第14話 爆乳さん河口湖へ行く

 9月上旬のよく晴れた日のこと。

 

 俺と爆乳さんは高速バスに乗っていた。

 もちろん前に約束していた通り、富士山を見に行くためだ。

 

 爆乳さんは窓際の席で、俺は通路側の席に座っている。

 今日の爆乳さんの服装はチェック柄のワンピースだった。

 

「漆黒さん」

「ん?」

「連絡先、交換しておいた方がいいかも」

「連絡先ってのは、携帯の電話番号でいいのかな」

「うん。旅先ではぐれた時、連絡できなかったら困るから……」

 

 現在の連絡手段は、メテオストーリーというゲーム内のチャット機能だけだ。

 今更ではあるが、オフ会をする関係なのに外で連絡が取り合えないのは不味いだろう。

 

 この機会に、携帯の電話番号くらい交換しておいた方が良いのかもしれない。

 

「そうだね、交換しようか。じゃあ俺から教えるよ」

「うん」


 こうして俺と爆乳さんは、携帯の電話番号を交換した。

 電話番号を交換し終えた後、何故か爆乳さんはスマホを嬉しそうに眺めていた。

 

もしかして、こういう経験が初めてだったりするのかな。


「漆黒さん……?」


 見られていることに気づき、爆乳さんが少し恥ずかしそうにする。

 俺も何だか恥ずかしくなり、気を紛らわせようと視線を移動させて、その存在に気づく。

 

「いや、そのかばんの中には何が入ってるのかなって思って……」


 爆乳さんは、小さな手提げかばんを膝の上に置いていた。

 そのかばんの中には何が入っているのか。俺はそれが気になった。

 

 爆乳さんは俺の疑問に答えて、


「えっと、水とかタオルとか……」

「水分補給は大事だからね」

「頭痛薬とメモ帳、それにお菓子も……」

「お菓子も? 何のお菓子かな?」

「バナナだよ」


 そう言って爆乳さんは、かばんから1本のバナナを取り出した。

 爆乳さんにとって、バナナはお菓子に入るらしい。

 

「何というか、その、よく持ってきたね」

「……ごめんなさい」

「えっ!? いや、謝らなくてもいいんだけど……」

「1本しか持ってきてないから、漆黒さんの分はないよ」

「うん、別にバナナはいらないよ」


 ウケ狙いなのかガチなのか、俺にはいまいちわからなかった。

 爆乳さんは本当に不思議な子だなと、俺は改めて思った。





 そしてバスに乗ること約2時間。


「着いたみたいだね」

「ここが、河口湖駅……」


 バスが河口湖駅前の停留所に到着する。

 俺たちはバスから降りて、ぐるりと辺りを見渡した。

 

「平日だけど、結構人がいるね」

「うん……。土日はもっと多いのかな」

 

 平日にもかかわらず、駅にはたくさん人がいた。

 見たところ、ほとんどが海外からの観光客のようだ。

 

 駅舎は木造建築で、どこか山小屋のようにも見える。

 駅舎の中には土産屋や飲食店もあるらしい。

 

「ほら、爆乳さん。ここから富士山が見えるよ」


 駅前の横断歩道を渡った先から駅舎を見ると、その背後には富士山の姿が見えた。


「大きい……」

「流石は日本で一番高い山だね」


 まるで空の一部を三角に切り取ったかのような、綺麗な稜線。

 この景色が見られただけでも、ここへ来た甲斐があったというものだ。


「さて……」

「うん」

「富士山も見たことだし……」

「うん」

「もう帰ろうか!」

「え……」


 爆乳さんは呆然として立ち尽くし、一時停止した映像のように固まってしまった。

 その瞳はどこか虚ろで、魂が抜けてしまったかのよう。


「あの、爆乳さん?」

「……………………」

「ごめんなさい今のは冗談です」

「…………ひどい」


 何はともあれ、爆乳さんの瞳に光が戻ったのであった。

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