第16話 爆乳さんは匂いを気にする

 無事にほうとうを完食し、俺たちは店を後にする。

 

「ちゃんと食べ切れて良かったね」

「うん。量は多かったけど、胃に入りやすかったから……」

 

 たしかに、胃には優しい食事だったかもしれない。

 脂質も少なく、具は煮込んだ野菜がほとんどだ。


「でも……」

「でも?」

「バナナを食べる余裕はないかも」

「余裕があったら食べる気だったんだ……」


 このままだと爆乳さんは、バナナと共に日帰り旅行をしたことになるんだろうなと俺は思った。

 

「まあ、爆乳さんのバナナのことは置いといて」

「置いといて?」

「これから河口湖畔にあるロープウェイ乗り場へ向かおうか」

「……ろーぷうぇい?」


 俺はスマホで地図アプリを見ながら、目的地の説明をする。

 

「そのロープウェイに乗れば、カチカチ山の舞台となった天上山の山頂まで行くことができるんだ」

「山頂に行くとどうなるの?」

「河口湖と富士山の全景を眺めることができるんだよ」

「そうなんだ……」


 俺は地図アプリの経路案内を見ながら言った。


「経路案内を見る限り、ここからだと徒歩14分くらいかな。食後すぐだけど、歩けそう?」


 爆乳さんは小さく頷いて、

 

「うん。大丈夫だよ」

「そっか。じゃあ、さっそく向かおうか」





 こうして俺たちは、ロープウェイ乗り場を目指して歩くことになったわけだが。

 

「………………?」


 爆乳さんとの距離が、いつもより遠い気がする。


 一体、どうしてだ?

 俺から遠ざかる理由といえば、何だ?

 もしかして、俺が臭いだとか……!?

 

「………………」


 いや、待てよ。

 何かの本で読んだことがある。

 

 悪い想像というのは、もしそれが本当に想像でしかなかった場合、大きな損失に成り得るだとか。

 

 たとえば、こうだ。

 実際には嫌われていないのに、嫌われていると思い込んでしまえば、どうなるか。

 

 当然、その相手との接し方は良くないものになる。

 その人を避けてしまったり、攻撃的な態度を取ってしまったりだ。

 

 自分を嫌っている人間と友好的に接するのは、よほど人間ができていたり、メンタルが強くないと難しいだろう。

 

 つまり、事実とは異なる悪い想像のせいで、良好な関係を築けたかもしれない可能性を、自ら潰してしまうことになるわけだ。

 

 それは良くないなと、俺は思った。

 だからここは悪い想像をするのではなく、事実を確認しよう。

  

 というわけで、俺は爆乳さんに近づいた。

 

「…………っ!?」


 爆乳さんは一瞬驚いた表情を見せ、俺から離れてしまう。

 

 俺は負けじと、再び爆乳さんに近づいた。

 すると爆乳さんは、またしても俺から遠ざかった。

 

「どっ、どうして近づくの……?」

「どうして離れるのかなと思って」

「それは……」

「それは?」

「汗、かいてるから……」


 言われてみれば、昼食前と比べ、爆乳さんはだいぶ汗をかいているように見える。

 熱いほうとうを食べたことで、体温が上がっているのだろう。


「汗なんて俺は気にしないけど」

「わ、私が気にするから……」

「別に気にするような匂いだって――」

「――ッ!? かっ、嗅がないで……!」


 爆乳さんがこちらへと向かって手を伸ばしてくる。

 爆乳さんの伸ばした手は、俺の鼻を摘んでいた。


「……あ゛の、爆乳さん」

「はい」

「鼻呼吸したいんですけど……」

「駄目」


 鼻呼吸を禁じられてしまった。

 

「でも、ごのまま歩ぐわけにもいがないでしょ?」

「う……」

「それに、ほら……見えてるし」

「?」


 爆乳さんはきょとんとした顔を見せる。

 俺は言うべきか少し迷った挙げ句、言うことに決めた。

 

「そうやって腕を上げてると、俺から丸見えというか……」

「丸見え?」

「爆乳さんの腋が見えてしまっているというか……」

「~~~~っ!!」


 爆乳さんは大慌てで俺の鼻から手を離し、腕を下ろした。

 羞恥に耳まで赤く染まった爆乳さんは、小さな声でこう言った。


「デ、デリカシー……」

「……ごめんなさい」


 謝った後、俺はふと思った。

 爆乳さんって名前を呼ぶのはいいのか……?

 

「あの、爆乳さん」

「な、何……?」

「デリカシー的に考えると、爆乳さんって名前で呼ぶのはやめた方がいいのかな」


 爆乳さんはさも当然のようにこう答えた。


「それは別に問題ないよ」

「問題ないんだ……」


 爆乳さんの恥ずかしがる基準はよくわからない。

 そう思った昼食後の出来事だった。

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