第35話 漆黒チョコ棒は弁明する

 詩織が去った後、俺は爆乳さんに向かって言った。


「……とりあえず、まだ見てないところを見て回ろうか」

「うん……」


 俺たちは館内のマップを見ながら、まだ見ていなかった発光生物コーナーへと歩を進める。

 

 移動中の話題は当然、俺の妹のことになった。

 

「……漆黒さんの妹って、下条詩織さんのことだったんだね」

「爆乳さんこそ、詩織と同じ高校だったなんて驚いたよ」

「こんな偶然、あるものなんだね」


 ネトゲで知り合った女の子が自分と同じ町に住んでいて、しかも妹の同級生だった件。

 

 ……まるでラノベのタイトルのような偶然だ。


「下条さんに私のことは……」

「実は、詩織と同じくらいの歳の女の子とネトゲで知り合って、実際に会っているってことは言ってあるんだ」

「そうなんだ……」

「だから爆乳さんって名前も知っていたんだよ」

「………………」


 これは不味い。また爆乳さんが不満そうな顔をしてらっしゃる。

 俺は弁明をするために言葉を続けて、

 

「俺も本当は二人だけの秘密にしたかったけど、あんまりコソコソと会っていると、変な疑いをかけられると思ってさ」

「変な疑い?」

「ほら、爆乳さんは未成年だよね?」

「うん……」

「昼間だけ俺と会って遊ぶくらいなら大丈夫かもしれないけど、それが深夜帯になるとか、家に連れ込むとかになると、俺が犯罪者になりかねないんだよ」


 普段はあまり考えないようにしていたが……。

 今の状況だって、爆乳さんの親が認知していないなら限りなくアウトに近い。


「だから、そういうやましいことはしていないって証明のためにも、詩織くらいにはオフ会のことを話しておこうと思ってさ」

「……それなら、仕方ないかも」


 俯きながらも、爆乳さんは一応納得してくれたようだ。


「詩織はあんな感じで兄である俺には厳しいけど、きっと爆乳さんの助けになってくれるはずだよ」

「私の、助けに……?」

「俺が不登校だった時も、詩織には随分と助けられたんだ。あいつは頼りになる妹だよ。俺が保証する」

「……どんな風に助けられたの?」


 俺は当時を思い出しながら、爆乳さんの問いに答える。


「俺が不登校になった後も、不登校になる前と変わらずに接してくれたことかな」

「変に気を遣われたりはしなかったんだ?」

「しなかったね。だから俺は、つい訊いてしまったんだ。どうして以前と変わらないように接してくれるんだって」


 その時の詩織の表情は、今でもはっきりと覚えている。

 驚くこともせず、さも当然のように、詩織は答えてくれたんだ。


「そしたらあいつ、こう言ったんだよ。……学校に行ってなくて、家に引きこもっていても、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょって」

「………………」


 何か合図をしたわけでもないのに、俺たちは自然とその場に立ち止まっていた。 

 爆乳さんは真剣な面持ちで、話の続きを待っている。


「俺はその言葉にだいぶ救われたんだ。今がどんな状態であろうと、俺が詩織の兄であることは変わらない。不登校だからといって、俺の何もかもが変わったわけじゃない。そう気付かされたんだ」


 おかげで俺は、必要以上に自分を否定するのをやめられた。

 もっと前向きに生きてみよう。そう思うようになれたんだ。


「……優しい妹だね」


 爆乳さんのその一言は、温かい響きを伴っていた。

 俺はその温かさを噛み締めながら、爆乳さんに言葉を返す。


「……ああ。口は悪いけど、とても優しい自慢の妹だよ」

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