第24話 爆乳さんは公園で語る

 俺たちは会計を済ませ、ファミレスを後にする。

 外へ出たことで、爆乳さんの顔色も良くなってきたようだ。

 

 空は晴れていたが、真夏の時のような強い日差しは降り注いでいない。

 これなら外でも過ごしやすいだろう。



 しばらく歩いたところに、目的地の公園はあった。

 

 公園は結構広く、真ん中には大きな滑り台がある。

 滑り台では子供たちが遊んでいて、その近くでは母親たちが立ち話をしていた。


「ここに座ろうか」

「うん」


 俺たちは木陰にあるベンチに座る。

 ベンチに座り、爆乳さんはすぐに言った。


「あの、ごめんなさい……」

「どうして謝るの?」

「私のせいで、漆黒さんに迷惑かけたから……」


 迷惑をかけた。爆乳さんはそんな風に思っているのか。

 

「よくわからないけど、爆乳さんはあの場にいることが苦しくなってしまったんだよね」

「……うん」

「爆乳さん。そういう時は、別に逃げてもいいんだよ」

「え……?」


 爆乳さんの顔を見ながら、俺は言葉を続ける。

 

「逃げずに耐えることが俺のためだと思ってるのなら、それは間違いだからね」

「間違い……?」

「俺は爆乳さんに、一人で苦しんでほしくない。苦しい時は苦しいって言ってほしい」


 そして俺は、ついに訊いた。


「……あの女子高生の4人組と何かあったのか、俺に教えてくれないかな?」

「………………」


 爆乳さんは俯いたまま、答えようとしない。

 

 俺は待った。

 答えるのに時間が必要なら、いくらでも待ってやる。

 まだ答えたくないのなら、それはそれで構わない。

 

 今の俺にできるのは、ただ隣で待つことだけだった。

 

「……何もないよ」

「え?」

「別に私は、あの人たちに何もされてないよ」


 ようやく口を開いたかと思えば、爆乳さんはあの女子高生の4人組には何もされていないと言う。

 

 ではどうして、あんな反応を……?

 嘘をついている――ようにも見えない。

 

「そもそもあの人たちは、知り合いってわけでもないよ」

「知り合いじゃない……?」

「互いに顔も名前も知らない関係だと思う」

 

 俺はてっきり学校のクラスメイトだと思っていたが、そういうわけではないらしい。

 

 あの女子高生たちは、爆乳さんとはまるで関係のない、通りすがりの女子高生でしかなかったわけか。

 

 ならそんな女子高生を、爆乳さんが恐れる理由は何だ?

 俺は思い付いた理由を言ってみる。


「制服見るのが嫌だったとか?」

「……それは少しあるかも。私も本当は制服着て学校行かなきゃいけないんだって、思わされるから」


 やはり爆乳さんは、学校へ行かなきゃいけない身分だった。

 爆乳さんが不登校なのは確信していたが、本人の口から聞けたのは大きな進歩だ。


「でも制服姿の学生と遭遇すること自体は、今回が初めてじゃないよ。これまでだって、家へ帰る途中で何度かあったから」

「それは電車内とか駅でってことだよね」

「うん……」


 オフ会から帰る時間を考えれば、爆乳さんが帰宅中の学生たちに出会うのも当然だろう。

 

 となると、今回がこれまでと異なる点は――。


「電車内や駅なら、周りの人混みに紛れることもできる。時間帯も夕方だったら、平日に私服姿でもそんなに目立つことはない」

「………………」

「でも今回は、電車内や駅のような人混みじゃないし、平日の真っ昼間だ。爆乳さんはどうしても目立ってしまう」

「…………うん。だから、怖かったの」


 爆乳さんは言い淀みながらも、心の内を話し始める。

 

「もし私のことを、知っている人だったらって。そう思ったら、とても怖くなって。そんな私を、漆黒さんに見られるのも嫌で……」

「それで苦しくなっちゃったんだ?」

「………………」


 爆乳さんは黙ったまま頷いて、肯定の意を示す。

 そしてそれ以上は何も言わずに、また黙り込んでしまう。

 

 その暗い表情を見る限り、今は無理に色々と聞き出すのは止めておいた方がいいだろう。

 

 でもこれで、理由はわかった。

 

 ……俺は本当に大馬鹿野郎だ。

 爆乳さんが不登校なら、地元で遊びづらいに決まっている。

 知り合いに会ったらと思うと、気が気じゃないだろう。

 

 きっと爆乳さんは、勇気を出して今日のオフ会に来てくれたんだ。

 

「……爆乳さん。俺にちゃんと話してくれて、本当にありがとう」


 俺は続けて言った。

 

「とりあえず、この町でオフ会をするのは、やめておいた方が良さそうだね。今度はまた、都内で会うことにしようか」

「………………うん」


 俺たちはそれっきり、特に何も話すことなく、公園でぼーっとしていた。

 午後4時を過ぎたところで、今日のオフ会は解散となった。





 その夜、爆乳さんはメテオストーリーにログインしなかった。

 今日はあんなことがあって、疲れてしまったのだろう。

 

 爆乳さんがログインしないのは珍しいことだけど。

 

 明日はきっと、いつものようにログインしてくれるはずだ。

 その時に、次のオフ会の約束をしよう。

 

 

 ……そう思っていたというのに。

 


 爆乳さんは、次の日もゲームにログインしなかった。

 それどころか、その次の日も。次の次の日も。

 

 気づけば9月も下旬に突入し、爆乳さんがログインしなくなってから1週間が経過しようとしていた。

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