第22話 妹、疑う

「……それ、本当なの?」


 詩織は俺に疑いの眼差しを向けていた。

 無理もないだろう。俺だって疑うと思う。


「ああ、本当だよ」

「でもどうして…………あっ」

「ん?」

「まさかお兄ちゃん、爆乳さんのことを尾行して……!」

「違うからな!? 帰りの電車が同じだっただけだからな?」


 俺は言葉を続けて、

 

「爆乳さんがこの町に住んでるってのも、本人から直接聞いたんだ。家がどのあたりだとか、そういうのは聞いていないよ」

「それはわかったけど……」


 詩織は再度ベッドの上に座り、何やら考え込む素振りを見せる。

 

「何か気になることでもあるのか?」

「いや、同じ町に住んでいるなら、小学校とか中学校が同じだったかもしれないなって。そう思っただけだよ」


 たしかにその可能性は充分にある。

 けど俺には、心当たりがまるでなかった。


「どうだろうな……。記憶力には自信がある方だけど、爆乳☆爆尻だなんて名前の子、学校にはいなかったと思うな」

「そんな名前の子いてたまるか!」


 詩織の言う通りだと思った。

 

「冗談はさておき、俺よりは詩織の方が心当たりあるかもな」

「私の方が? ……まあ、お兄ちゃんよりは学年が近いかもね」

「学年が近いどころか、同学年の可能性だってある」

「私と同学年か……」


 そこまで呟いたところで、詩織は難しそうな顔をする。

 

「詩織?」

「………………」


 もしかして、何か思い出したのだろうか。

 俺をドキドキとしながら詩織の言葉を待った。

 

 次の瞬間、ギュオッ、ギュオオオオン! という音が鳴った。

 

「今の音は……」

「私のお腹が鳴った音だよ」

「そうか、お腹の……」


 喧嘩中の猫の鳴き声かと思った。

 

「……何?」

「いや、喧嘩中の猫の鳴き声みたいだなって思って」

「殴打していい?」


 思ったことをそのまま口にしてはいけない。俺はそう学んだ。





 それからすぐに父さんも帰ってきて、家族揃って夕食を摂ることになった。

 今日の夕飯はハンバーグで、俺以外はデミグラスソースをかけ、俺は塩だけをかけて食べた。

 

「お兄ちゃん、本当に塩だけで食べるの?」

「ああ。素材の味を楽しみたいからな」

「だったら塩もかけるな」


 妹の辛辣なツッコミを受けながらも、俺は素材の味を楽しんだ。

 

「しかし懐かしいなぁ。10年以上前になるのかな、家族で河口湖へ行ったのは」


 父さんが言った。

 母さんがこれに答えて、

 

「ええ、それくらい前だったわね。翔真しょうまと詩織は覚えてるかしら?」

「覚えてるよ。あれは確か……」

「冬、だったよね」


 そうだ。俺たち一家は、冬に河口湖へ行ったことがあった。

 寒くて辛かったけど、雪景色がとても綺麗だったのを覚えている。


「でもどうして冬に行ったんだっけ? 河口湖のベストシーズンは夏とかそのあたりじゃないの?」


 俺は父さんに向かって訊いた。

 父さんはうんうんと頷いた後、こう答えた。

 

「たしかに一般的にはベストシーズンは夏頃だと言われているな。でも冬の河口湖にだって、冬ならではの魅力があるんだぞ」

「冬ならではの魅力?」

「翔真くんも覚えているだろう? 冬花火を見たり、温泉に入ったり、スキーやスノーボードを楽しんだのを」


 どれもこれも覚えている。

 特に印象に残ってるのは温泉だ。

 冷えた身体が芯まで温まっていくあの感覚。忘れようがない。

 

「覚えてるよ。たしかに父さんの言う通り、温泉なんかは冬の寒い時期に入るからこその魅力があるかもね」

「そうだろう? 今年の冬は温泉へ行くのも良いな……」


 ちょっとした雑談によって、父さんの温泉行きたい欲が高まってしまったようだ。





 夕食後、俺は部屋に戻ってメテオストーリーにログインした。

 爆乳さんは既にログインしていて、腹毛さんたちと一緒に狩りをしているようだ。

 

 なので俺も合流し、一緒に狩りをすることにした。


「……………………」


 こうしてゲーム内の爆乳さんを見ていると、ふと思うことがある。

 

 爆乳さんは今、どんな表情をしているのだろうか。

 パソコンの画面の前で、どんな格好で座っているのだろうか。

 

 爆乳さんはこの町のどこかにいる。

 どこかにいて、俺と同じようにメテオストーリーをプレイしている。

 

 俺はそんな爆乳さんの姿を想像せずにはいられなかった。

 


「ん……?」


 しばらく狩りをしていると、爆乳さんから内緒話が飛んでくる。 


 

爆乳☆爆尻>>今日はありがとう

爆乳☆爆尻>>次のオフ会の話だけど

爆乳☆爆尻>>漆黒さんが場所決めていいよ

 

 

 俺が場所を決めていい、か……。

 正直言うと、特に行きたい場所はない。

 

 だが目的ならちゃんとある。 

 今度こそ爆乳さんから、不登校のことについて聞き出そうという目的だ。

 

 だったらゆっくり話せる場所がいいな。

 あんまりこじんまりとした場所だと話が店員に丸聞こえで、爆乳さんが萎縮してしまう恐れがある。

 

 だからここは、適度に騒がしそうで広い場所がいいだろう。

 そして値段がお手頃な場所といえば……。

 

 

爆乳☆爆尻<<場所決まったよ

爆乳☆爆尻>>どこ?

爆乳☆爆尻<<ファミレス

 

 

 俺はファミレスを希望した。

 もしかしたら嫌がるかもと思ったが、

 

 

爆乳☆爆尻>>ファミレスいいね

 

 

 どうやら爆乳さんは俺の案に賛成のようだ。

 

 

爆乳☆爆尻>>いつファミレス行く?

爆乳☆爆尻<<1週間後の昼ごろはどうかな

爆乳☆爆尻>>いいと思います

 

 

 こうして俺たちは、1週間後にファミレスへ行くことになった。

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