黙の後、詩織は真剣な顔をしてこう言った。
「お兄ちゃん、さようなら……。年に1回くらいは面会に行くからね」
「あ、あのなぁ……」
こんな時でもジョークが言える妹が今は少しだけ頼もしかった。
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