第19話 爆乳さん満員電車に乗る

 河口湖駅まで戻ってきた俺たちは、帰りの高速バスが来るまでの間、駅舎の中の土産屋で時間を潰すことにした。

 

 土産には色々なものがあった。

 

 富士山を模したお菓子や信玄餅といったド定番商品。

 ブドウや桃を使ったコンポートやジャム。

 ご当地グルメのインスタント食品。

 

 特に俺の目を引いたのは、お土産用ほうとうだった。

 生麺と味噌が袋詰にされており、具材こそ自分で用意する必要はあるが、これで家でもほうとうが楽しめる。

 

 一つくらい調理が必要なお土産があっても面白いだろうと思い、俺はお土産用ほうとうを買ってみることにした。

 

「爆乳さんは何か買わないの?」

 

 見てみると、爆乳さんは買い物かごすら持っていなかった。

 何も買わないつもりなのだろうか。


「……うん。私は買わないよ」

「せっかくここまで来たんだし、何か買ってあげるよ」


 もしかすると、交通費やらで予算が厳しいのかもしれない。

 そう思って俺は提案したのだが、


「ううん、大丈夫だよ。私のことは気にしないで」

「そっか。じゃあレジに行ってくるから、ここで少し待っててね」


 ……少し考えればわかることだった。


 きっと爆乳さんは、今日ここへ来ていることを、親に内緒にしているのだろう。

 そんな爆乳さんが、家族にお土産を買うわけがなかった。

 自分用に買ったとしても、それが親に見つかってしまえば、今日どこへ行ったのかバレてしまう。


 証拠を残さないためにも、爆乳さんはお土産を買うわけにはいかなかったというわけだ。

 



 

 お土産を買い終え、ベンチに座って待つこと約30分。

 ようやく帰りの高速バスがバス停にやってくる。


「帰ろっか、爆乳さん」

「うん……」


 爆乳さんは名残惜しそうな表情で、駅舎の方を見つめていた。

 本当はもっとここにいたいのだろう。

 

「また来れるよ」

「え……?」

「その気になれば、また来れる」

「…………うん」


 俺たちはバスに乗り込み、河口湖駅を後にした。





 新宿駅に着いた頃には、時刻は午後5時を過ぎていた。

 ちょうど帰宅ラッシュの時間帯で、駅構内はだいぶ混雑している。


「満員電車に乗ることになりそうだけど、大丈夫かな?」


 俺は爆乳さんが心配だった。

 爆乳さんは満員電車に耐えられるのか。

 女の子だから、痴漢の被害を受ける可能性だって高い。


 この際、いつものように帰る時間をずらすなんてことはせず、途中まで一緒にいた方がいいんじゃないか?


「大丈夫だよ」

「本当に大丈夫?」

「うん。心配してくれて、ありがと……」


 爆乳さんは大丈夫だと言うが、まるで安心できなかった。

 満員電車に乗るのだって、初めてに違いない。


「何かあったら、俺に連絡してくれてもいいからね」

「うん。連絡する」

「くれぐれも無理はせず、気分が悪くなったら電車を降りるんだよ。水分補給も忘れずにね」

「……ふふっ」

「…………?」


 どういうわけか、爆乳さんに笑われてしまった。

 俺が不思議そうにしていると、爆乳さんは言った。

 

「漆黒さん、まるでお母さんみたい」

「お母さん……!?」


 そこはせめて、お父さんにしてほしかった。


「えっと、お節介だったかな……?」

「ううん、そんなことはないよ。でも本当に、大丈夫だから」

「……そっか。じゃあ、気をつけてね」





 こうして俺は、爆乳さんとお別れをしたわけだが。

 

 俺は今、爆乳さんと同じ車両に乗っていた。

 爆乳さんはまだ俺に気づいていないが、あのドア付近に立っているのは、間違いなく爆乳さんだった。

 

 一応弁明しておくが、尾行をしたわけじゃない。

 

 たしかにメチャクチャ心配ではあったけど、あれだけ大丈夫だと言う爆乳さんを信じないのは、それはそれで悪い気がした。

 

 だから俺は、爆乳さんを見守りたいという気持ちを必死に抑え、素直に帰りの電車に乗ることにしたのだ。

 

 そうしたら、これである。

 

 偶然にも俺と爆乳さんは、帰りの電車が同じだったというわけだ。

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