第17話 爆乳さんは富士山を眺める

 爆乳さんの汗については、制汗剤やタオルで何とか処理をしてもらい。

 地図アプリの経路案内通りに歩き続け、俺たちはようやくロープウェイ乗り場に辿り着いた。


「はい、爆乳さん。これが乗車券だよ」

「ありがと……」


 中で購入した乗車券を手に、俺たちはロープウェイ待ちの行列に並ぶ。

 行列には犬も並んでいて、爆乳さんはその犬をガン見していた。


「犬がいる……」

「中型犬までなら同伴可能みたいだね」

「そうなんだ……」


 ただ犬を見ているだけだというのに、爆乳さんは何だか満足そうだった。





 列が進み、ようやく順番が訪れ、俺たちの前にゴンドラがやって来る。


 ゴンドラの上には2匹のタヌキの置物が飾られていた。

 カチカチ山にちなんでということだろう。


 俺たちはゴンドラの中へと入る。

 定員分乗客が入ることで、中はそれなりに窮屈だった。


 しかし俺たちは幸いにして、外の景色が見やすい後方のポジションを取ることができた。



 ゴンドラがさっそく進み始める。

 山の斜面に対し並行に張られたロープを辿って、ゴンドラは山頂を目指し進んでいく。


 ある程度進んだところで、窓から見える景色に変化があった。

 ゴンドラが河口湖を見渡せるほどの高さまで到達したのだ。


「ほら、爆乳さん。河口湖がよく見えるよ」

「う、うん……」

「……?」

 

 爆乳さんの反応が何だか変だ。

 気になってその横顔を見てみると、どこか不安げな表情を見せている。


 ……いや、これは不安というより、怖がってるのか?


「もしかして、高いところ苦手だったりする?」

「……えっ?」

「もし苦手なら、無理して外を見ることないと思うよ」

「………………」

 

 暫しの沈黙の後、爆乳さんは答える。


「たっ、高いところとか、よ、余裕……」


 震えながら言われても、とても余裕には見えなかった。


「本当に余裕なの?」

「う、うん……。ほら、思っていたより揺れてないし」


 たしかに爆乳さんの言う通り、ゴンドラの乗り心地は快適だった。

 見た目からすりゃ、もっとグラグラと揺れてもおかしくないのに。


「あっ、もうすぐ着くみたいだよ」

「ホントだ……」


 降車する場所が見えてきて、安堵した表情を見せる爆乳さん。

 

 そしてゴンドラが停止するその直前。


「ひっ……!」


 ゴンドラが大きく揺れて、爆乳さんが小さな悲鳴を上げた。

 ……なるほど、止まる時が一番大きく揺れるんだな。



 山頂に辿り着き、俺たちはゴンドラから降りる。


 降りてから何歩か歩いたところで、爆乳さんは近くの手すりに掴まったまま動かなくなった。


「あの、爆乳さん……?」

「な、何も言わないで……」


 爆乳さんは生まれたての子鹿のようになっていた。

 最後の揺れがよほどショックだったのだろう。


 その顔には羞恥やら恐怖やらが入り混じり、涙目にすらなっていた。


「……肩貸すから、先へ進もうか」

「…………うん」





 しばらく歩いた先には茶屋があり、その脇には階段があった。

 俺たちはその階段を上り、展望台に辿り着く。


 展望台から眺める景色は壮観だった。


 山々に囲まれた街並みも。

 陽の光を照り返し輝く湖も。  

 すべてを見下ろすように屹立する富士山も。

 

 この展望台からなら、全部観ることができた。


「凄い……」

「うん、すごいね」

「……何だか、現実感がないみたい」

「現実感がない?」


 爆乳さんは景色を眺めたまま、俺の疑問に答える。

 

「少し前までは、私がこんな遠くへ行って、こんな景色を眺めるだなんて、想像もしてなかったから」

「そっか。でも、現実感がないってのは言い過ぎじゃない?」


 爆乳さんは俺の方へと振り向き、こう答えた。

 

「……言い過ぎじゃないよ。漆黒さんとこうして会うようにならなかったら、こんな現実ありえなかったから」


 爆乳さんはそんな風に思っていたのか。

 俺は爆乳さんに言った。

 

「爆乳さんが今ここにいるのは、他でもない爆乳さんの意思によるものだよ」

「私の……?」

「そもそもオフ会を始めようと言い出したのは爆乳さんだし、ここへ来ることを提案したのも爆乳さんだ。俺はただついてきただけだよ」


 今回、高速バスの予約こそ俺がしたが、別に爆乳さんでも可能だっただろう。俺は本当に大したことをしていない。

 

「だからこの現実は、爆乳さんが自身の力で手に入れたものだ。俺のおかげなんかじゃないよ」

「……そうなのかな」


 俺は頷いて言葉を続ける。


「間違いなくそうだよ。それにこれからだって、爆乳さんは自分の力でいくらでも自分の未来を変えられる。望む未来を実現させることだって夢じゃないよ」


 それだけの行動力を、爆乳さんは持っているから。

 俺は爆乳さんに、もっと自信を持ってほしかった。


「……自分の、力で……」


 爆乳さんはそう言って、再び景色を眺め始める。

 その物思いに耽るような横顔に、俺はつい見惚れてしまっていた。

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