第40話 漆黒チョコ棒は紅茶を飲む

 家の中に入って俺が案内されたのは、爆乳さんの部屋ではなくリビングだった。

 

 つやつやと光沢のあるフローリングの床。

 3人は座れるであろう大きなソファ。

 ソファの向かい側には大型のテレビもある。

 

「ここ座っていいよ」

「では、お言葉に甘えて……」


 爆乳さんに勧められるがまま、俺はソファに腰を下ろす。

 ソファはふかふかの布団のような座り心地で、目を閉じたらこのまま眠ることができそうだ。

 

「お菓子と紅茶用意するから、ちょっと待ってね」

「ん……?」


 ……あれ? 何かおかしくないか?

 俺はキッチンへ向かおうとする爆乳さんに声をかける。

 

「爆乳さん。俺って看病をしに来たんだよね?」

「……? うん、そうだよ」

「看病って、病人のお世話をすることだよね?」

「うん」

「病人はどこに……?」

「ここだよ。私だよ」


 爆乳さんは看病など必要のないくらいに元気そうだった。

 それどころか、来客のおもてなしまでしようとしている。

 

「病人なんだから、ちゃんと休んでいなきゃ駄目だよ。紅茶の用意とかはしなくても大丈夫だからさ」

「ううん、それくらいはさせてほしい。少しは体を動かさないと、かえって体にも良くないから……」


 そこまで言うなら、無理にやめさせるのも悪いか。


「でもこれだと、俺がただ遊びに来てるだけのような……」

「それでいいんだよ」

「えっ?」

「私がして欲しい看病は、こういうことだから」

「……?」


 俺が言葉の意味を理解できずに悩んでいると、爆乳さんはこちらに背を向けて言った。

 

「家に一人で、心細かったから。話相手になってくれれば、私はそれで充分だから」

「……………………」


 たしかにこの家に一人だけというのは、心細いかもしれない。

 体調を崩している時なんかは、特にそうだろう。


「わかった。そういうことなら、いくらでも話相手になるよ」

「……ありがとう。じゃあ、紅茶淹れてくるね」



 しばらくして、爆乳さんが紅茶とお菓子を持ってやって来る。

 

 紅茶は白色のティーカップに注がれており、琥珀色に輝いていて宝石のように綺麗だった。

 

 お菓子は市販品のマドレーヌのようで、個包装のまま皿の上に置かれている。


 そしてそれらは2人分あり、ソファの前にある小さなテーブルに置かれていった。


「砂糖とミルクも用意した方がいい?」

「俺はこのままで大丈夫だよ」

「そっか。それなら私と同じだね」


 と言って爆乳さんは、俺の隣に腰を下ろした。

 1人分のスペースを空けてとかじゃなく、すぐ隣に。

 

 瞬間、俺の心拍数が急上昇する。

 

「あ、あの……」

「どうしたの、漆黒さん?」

「……いや、何でもないよ」


 落ち着け。落ち着くんだ俺……!

 

 何を緊張する必要がある? 

 俺はこの子に、神ちんちんと言わせた男だぞ?

 

 今更どうして、隣に座ったくらいで狼狽うろたえるんだ。

 

「……紅茶」

「はい!?」

「紅茶、苦手だった?」

「いや、苦手じゃないけど……」

「そうだよね。喫茶店で飲んでたし」


 あの時のことを覚えていて、紅茶をチョイスしてくれたのか。

 何だかちょっと、嬉しいかもしれない。

 

「私は少し冷めた後に飲むから、漆黒さんは先に飲んでいいよ」

「そっか。じゃあ、いただきます……」


 俺はティーカップを口元まで運び、まずは一口だけ紅茶を飲む。

 その一口だけでも、口の中が上品で爽やかな香りに満たされた。

 

「この紅茶、凄く良い香りだね。とても美味しいよ」

「……良かった」

「爆乳さんは紅茶好きなの?」

「うん、好き」

「喫茶店に行った時はコーヒーを頼んでいたけど、実は紅茶派だったり?」


 爆乳さんはこれに答えて、

 

「ううん、どっちも好きだよ。漆黒さんは?」

「俺も両方同じくらい好きかな」

「そうなんだ。私と一緒だね」

「………………」

「………………」


 俺は会話中、爆乳さんの方を見ていなかった。

 特に意味もなく、俺はテーブルの上に視線を向けている。


「……マドレーヌもいただこうかな」


 俺はマドレーヌを食べ始め、何とか気を紛らわせようとするが、

 

「漆黒さん」

「ん?」

「さっきからこっち見てくれないけど、どうして?」

「………………」

 

 そりゃ、訊かれるよな……。

 どう見ても不自然だし。

 

「……横に並んで話すのに、慣れてないからかな」

「それだけ?」

「それだけだよ」

「……バス」

「え?」

「高速バスに乗った時は、横並びだったよ」

「………………」


 そういえば、そうだった。

 何ならそれ以外でも、爆乳さんと横並びで会話したことはある。

 

「……あー、河口湖へ行った時だね」

「うん」

「もうだいぶ前の事のように感じるね」

「うん。……また、行きたいね」

「冬に行くのも良いかもね」

「冬に? ベストシーズンは夏とかじゃないの?」


 俺は父さんの言葉を思い出しながら、この疑問に答える。

 

「たしかにベストシーズンは夏頃だね」

「やっぱりそうなんだ」

「でも冬だって、冬ならではの魅力がたくさんあるんだよ」

「冬ならではの魅力?」

「寒い時期だからこそ、温かい食べ物や温泉のありがたみが増すし、雪が積もればスキーやスノーボードだって楽しめる。それに、花火大会だって開催されるんだ」


 ここまで話したところで、俺は再びティーカップを手に取る。

 マドレーヌを食べて甘ったるくなった口の中を、紅茶でリフレッシュしようという寸法だ。


「冬に花火大会やるんだ……」

「夏のイメージが強いよね」

「うん。……話は変わるけど、ひとつ質問してもいい?」

「質問? 別に構わないよ」

「……正直に答えてね?」

「もちろん」


 一体何を訊かれるのやら。

 俺は紅茶を飲みながら、爆乳さんの質問を待った。

 

 そして、俺が紅茶を飲み終わるというタイミングで、


「……漆黒さんは、キスしたこと、ある……?」

「――ブフォッ!?」


 予想もしていなかった質問に、俺は紅茶を吹き出しそうになった。

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