第36話 爆乳さん発光生物を見る

 妹の話を終えて数分後、俺たちは発光生物コーナーへと辿り着く。


 発光生物コーナーは真っ暗な小部屋となっており、ヤコウチュウやウミホタル、ヒカリキンメダイが展示されているようだ。


「……凄い。目が光ってる」


 爆乳さんの視線の先。

 真っ暗な水槽の中で、青白く輝く楕円形の物体がいくつも動き回っている。

 

 それはまるで、光の粒が渦を巻いているようにも見えた。


「ヒカリキンメダイだね。実は目が光ってるんじゃなくて、目の下の発光器が光ってるんだよ」

「そうなんだ……」

「発光器には発光バクテリアが共生していて、そのバクテリアが発光することで、こんな風に光ることができるんだってさ」


 つまり発光バクテリアがいなくなったら、いくら発光器があったところで、光ることはできなくなるのだろう。


「ウミホタルも綺麗……」

「夜の海で見たらもっと凄いんだろうね」

「……いつか見てみたいな」


 その時の爆乳さんの表情は、暗くてよくわからなかった。

 

 

 

 

 それから俺たちは、館内のお土産コーナーで少し買い物をした後、水族館を出て行った。

 

 もう帰りの時間をずらしたりする必要はなくなったので、俺たちは同じ電車に乗ることにした。

 

 帰りの俺たちは会話が少なく、沈黙の時間が多かったけれど。

 爆乳さんとなら、こんな沈黙の時間も悪くない。俺は素直にそう思った。



「あら、おかえりなさい。ちょうどいいタイミングで帰ってきてくれたわね」


 爆乳さんと別れて家に帰ると、エプロン姿の母さんが俺を出迎えてくれた。

 

 玄関の靴を見る限り、詩織はまだ帰ってきていないようだ。


「ただいま、母さん。ちょうどいいタイミングって?」

「ほら、翔真が自分で言ってたじゃない。ほうとうを作る時は手伝うって」


 そういえば、そんなことを言った気がする。

  

「今日の夕飯はほうとうなんだね。何を手伝えばいい?」

「とりあえず、ここの野菜を切ってもらえるかしら?」

「野菜だね。任せてくれよ」


 俺はカボチャや人参、白菜や大根を包丁で切っていく。

 母曰く、たっぷりの具材を使うのが美味しいほうとうを作るコツなんだとか。

 

 そんなわけで今日のほうとうは、俺が河口湖の店で食べたほうとうよりも、具だくさんのものとなった。


「おや? 今日の夕飯はほうとうか。そういえば、夏に翔真くんが買ってきてくれていたね」


 ほうとうが完成した頃には、父さんも詩織も家に帰ってきており。

 俺たちは、家族揃って夕飯を食べることができた。

 

 具だくさんのほうとうは大好評で、また冬にでも食べたいねと、父さんも母さんも言っていたほどだ。

 

 これだけ喜んでもらえると、お土産を買った俺としても嬉しいものだ。また何か買ってあげたいと思えてくる。





 夕飯を食べ終えてすぐに、俺は詩織に声をかけた。


「詩織。今からちょっといいか?」

「いいよ。佐河さがわさんのことを知りたいんでしょ?」

「……話が早くて助かる。俺の部屋でいいよな?」

「うん、それでいいよ。ちょうど借りたい漫画もあったしね」


 俺は詩織を連れて自分の部屋へと向かう。

 いつものように俺は椅子に座り、詩織はベッドの上に座った。


「さて、さっそく話してもらおうか」

「もちろん話すつもりだけど……」


 バツが悪そうな顔を見せながら、詩織は続ける。


「……正直に言うと、そんなに話すことがないんだよね」

「話すことがない?」


 詩織はコクリと頷いて、


「たしかに私は佐河さんと同じクラスだけど、佐河さんとは席も離れていたから……」

「あまり接する機会がなかったと?」

「うん。しかも佐河さん、5月くらいから学校に来なくなっちゃったし。私が佐河さんについて知ってることは本当に少ないよ?」


 5月くらいか……。

 爆乳さんとメテオストーリーで出会ったのも、その頃だったな。


「知ってることだけ話してくれればいいよ。でもそうだな、まず最初に、これだけ訊いてもいいか?」

「はい、何でしょう?」

「爆乳さんが学校でイジメられてたとか、そういうのは無いんだよな?」


 詩織は少し間をおいた後、答える。

 

「……イジメとかは無かったと思う。私の見た限りだけどね」

「そうか……」

「でもクラスには馴染めてなくて、いつも独りぼっちだったかな」

「それは……まあ、たぶんそうだろうなとは思っていたよ」


 俺がもし、爆乳さんの同級生だったら。

 爆乳さんを独りぼっちになんてさせないのにと、俺は思った。


「ちなみに佐河さんのフルネームは?」

佐河沙菜さがわさなだよ」

「佐河沙菜さん、か……」

「今度から本名で名前を呼んであげれば?」

「うーん……」


 俺は少し悩んだ挙げ句、

 

「いや、それはまだいいかな」

「まだいいって、どうして?」

「本人から教えてもらったわけじゃないだろ? 何より爆乳さんは、ネトゲで知り合った友人なんだ。本人から申し出がない限り、ネトゲ内のハンドルネームで呼ぶのがマナーだと思う」

「爆乳呼ばわりするのがマナーねぇ……」


 詩織は呆れた表情を浮かべてそう言いながらも、


「……まあ、お兄ちゃんの好きにすればいいんじゃない?」


 どういうわけか、俺の意思を尊重してくれた。

 いつもなら、もっと厳しいツッコミが飛んできそうなものなのに。


「それにしても、お兄ちゃんの言う爆乳さんが佐河さんだったなんてなぁ。世間は狭いというか、なんというか……」


 俺はふと気になって、詩織に訊いた。


「爆乳さんがこの町に住んでるって俺が話した時、佐河さんだとは思わなかったのか?」


 詩織は即答して、

 

「そりゃ、少しはその可能性も考えたよ? でもまさか、下ネタも言ったこと無さそうな佐河さんが、爆乳☆爆尻だなんて名前でネトゲやってるとは思わないじゃん」

「……まあ、それはそうだ」


 俺だって最初は、爆乳さん中の人複数説を信じていたくらいだ。詩織のことをとやかく言えるものじゃない。

 

「詩織の知ってる佐河さん情報はだいたいわかったよ。話してくれてありがとな」

「どういたしまして。あまり役に立てなかったけどね」

「そうでもないよ。裏が取れただけでも大きな進歩だ」

「裏が取れた? よくわからないけど、この漫画は借りていくね」


 そう言って詩織は、本棚から漫画を何冊か取り出し、俺の部屋から去っていった。

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