第28話 漆黒チョコ棒は決意する

 次から次へと肉が網の上で焼かれていく。


 肉の焼ける音も匂いも、程よく焦げ目のついたその姿も、あらゆる情報が俺たちの食欲を燃え上がらせる。


「俺がニートで、ぴらふがボッチ大学生で、チョコ坊が不登校の高校生。あの頃の俺たちは本当に大変な状況だったな」


 網の上の肉をひっくり返しながら腹毛さんは言う。

 もう食べられると判断したのか、腹毛さんはトングで掴んだ肉を自分のタレ皿へと運んでいた。

 

「たしかに大変な状況でしたね。でもあの時、互いに身の上話をし合うことで、俺はかなり助けられましたよ」

「それは俺たちだって同じだよ、チョコ坊」


 腹毛さんは続けて言った。


「自分以外にも似たような境遇の人がいる。同じように苦しい現実と戦っている。そのことを知るだけでも、心はだいぶ楽になった。一人じゃないって思えるからな」

 

 腹毛さんの言う通りだと思った。

 

 この世界で自分だけがこんな思いをしているわけじゃない。

 それを自覚するだけでも、孤独感はだいぶ薄らぐ。

  

「共感し合える仲間がいるってのは、実に心強いものだよね」

「俺もそう思います」

「でも僕は、最初から二人の話を信じていたわけじゃないんだよ」


 ぴらふさんは話しながらも肉を焼き続けていた。

 ぴらふさんは肉の焼き方にこだわりがあるようで、網の上の肉を凝視し、ひっくり返すタイミングを見計らっている。

 

「だってそうだろう? 僕たちはゲーム内のチャット機能でしか話をしていなかったんだ。声も顔も何も知らない。本当に中の人がいるという実感がない」


 ぴらふさんがそう思うのもわかる気がした。

 ネット上での文字のやり取りは、どこか現実感が薄い。


「だから実際に会ってみることにしたんだよな。その時に集まったのもこの店だった」


 と、腹毛さんが言った。

 

 そうだ。俺たちは4年前もここでオフ会をした。

 実際に会うことで、同じように苦しい現実と戦っている人が本当にいるのだと、この目で確認することができたんだ。


「今考えると不思議なものだね。僕たちは別に、互いの抱える問題を解決する力なんて持ち合わせていなかった」

「だな。俺たちに出来たのは話を聞くことくらいなもんだ」


 そう言って腹毛さんは、タレにつけた肉を口の中に放り込んだ。

 ぴらふさんはオレンジジュースで喉を潤した後、話を続ける。


「そんな僕たちが集まったところで何も変わらなそうなのに、あのオフ会をきっかけに僕たちの状況は良くなっていった」

「……たしかに不思議ですね」

「だろ? 腹毛さんの言ってたように、互いの話を聞くことくらいしかしていないのにね」


 互いの話を聞く、か……。


 あの時のオフ会以降、俺たちはゲーム内で近況報告なんかもし合うようになっていった。

 

 その近況報告によって、互いの抱える悩みや不安を共有し合ったりしたものだ。

 

 ……そうか。それだけで良かったのか。


「きっと当時の俺たちにとっては、ただ話を聞くだけのことが重要だったんだと思います」


 俺が言うと、腹毛さんは視線を下に向けながら、


「チョコ坊の言う通りかもしれねえな。そして気づけば、俺たちの環境は変わっていたわけだ。チョコ坊は学校へ行くようになり、ぴらふは大学に友人ができ、俺はニートからフリーターになった」


 そう言って、腹毛さんはコップの中の烏龍茶を飲み干した。

 腹毛さんは酒があまり得意ではないらしく、明日仕事があるということもあって、今日はアルコールを控えているようだ。


「チョコ坊。こうやって昔話をしていると気づかないか?」

「気づく?」

「今のお前がやるべきことだよ。お前、少し前に言ってたじゃねえか。爆乳さんを救いたいって」

「あっ……」


 腹毛さんとぴらふさん。二人なら爆乳さんをどうするか。

 そもそも俺はそれが知りたくて、二人に爆乳さんとのことを打ち明けたんだった。


 そしてその答えは、これまでの会話でもう見つかっている。


「……ありがとうございます。腹毛さん、ぴらふさん」

「お? その様子だと気づいたみてえだな」

「はい。今やるべきことが何なのか、ようやくわかりました」


 考えてみればとても単純なことだった。

 まずは俺から話さないことには、爆乳さんだって話さないに決まっている。

 

 俺はもう迷わない。

 この二人と話したことで、踏ん切りがついた。

 

「一応訊くけど、これからどうするつもりなんだい?」


 ぴらふさんの問いに、俺は答える。

 

「爆乳さんを、またオフ会に誘ってみます」

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