第10話 爆乳さんサメさんフロートに乗る

 泳ぎの練習を終え、俺たちは50メートルのプールから上がる。

 爆乳さんは膨れっ面をして、すっかり拗ねてしまっていた。


「漆黒さん、酷い……」

「ごめん……。あそこまで言うから、振りかと思ったんだ」

「私は芸人じゃない……」


 正論すぎて、何も言い返せなかった。


「……次は流れるプールに行きたい」

「流れるプール? ああ、あそこにある……」


 俺たちの視線の先にあるのは、長細い円を描いたプールだった。

 後で調べたところ、全長500メートルもあるらしい。

 

 このプールには流れがあるので、流れるプールと呼ばれているそうだ。

 

「流れるプールに行くなら、浮き輪か何か借りて来ようか?」

「うん。サメさんフロート借りたい」

「サメさんフロート? ……あのサメ型の浮き輪のことか」


 ちょうど通りがかった小さな子供が、サメを模した大きな浮き輪を持っていた。

 俺はともかく、爆乳さんくらい体重が軽そうな子なら、問題なく扱えるだろう。


 俺はさっそく、サメさんフロートを借りに行った。

 


◆ 

 


 サメさんフロートを借りた俺たちは、流れるプールへと向かった。

 

 爆乳さんはプールの中に入ると、サメさんフロートに跨った。

 サメさんフロートは水に浮かび、流れに任せて進み始める。

 俺は浮き輪など使わずに、その隣に並んで泳ぐ。

 

「どう? サメさんフロートの乗り心地は」

「……とても楽しい。後で漆黒さんも乗っていいよ」


 サメの背びれにしがみつく爆乳さんは、とてもご満悦な様子だった。すっかり機嫌を直してくれたみたいで、俺は安心する。

 

「漆黒さん」

「うん?」

「絶対に転覆させないでね」

「もちろんだよ。今度はそんな馬鹿な真似はしないって」

「絶対に、絶対にだよ?」

「ああ。絶対に転覆させないよ」


 そうだ。これは決してネタ振りなんかじゃない。

 爆乳さんは芸人じゃないんだ。名前は芸人も顔負けだけど。

 

「………………」

「爆乳さん?」


 なぜだろう。どういうわけか、爆乳さんはがっかりしていた。

 さっきまで、あんなに楽しそうだったのに。

 

「……どうして」

「ん?」

「どうして転覆させないの?」

「…………は?」

「そこは転覆、させようよ」

「………………」


 さっきとは真反対のことを言い出す爆乳さんに、俺は少しだけイタズラ心が芽生えた。


「サメごと沈めてもいいかな?」

「……っ! 冗談、冗談だからね……?」

「えいっ」


 沈めはしなかったが、俺はサメさんフロートを転覆させた。

 爆乳さんは水の中にどぼんと落ちて、その衝撃で辺りに勢いよく水が飛び散る。


「うう……」

「……えっと、爆乳さん、大丈夫?」


 俺が転覆させておきながら、こんな風に心配するのも変な話だ。

 でもそれほどまでに、不思議と爆乳さんからは、庇護欲を駆り立てられた。


「うん、大丈夫。……今度は漆黒さんの番だよ」

「俺の番?」

「サメさんフロートに、漆黒さんが乗る番」

「いや、俺はいいよ」

「……乗ってくれないの?」

「うっ」


 爆乳さんは、見捨てられた子犬みたいな目をしていた。

 そんな目で俺を見るな……!

 

「漆黒さんに、乗って欲しいな……」

「………………」

「ダメ、かな……?」

「……乗ります。乗らせてください」


 そして俺は、サメさんフロートに乗ったわけだが。

 しばらくしてお返しとばかりに、サメさんフロートは爆乳さんの手によって転覆させられた。

 

「あっ――」

 

 やれやれ俺は落下した。

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