第19話 爆乳さん満員電車に乗る
河口湖駅まで戻ってきた俺たちは、帰りの高速バスが来るまでの間、駅舎の中の土産屋で時間を潰すことにした。
土産には色々なものがあった。
富士山を模したお菓子や信玄餅といったド定番商品。
ブドウや桃を使ったコンポートやジャム。
ご当地グルメのインスタント食品。
特に俺の目を引いたのは、お土産用ほうとうだった。
生麺と味噌が袋詰にされており、具材こそ自分で用意する必要はあるが、これで家でもほうとうが楽しめる。
一つくらい調理が必要なお土産があっても面白いだろうと思い、俺はお土産用ほうとうを買ってみることにした。
「爆乳さんは何か買わないの?」
見てみると、爆乳さんは買い物かごすら持っていなかった。
何も買わないつもりなのだろうか。
「……うん。私は買わないよ」
「せっかくここまで来たんだし、何か買ってあげるよ」
もしかすると、交通費やらで予算が厳しいのかもしれない。
そう思って俺は提案したのだが、
「ううん、大丈夫だよ。私のことは気にしないで」
「そっか。じゃあレジに行ってくるから、ここで少し待っててね」
……少し考えればわかることだった。
きっと爆乳さんは、今日ここへ来ていることを、親に内緒にしているのだろう。
そんな爆乳さんが、家族にお土産を買うわけがなかった。
自分用に買ったとしても、それが親に見つかってしまえば、今日どこへ行ったのかバレてしまう。
証拠を残さないためにも、爆乳さんはお土産を買うわけにはいかなかったというわけだ。
◆
お土産を買い終え、ベンチに座って待つこと約30分。
ようやく帰りの高速バスがバス停にやってくる。
「帰ろっか、爆乳さん」
「うん……」
爆乳さんは名残惜しそうな表情で、駅舎の方を見つめていた。
本当はもっとここにいたいのだろう。
「また来れるよ」
「え……?」
「その気になれば、また来れる」
「…………うん」
俺たちはバスに乗り込み、河口湖駅を後にした。
◆
新宿駅に着いた頃には、時刻は午後5時を過ぎていた。
ちょうど帰宅ラッシュの時間帯で、駅構内はだいぶ混雑している。
「満員電車に乗ることになりそうだけど、大丈夫かな?」
俺は爆乳さんが心配だった。
爆乳さんは満員電車に耐えられるのか。
女の子だから、痴漢の被害を受ける可能性だって高い。
この際、いつものように帰る時間をずらすなんてことはせず、途中まで一緒にいた方がいいんじゃないか?
「大丈夫だよ」
「本当に大丈夫?」
「うん。心配してくれて、ありがと……」
爆乳さんは大丈夫だと言うが、まるで安心できなかった。
満員電車に乗るのだって、初めてに違いない。
「何かあったら、俺に連絡してくれてもいいからね」
「うん。連絡する」
「くれぐれも無理はせず、気分が悪くなったら電車を降りるんだよ。水分補給も忘れずにね」
「……ふふっ」
「…………?」
どういうわけか、爆乳さんに笑われてしまった。
俺が不思議そうにしていると、爆乳さんは言った。
「漆黒さん、まるでお母さんみたい」
「お母さん……!?」
そこはせめて、お父さんにしてほしかった。
「えっと、お節介だったかな……?」
「ううん、そんなことはないよ。でも本当に、大丈夫だから」
「……そっか。じゃあ、気をつけてね」
◆
こうして俺は、爆乳さんとお別れをしたわけだが。
俺は今、爆乳さんと同じ車両に乗っていた。
爆乳さんはまだ俺に気づいていないが、あのドア付近に立っているのは、間違いなく爆乳さんだった。
一応弁明しておくが、尾行をしたわけじゃない。
たしかにメチャクチャ心配ではあったけど、あれだけ大丈夫だと言う爆乳さんを信じないのは、それはそれで悪い気がした。
だから俺は、爆乳さんを見守りたいという気持ちを必死に抑え、素直に帰りの電車に乗ることにしたのだ。
そうしたら、これである。
偶然にも俺と爆乳さんは、帰りの電車が同じだったというわけだ。
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