第38話 爆乳さんは風邪を引く

 ……今日こそは。

 今日こそは爆乳さんだって、きっとログインしているはずだ。

 

 そう思いながら俺はメテオストーリーにログインするが、やはり今日も爆乳さんはログインしていなかった。

 

 これでもう、5日間ログインしていないことになる。



腹毛専門店:おいチョコ坊

漆黒チョコ棒:はい?

腹毛専門店:最近爆乳がログインしてないけど

ぴらふたん:また何かあったのかい?



 そりゃ、腹毛さんたちも気にするよな……。

 俺は腹毛さんたちの疑問に答える。

 

 

漆黒チョコ棒:今回は何かあったわけじゃないですよ

腹毛専門店:特に理由もなくログインしていないわけか

漆黒チョコ棒:そうなりますね

ぴらふたん:それはそれで心配だねぇ

腹毛専門店:本人に直接理由を訊いてみたらどうだ?

漆黒チョコ棒:俺もそうしようと思ってたんですが・・・

ぴらふたん:うん?

漆黒チョコ棒:あんまり干渉するのも嫌われるかなって



 爆乳さんにとって俺は、もはやただのネトゲ仲間ではない。

 社会復帰の練習を手伝う協力者でもある。

 

 とはいえ、付き合っているとかそういう関係でもないわけで。

 

 そんな俺から「どうして最近ログインしてないの?」とか「今何やってるの?」といった連絡が来たら爆乳さんはどう思うか。

 

 爆乳さんはきっと、「え、何この人、怖い……」と思うに違いない。そんなことになったら、俺は立ち直れないだろう。



腹毛専門店:いや、気にしすぎだろ

漆黒チョコ棒:そうですか?

ぴらふたん:ただ無関心なだけだと思われてるかもよ

腹毛専門店:俺がお前の立場ならとっくに連絡しているぞ



 俺の気にしすぎ、なのか……?

 でもたしかに、少し前までの俺だったら、そんな迷わずにもう連絡していたかもしれない。


 ……もしかすると、俺は。

 以前よりも爆乳さんに対し、変に慎重になっているのか?



漆黒チョコ棒:そんなことして嫌われたりしませんよね?

腹毛専門店:たったそれくらいで人を嫌うようなヤツなのか?

漆黒チョコ棒:嫌わないと思います・・・

ぴらふたん:なら答えは出てるじゃん

漆黒チョコ棒:はい・・・




 腹毛さんたちに背中を押される形で、俺は爆乳さんに電話をかけることにした。

 

 今日は木曜日で、時刻は午後8時過ぎ。

 

 前に爆乳さんをオフ会に誘った時と同様、俺は緊張で息が止まりそうになりながらも、通話の発信ボタンをタップする。

 

『……もしもし』


 そして電話に出た爆乳さんの声は、いつにも増して弱々しかった。

 しかも弱々しいだけじゃなく、どこか鼻声のような……。


「爆乳さん? なんかつらそうだけど」

『風邪、引いたみたい』


 ここ数日ログインしなかったのは、風邪が原因だったのか。


 最近いきなり寒くなったから、身体がその変化についていけず、風邪を引いてしまったのだろう。


「その、大丈夫なの? 看病してくれる人は……」

『昼間は誰もいないけど、夜はお父さんがいるから大丈夫だよ』

「お母さんは?」

『……お母さんはいないよ』


 お母さんはいない?

 仕事か何かの都合で家を離れているのだろうか?


『それで、漆黒さんはどうかしたの?』

「爆乳さんの様子が気になってさ」

『私の様子が?』

「最近メテストにログインしてないから、何かあったのかなって」

『……心配かけて、ごめんね』


 爆乳さんに謝らせてしまい、胸がチクリと刺されたように痛む。

 俺は爆乳さんを安心させるよう、優しい口調で言った。


「爆乳さんが謝る必要はないよ」

『でも……』

「それよりも、ごはんはちゃんと食べられてるのかな?」

『ごはん? お父さんが用意してくれてるし、食べられてるよ』

「なら、風邪もだいぶ治ってきた感じかな?」

『うん。明日くらいにはメテストにもログインするよ』

「そっか、それなら安心だ。俺が看病する必要もなさそうだね」

『………………』

「……爆乳さん?」


 爆乳さんは通話こそ切っていないが、何も言うことなく黙り込んでしまう。

 

「ごめん、爆乳さん。まだ風邪でつらい状態なのに、少し無理させちゃったかな。もう電話を――」

『ううん、そうじゃないよ』

「ん……?」

『少し、考え込んでいただけだから』


 ……考え込んでいた?

 何か考えさせるようなこと言ったかな?

 

『……漆黒さん。お願いがあるんだけど、いいかな?』

「お願い? 別に構わないけど」

『明日の昼に、私の家に来てほしい』

「…………はい?」


 明日の昼に、俺が、爆乳さんの家へ?

 

 理解が追いつかず思考停止中の俺に向かって、爆乳さんは甘えるような声色で言葉を続けた。


『私の家に来て、私の看病をしてほしいの。……駄目、かな?』

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