第17話 爆乳さんは富士山を眺める
爆乳さんの汗については、制汗剤やタオルで何とか処理をしてもらい。
地図アプリの経路案内通りに歩き続け、俺たちはようやくロープウェイ乗り場に辿り着いた。
「はい、爆乳さん。これが乗車券だよ」
「ありがと……」
中で購入した乗車券を手に、俺たちはロープウェイ待ちの行列に並ぶ。
行列には犬も並んでいて、爆乳さんはその犬をガン見していた。
「犬がいる……」
「中型犬までなら同伴可能みたいだね」
「そうなんだ……」
ただ犬を見ているだけだというのに、爆乳さんは何だか満足そうだった。
◆
列が進み、ようやく順番が訪れ、俺たちの前にゴンドラがやって来る。
ゴンドラの上には2匹のタヌキの置物が飾られていた。
カチカチ山にちなんでということだろう。
俺たちはゴンドラの中へと入る。
定員分乗客が入ることで、中はそれなりに窮屈だった。
しかし俺たちは幸いにして、外の景色が見やすい後方のポジションを取ることができた。
ゴンドラがさっそく進み始める。
山の斜面に対し並行に張られたロープを辿って、ゴンドラは山頂を目指し進んでいく。
ある程度進んだところで、窓から見える景色に変化があった。
ゴンドラが河口湖を見渡せるほどの高さまで到達したのだ。
「ほら、爆乳さん。河口湖がよく見えるよ」
「う、うん……」
「……?」
爆乳さんの反応が何だか変だ。
気になってその横顔を見てみると、どこか不安げな表情を見せている。
……いや、これは不安というより、怖がってるのか?
「もしかして、高いところ苦手だったりする?」
「……えっ?」
「もし苦手なら、無理して外を見ることないと思うよ」
「………………」
暫しの沈黙の後、爆乳さんは答える。
「たっ、高いところとか、よ、余裕……」
震えながら言われても、とても余裕には見えなかった。
「本当に余裕なの?」
「う、うん……。ほら、思っていたより揺れてないし」
たしかに爆乳さんの言う通り、ゴンドラの乗り心地は快適だった。
見た目からすりゃ、もっとグラグラと揺れてもおかしくないのに。
「あっ、もうすぐ着くみたいだよ」
「ホントだ……」
降車する場所が見えてきて、安堵した表情を見せる爆乳さん。
そしてゴンドラが停止するその直前。
「ひっ……!」
ゴンドラが大きく揺れて、爆乳さんが小さな悲鳴を上げた。
……なるほど、止まる時が一番大きく揺れるんだな。
山頂に辿り着き、俺たちはゴンドラから降りる。
降りてから何歩か歩いたところで、爆乳さんは近くの手すりに掴まったまま動かなくなった。
「あの、爆乳さん……?」
「な、何も言わないで……」
爆乳さんは生まれたての子鹿のようになっていた。
最後の揺れがよほどショックだったのだろう。
その顔には羞恥やら恐怖やらが入り混じり、涙目にすらなっていた。
「……肩貸すから、先へ進もうか」
「…………うん」
◆
しばらく歩いた先には茶屋があり、その脇には階段があった。
俺たちはその階段を上り、展望台に辿り着く。
展望台から眺める景色は壮観だった。
山々に囲まれた街並みも。
陽の光を照り返し輝く湖も。
すべてを見下ろすように屹立する富士山も。
この展望台からなら、全部観ることができた。
「凄い……」
「うん、すごいね」
「……何だか、現実感がないみたい」
「現実感がない?」
爆乳さんは景色を眺めたまま、俺の疑問に答える。
「少し前までは、私がこんな遠くへ行って、こんな景色を眺めるだなんて、想像もしてなかったから」
「そっか。でも、現実感がないってのは言い過ぎじゃない?」
爆乳さんは俺の方へと振り向き、こう答えた。
「……言い過ぎじゃないよ。漆黒さんとこうして会うようにならなかったら、こんな現実ありえなかったから」
爆乳さんはそんな風に思っていたのか。
俺は爆乳さんに言った。
「爆乳さんが今ここにいるのは、他でもない爆乳さんの意思によるものだよ」
「私の……?」
「そもそもオフ会を始めようと言い出したのは爆乳さんだし、ここへ来ることを提案したのも爆乳さんだ。俺はただついてきただけだよ」
今回、高速バスの予約こそ俺がしたが、別に爆乳さんでも可能だっただろう。俺は本当に大したことをしていない。
「だからこの現実は、爆乳さんが自身の力で手に入れたものだ。俺のおかげなんかじゃないよ」
「……そうなのかな」
俺は頷いて言葉を続ける。
「間違いなくそうだよ。それにこれからだって、爆乳さんは自分の力でいくらでも自分の未来を変えられる。望む未来を実現させることだって夢じゃないよ」
それだけの行動力を、爆乳さんは持っているから。
俺は爆乳さんに、もっと自信を持ってほしかった。
「……自分の、力で……」
爆乳さんはそう言って、再び景色を眺め始める。
その物思いに耽るような横顔に、俺はつい見惚れてしまっていた。
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