第33話 爆乳さんまぐろ丼を食べる

 一通り不登校になった経緯を話し終えると、爆乳さんが俺に向かって訊いた。


「……でも」

「ん?」

「でもどうして、また学校に行けるようになったの?」

「あれ? 俺が不登校から抜け出したことは、まだ爆乳さんに話していないはずだけど……」


 爆乳さんは俺の疑問に答えて、


「ゲーム内のチャットとかで、漆黒さんが現役の大学生だってことは知ってるから」

「ああ、そういえばそうだったね」

「今の漆黒さんは不登校でも引き篭もりでもない。だから高校も、ずっと不登校だったわけじゃないと思って」


 その予想は当たっている。

 俺は高校1年の途中で不登校から抜け出せたのだ。

 

「爆乳さんの予想通りだよ。俺は高校1年の冬にまた学校へ行けるようになった。不登校から抜け出せたんだ」

「何か、きっかけがあったとか?」

「これも話せば長くなるんだけど……」


 俺はおもむろにスマホを取り出し、時刻を確認する。

 

 時刻はまもなく12時だ。

 お腹も空いてきたし、昼食を摂るのにちょうどいい時間だろう。

 

「……続きは館内のレストランで昼食を摂りながら話そうか。ここでずっと立ち話ってのも疲れるしね」


 俺の提案を受け、爆乳さんはコクリと頷いた。

 

 

 

 

 日曜の昼というだけあって、館内のレストランは子連れの夫婦やカップルで混み合っていた。

 

 けれど早めに来たおかげでまだ満席にはなっておらず、俺たちは待つことなく席を確保することに成功する。

 

 館内のレストランはセルフサービス方式で、大学の食堂みたいだなと俺は思った。

 

「俺が爆乳さんの分も頼んでくるよ。何が食べたい?」

「まぐろ丼……」

「わかった、まぐろ丼だね。飲み物は?」

「オレンジジュースがいい」

「オレンジジュースだね。じゃあ、ササッと行ってくるよ」


 俺は二人分のトレーを持って、店員のいるカウンターへと向かう。

 俺もマグロが食べたい気分だったので、爆乳さんと同じくまぐろ丼を注文した。

 

 ちなみにまぐろ丼は、このレストランのメニューで一番高額だったりする。ソフトドリンク代を含めると1500円を超えるほどだ。

 

 ……今月はもう、無駄遣いしないように気をつけなきゃな。



「おまたせ」

「……ありがとう。漆黒さんもまぐろ丼にしたんだ」

「今日の昼はマグロにしようと決めていたんだ。さあ、食べよう」


 俺たちはまぐろ丼を食べ始める。

 

 生魚特有の臭みはネギなどの薬味によって和らいでおり、濃厚なマグロの旨味が見事に引き立てられていた。

 

 そうして鮮烈になったマグロの旨味は、口の中で白米の甘みと混ざり合い、それぞれ単体では届き得なかった絶妙な風味を作り上げる。これがまた、俺の舌を喜ばせるのだ。

 

 そして地味に嬉しいのが、まぐろ丼に付いてきた味噌汁だ。

 あっさりとした優しい味で、まぐろ丼を食べている途中に飲むことにより、味の変化に乏しいまぐろ丼に対する飽きが解消される。

 

 つまりは、最後まで美味しくまぐろ丼を食べることに貢献してくれているのだ。


「さて、爆乳さんも食べ終わったみたいだし、さっきの話の続きをしようか」

「……うん。続き、聞かせて」


 どうして俺が不登校から抜け出せたのか。

 俺はそれを話し始める。

 

「俺が不登校から抜け出せたのは、ある人たちとの出会いがきっかけだったんだ」

「ある人たち?」

「その人たちは爆乳さんも知ってる人物だよ」

「……もしかして、腹毛さんとぴらふたんさん?」

「正解。俺が高校1年の夏休みにやり始めたネトゲってのは、メテオストーリーのことなんだ」


 爆乳さんはこれにすぐ反応して、


「じゃあ腹毛さんたちは、漆黒さんが不登校だったってことを知っているの?」

「もちろん。実はあの二人とは、オフ会をしたこともあるんだ」

「オフ会も……!?」

「俺はあの二人のおかげで、不登校から抜け出せたんだよ」


 俺と腹毛さんたちとの間に、これまで何があったのか。

 俺はそのすべてを爆乳さんに話すことにした。

 

 深夜の狩りの途中、互いの身の上話をし合ったこと。

 ネット上だけでなく、実際に会ってみたこと。

 それからも互いの近況報告をし合っていたこと。


 更にはつい最近にもオフ会をし、爆乳さんのことについて二人に相談したことも俺は話した。

 

「勝手に爆乳さんのことを話してごめん。俺と爆乳さんがオフ会しているってことは、あの二人に教えない方が良かったかな?」

「ううん、大丈夫だよ。秘密にして欲しいって、私も言ってなかったから。でも、私の知らないところで話されるのは……」


 爆乳さんは俺から目を逸らし、少し不機嫌そうな表情を見せる。

 俺はすぐに口を開いて、

 

「……ごめん」

「いいよ。これでおあいこだから」

「おあいこ?」

「私も腹毛さんたちの知らないところで、腹毛さんたちのことを話してもらった。だから、おあいこ」

「……そっか。許してくれてありがとう」


 俺は爆乳さんの寛大な心に感謝した。

 

 それから爆乳さんは、コップの中に残っていたオレンジジュースを飲み干した後、

 

「……私も頑張りたい」

「?」

「私もまた、学校に行けるようになりたい」

「爆乳さん……」


 俺の話を聞いたことで、爆乳さんの不登校を脱したいという意欲が高まったのか。


 爆乳さんは、学校に行けるようになりたいと口にした。

 嘘偽りない本心からの言葉だろう。


「この前はあんなことがあって何もかもが嫌になったけど、社会復帰の練習、これからも続けていきたい」

「手伝うよ。これから先、何年だって」

「本当に?」

「本当だよ。今まで通り、たまにオフ会をするくらいなら」

「……ありがとう、漆黒さん」


 爆乳さんは少し恥じらうように俯いていたけれど。

 はっきりと、感謝の言葉を口にしていた。





 話を終えて食堂を後にした俺たちは、すぐ近くにあったトイレの前に通りかかる。


「爆乳さん。ちょっとトイレへ行ってくるから、少し待っててくれるかな」

「うん。待ってるね」



 俺は小便をしながら今後のことを考える。

 当初の目的通り、爆乳さんの社会復帰の練習はこれからも続けることになった。

 

 でも本当に、これからも今まで通りでいいものなのか。

 もっと何か、必要なものがあるんじゃないのか。

 

 いやそれよりも、もしかすると俺は……。

 


「……おまたせ。爆乳さんはトイレへ行かなくても――」


 トイレを済ませ、爆乳さんに話しかけている途中で俺は気づく。

 

 爆乳さんの視線の先。そこには一人の少女が立っていた。

 その少女も爆乳さんの方へと視線を向けており、

 

佐河さがわ、さん……?」


 と、小さな声で呟いた。

 

 佐河さがわさん。爆乳さんの本名だろうか。

 まさかこの子、爆乳さんの知り合いか……!?

 

 それにしても、この子は俺の妹によく似ている。

 声もそっくりだし、見た目も――

 

「……お兄ちゃん?」

「……………………」


 はい。本当は見た瞬間に気づいていました。

 この少女はどこからどう見ても俺の妹です。本当にありがとうございました。

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