第13話 爆乳さんをそういう目で見てはいけない

 家に帰り、玄関に置かれた靴を見る。

 どうやら妹だけじゃなく、両親も帰ってきているようだ。


「ただいま」 

「おお、翔真しょうまくん。おかえりなさい」


 ソファーに座ってテレビを観ていた父さんが、俺の方へと振り返って声をかける。

 翔真しょうまというのは俺の本名だ。父さんは俺が幼い頃から、俺のことをくん付けで呼んでいた。

 

 そんな父さんの名前は、下条翔太郎しもじょうしょうたろうという。

 

 白髪交じりの黒髪に、温厚そうな顔立ち。

 鼻の下には口ひげを生やしており、それがどこか威厳を感じさせていた。

 

「あら? だいぶ日焼けしたみたいだけど……」


 と言ったのは、母さんだった。

 母さんも父さんと同様、ソファに座ってテレビを観ていた。

 

 ちなみに母さんの名前は、下条静香しもじょうしずかという。

 母さんは肩まで届く長さの髪を後ろで一本にまとめており、それを右肩の前に垂らしている。

 

 おっとりとした雰囲気で、基本的に優しい母なのだが、実は家族の中で一番怒ると怖かったりする。

 

「プールへ行ってたんだよ」

「へぇ、プールに。随分と久しぶりだったんじゃない?」

「そうだね。中学生の頃以来かも」


 その時、詩織がリビングに姿を見せた。

 今の話を聞いていたのか、詩織は俺に向かって訊いた。

 

「で、誰とプールに行ってきたわけ?」

「……友達とだよ」

「友達って、男友達?」

「そ、そうだよ……」


 どういうわけか、俺は嘘を付いていた。

 きっと両親がすぐ側にいるからだろう。爆乳さんのことを両親の前で話すわけにはいかない。

 

「ふーん。彼女と一緒に行ったわけじゃないんだ」

「あら? お母さん、翔真に彼女ができたなんて聞いてないわよ。お父さんは聞いてる?」


 母さんは父さんに話を振る。


「んん? いや、聞いてないな」


 父さんは面倒くさそうに返事をする。

 息子の彼女の有無など、まるで興味がないようだった。


「まあ、いいんじゃないか。彼女の一人や二人いても」

「二人いるのは不味いでしょ」


 俺は思わず父さんにツッコんだ。

 それから続けて言った。

 

「……そもそも彼女はいないよ。詩織が適当に言ってるだけだ」

「あら、そう。それは残念」

「………………」


 詩織からの舐めるような視線は気になったが、この場での追求はこれで終いとなった。


 


 

 夕飯を終え、俺は自室へと戻る。

 しばらくすると、詩織が俺の部屋にやってきた。

 

「どうした? 何か用?」

「プールへ一緒に行ったの、爆乳さんでしょ」

「………………」


 図星だった。

 後ろめたいことが無いのなら、俺はここで嘘を付く必要はない。

 

 だが――。

 

「……違うよ」


 今は両親が聞いていないというのに、俺は嘘を付いていた。

 俺が爆乳さんとオフ会する関係にあると、詩織は知っているのに。

 

「じゃあ、今の間は何?」

「いきなりお前が爆乳だなんて言うから、驚いたんだよ」

「妹に神ちんちんとか言い出す奴が何言ってるの」


 たしかに詩織の意見には一理ある。

 だが俺は折れなかった。

 

「言うのと言われるのは違うと思う」

「それは、そうかもしれないけど……」

「それに神ちんちんは可愛げがあるけど、爆乳はどこか暴力的だ」

「いや、それは意味が分からない」


 意味がわからないと言われてしまった。


「とにかく俺は、男友達とプールへ行ったんだ」

「ふーん。ま、そういうことにしておいてあげるよ」

「そういうことって……」


 俺は気になって、詩織に訊いた。


「……もし仮に、俺が爆乳さんとプールへ行っていたのなら、何かあるのか?」


 詩織はあっさりとこう答えた。

 

「別に何もないよ」

「は……?」

「ただお兄ちゃんが、変な勘違いしてなければいいなって」

「変な勘違い?」

「二人だけでプールへ行ったから、この子は俺に気があるんだとか。そういう悲しい勘違いのこと」


 何を言い出すかと思えば……。

 そんな勘違い、俺は絶対にしないだろう。

 

 聞いたことがある。女子は気がある男子には、ちゃんとそのことをアピールするものだと。

 

 だから男子は、女子と二人でよく遊びに行っていたとしても、それを脈アリだと思ってはいけない。

 

 そこに女子からの気があるというアピールがなかったら、それは単に気楽だからといった理由であって、脈ナシな可能性大なのだ。

 

 つまり男の思う脈アリと、女の思う脈アリには、結構なギャップがあるというわけだ。

 

「詩織が心配しなくても、俺はそんな勘違いしないよ」

「そう?」

「そもそも爆乳さんは、あくまでゲーム仲間なんだ。女の子だとわかったからって、それが変わるわけじゃない」


 そうだ。俺は断じて、爆乳さんのことを異性として意識なんてしていない。していないんだ。


「ならいいけど。あ、この漫画借りるね」

「ああ」


 詩織は漫画を何冊か借りて俺の部屋を出て行った。

 




 詩織が出て行った後、俺はベッドの上で寝転がりながら、爆乳さんの水着姿を思い出していた。


「水着、ヤバかったな……」


 すらりとしているが、どこか艶めかしさを感じる肢体。

 小ぶりで控えめだけど、餅のように柔らかそうな美尻。

 そしてまだ感触が忘れられない、爆乳さんの爆乳ではない胸。


「……いや、忘れよう。爆乳さんをそういう目で見てはいけない」

 

 結局のところ、爆乳さんの水着姿が頭から離れず、俺は悶々としてこの夜を過ごすことになった。

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