第41話 爆乳さん両親の話をする

「ゴホッ、ゴホッ!」

「だ、大丈夫……?」


 いきなり何を訊いてくるんだ、爆乳さんは……!?

 俺は完全に不意打ちを食らい、動揺を隠しきれない。


「……ちょっと予想外の質問だったから、少し驚いただけだよ」

「予想外だった?」

「うん。質問に質問で返して悪いけど、どうしてそんな質問を?」

「キスしたことないから、どんな感じなのかなって……」


 そう答える爆乳さんは、自分で言っていて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にして俯いていた。


「そ、そっか……」

「……それで、どうなの?」

「どうって……」

「したことあるなら、私に教えてほしい……」

「俺が、爆乳さんに……?」


 俺はつい、爆乳さんの唇をチラ見してしまう。

 爆乳さんの唇は艶があり、綺麗な桜色をしていて、見るからに柔らかそうだった。


 ……いやいや、何を変な想像をしているんだ、俺。

 教えるっていうのは、そういうことじゃないだろ。


「……したことないよ」

「本当に?」

「残念ながら、本当だよ」

「じゃあ、私と同じだね」

「そうだね……」

「………………」

「………………」


 会話が途切れ、俺たちの間に妙な空気が流れる。

 単なる気まずさとも異なる、この変な雰囲気……。

 

 このままでは何か不味いと思い、俺は強引に話題を変える。


「そっ、そういえば!」

「――っ!?」

「爆乳さんのお父さんは、いつ頃帰ってくるのかな?」

「………………」


 心なしか、隣に座る爆乳さんはガッカリしているように見えた。

 もしかすると、父親の話なんてしたくなかったのかもしれない。

 

「いつも夜の7時くらいには帰ってくるよ」

「そっか。じゃあ今日は夕方頃に帰るよ。爆乳さんのお父さんと鉢合わせたら、大変なことになりそうだし……」

「うん。私もそれがいいと思う」

「お母さんの方は大丈夫かな? いきなり帰ってくるなんてことがなければいいんだけど……」


 もし家に帰ってきて、見知らぬ男性が自分の娘と一緒にいたら。

 

 弁解の余地もなく、即通報されることだって充分ありえる。

 そうなれば、俺は豚箱行き待ったなしだ。

 

 俺としては、当然そんな事態は避けたい。

 そう思って、俺は母親のことも爆乳さんに訊いてみたわけだが。


「…………?」


 どういうわけか、爆乳さんは質問に答えようとしなかった。

 俯いたまま、黙り込んでしまっている。

 

 その反応を見て、俺は察した。

 爆乳さんは、俺の質問に答えられないのだと。

 

「……爆乳さん。もしかして、爆乳さんのお母さんは――」


 俺が言葉を続けるよりも先に、爆乳さんは答える。


「……2年前に、病気で亡くなったの。だからお母さんは、もうこの家に帰ってこないんだよ」

 

 爆乳さんのお母さんは故人だった。

 だから昨日、お母さんはいないと爆乳さんは言っていたのか。

 

 つまり爆乳さんは、この家にお父さんと二人で暮らしていることになる。

 

「ごめん。そうとは知らず、俺は……」

「漆黒さんが謝る必要はないよ。私が先に教えてなかったのが悪いんだし……」


 それでも俺は、昨日の時点でその可能性に思い至ることができたはずだ。

 

 俺は自分の察しの悪さが少し情けなくなった。


「……私のお母さんは元々病弱な人でね。お父さんと出会ったのも、道端で倒れていたのを介抱してもらったのがきっかけなんだって」

「倒れて……? それ、救急車を呼ぶレベルでは?」

「意識はあったみたいだし、その時はただの貧血だったから、救急車は呼ばなかったんだって」

「そ、そうなんだ……」


 お父さんの方も中々肝が座っていらっしゃる。

 俺がそんな場面に出くわしたら、慌てて救急車を呼んでいただろう。


「でもそれ以降も、お母さんは度々道端で倒れ込んで、お父さんがそれを発見していたんだって」

「……その、何というか、危なっかしいお母さんだね」


 爆乳さんに負けず劣らず、庇護欲の駆り立てられそうな人だなと俺は思った。

 

「だからお父さんも、そんなお母さんのことが放っておけなくなったみたい」

「そりゃ、そうなるよな……」

「それから二人はよく会うようになって、病弱ながらも必死に生きるお母さんの姿にお父さんは惹かれていって、二人は交際を始めたんだって」


 顔も名前も知らないというのに、俺は爆乳さんの両親の話に興味を持ち始めていた。

 

 俺は話を続けるため、爆乳さんに質問をする。


「中々にドラマチックな馴れ初めだね。告白はお父さんの方からかな?」

「うん、そうだよ。お母さんは面倒をかけていることに後ろめたさがあったみたいだから。付き合うとか、それ以上の関係になることは避けるつもりだったみたい」


 自分と付き合うことで相手が不幸になるかもしれない。

 きっと爆乳さんのお母さんは、そう考えていたのだろう。


「自分よりも相手の幸せを考えることができるだなんて、心優しいお母さんだね」

「……うん。ちょっと不器用なところもあったけど、とても優しいお母さんだったよ」


 そう話す爆乳さんの表情は、どこか寂しさを感じさせるものだった。

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