第12話 爆乳さんウォータースライダーを滑る

「遠くって、海外とか?」


 俺は冗談半分に訊いてみる。

 爆乳さんはこれに答えて、

 

「ううん。海外は遠すぎるし、パスポート持ってない……」

「じゃあ、北海道とか沖縄とか?」

「まだ遠いかも。日帰りできるくらいの遠さがいい」


 それってもう、近場というのでは……。

 

 そもそも日帰りできるくらいの遠さといっても、俺は爆乳さんの家がどこにあるのかを知らない。

 

 いつも集合場所が都内なので、関東圏内であることは間違いなさそうだが、それくらいしかわからないのだ。

 

「……富士山、見てみたい」

「富士山? 富士山が見たいなら、静岡とか山梨か」


 静岡も山梨も、過去に旅行で行った経験はある。

 都内からなら、日帰りが充分可能な距離だ。

 

「河口湖駅の前から見る富士山は、綺麗だったなぁ……」

「河口湖……。行ってみたい」


 爆乳さんは河口湖に興味を持ったようだ。


「いいんじゃないかな。そんなお金もかからないと思うし、新宿からバスで2時間くらいだから、日帰りもできると思うよ」

「……漆黒さんと」

「えっ!?」


 遠くへ行きたいってのは、俺も一緒にということだったのか。

 たしかに爆乳さんは「今度は」と言っていたけど、まさか俺も含まれているとは思わなかった。

 

「迷惑、かな……?」

「いや、迷惑というか、厳しいんじゃないかなって……」

「厳しい? 私、早起きも頑張るよ」

「それは助かるけど、だいぶ慌ただしい旅になりそうだし、もしかしたら帰りが遅くなっちゃうかもよ?」


 爆乳さんの帰りが遅くなるのは不味いだろう。

 俺は成人してるが、爆乳さんは間違いなく未成年だ。補導されたりでもしたら、親にまで連絡がいってしまうはず。


「早く行って、早く帰ってくれば大丈夫」

「それだとあまり観光できないけど……」

「私はそれでも平気だよ」


 爆乳さんは、すでに河口湖へ行く気満々のようだった。 


「……漆黒さんは、やっぱり日帰りだと嫌?」

「そんなことはないけど……」

「無理じゃないなら、行きたいな」

「う……」


 今回のプール以上に色々と心配事はあるが……。

 こんなに懇願されては、断るのも気が引けた。

 

「……わかった。今度は一緒に富士山を見に行こうか」

「……っ! うん、見に行こう」


 こうして次回の目的地は、河口湖駅に決定した。





 昼食を終え、しばらく休憩したことで、爆乳さんはすっかり元気を取り戻していた。

 

「爆乳さん。次はどこで遊ぼうか?」

「迷う……」


 爆乳さんは迷っていた。

 そんな時、俺は少し離れたところに行列を発見した。

 

 あれはきっと、ウォータースライダーに並んでいる列だろう。

 列の後ろにはチューブが螺旋状に渦巻いている。

 

「あれに並んでみるのはどうかな」

「あれは何?」

「滑り台みたいなやつだよ。ただ滑るだけだから、さっきの波のプールみたいにはならないよ」


 嘘は言っていない。

 

「……怖いやつじゃないよね?」

「どうだろう。すぐ終わるから、怖くないとは思うけど」

「じゃあ、並んでみる」


 俺たちは列に並ぶことにした。

 

 並んでから、俺は気づいた。

 このウォータースライダー、高低差もチューブの長さも結構あるんじゃなかろうか……?

 

「漆黒さん」

「な、何かな」

「さっきから悲鳴が聞こえるんだけど……」

「きっと、嬉しい悲鳴ってやつだよ」

「それ、意味違う……」


 俺はとても逃げ出したくなった。


「次、漆黒さんの番だよ」

「あ、ああ……」

「……大丈夫?」

「だ、大丈夫だっピ」

「大丈夫じゃなさそう」


 たしかに俺は大丈夫じゃなかった。

 

 けどここで逃げ出すわけにはいかない。

 爆乳さんだって逃げていないんだ。それで俺だけ逃げるだなんて、あまりにも格好がつかない。


 ここはどっしりと構え、大人の余裕ってやつを見せ――

 

「はい次の方どうぞ!」

「あっ、ちょっ、ま――」


 この後俺は、メチャクチャに絶叫した。

 その少し後、爆乳さんも絶叫していた。





 結局俺たちは、午後4時までプールで遊んでいた。

 更衣室で着替えを終え、俺たちはプールを後にする。

 

 バス停へ向かう途中、俺は爆乳さんに話しかけた。

 

「ウォータースライダー、凄かったね」

「うん……」

「別に逃げても良かったのに、爆乳さんは逃げなかったね」

「……挑戦してみたいって、思ったから」

「挑戦?」


 爆乳さんは頷いて、言葉を続ける。

 

「うん。せっかくここまで来たから、頑張ってみたくなったの」

「そっか。凄いんだな、爆乳さんは」

「私が、凄い……?」


 爆乳さんは不思議そうな顔で、俺の方を見やる。


「ああ。頑張ろうと思うことはできても、実際に頑張れる人は少ないと思うんだ。だから素直に、尊敬できるよ」

「……私は別に、凄くないよ」


 爆乳さんは謙遜していた。

 それとも爆乳さんは、本当に……。

 

「次の約束……」

「ん?」

「9月の前半は大丈夫かな」


 次の約束ってのは、富士山を見に行く件のことか。

 

「たぶん大丈夫だと思うよ。爆乳さんは希望日とかあるの?」

「土日と祝日以外なら、いつでもいいよ」

「土日と祝日以外? 平日の方が都合が良いんだね」

「うん。その方が、私は助かる」


 普通、逆じゃないのかと思う。

 

 俺は大学生なので、9月も夏休みだけれど。

 中高生の場合、9月はすでに新学期が始まっている。

 平日は学校があるので、都合が悪いはずなのだ。

 

 でも爆乳さんは、平日の方が都合が良いのだと言う。

 爆乳さんが大学生だとは思えない。

 

 つまり、爆乳さんは――。


「わかった。じゃあ平日のどこかで行こうか」


 9月も学校へ行くつもりはない。そうに違いなかった。

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