第4話 爆乳さんバーガー屋へ行く

「……もしかして、これを飲んだせい!?」

「いや……」

「私はなんて恐ろしい飲み物を! これはヒーラーじゃなくて、デストロイヤーに改名します」


 こんなフザけた妹とネーミングが被るのも嫌だが、頭の心配をされるのも勘弁願いたい。

 

「待ってくれ。わりと真面目な話なんだ。実は……」




 俺は今日あったことを詩織に話した。

 詩織は話を聞き終えて、開口一番こう言った。

 

「それ、本当にお兄ちゃんの知る爆乳さんなの?」

「えっ?」


 無理もないが、爆乳さんの中身が女の子だってことを、詩織も信じられずにいるようだ。


「……俺だって信じられないけど、信じるしか――」

「ほら、普段ゲームをプレイしてる人とは別人だって可能性は?」

「あっ……」


 俺は詩織の言いたいことを理解した。

 

「爆乳さん中の人複数説か……!」

「うんうん、そういうこと。ありえない話ではないでしょ?」


 爆乳さんにも俺のように妹がいたとして。

 

 その妹が爆乳さんのアカウントでゲームにログインし、俺をオフ会に誘った可能性だって、ありえない話ではない。


 何せ、ゲーム内じゃ声も顔もわからないんだ。

 成りすましに気づけないのも無理はない。

 

「となると、今日会った爆乳さんが俺の知っている爆乳さんと同一人物なのか、確認する必要があるな」


 仮に別人だったとしたら、どういう意図があってのものか。

 そこもはっきりしておきたい。


「それなら、ゲーム内で今日のことを訊けばすぐわかりそうだね」

「いや、ゲーム内はダメだ」

「えっ? どうしてダメなの?」


 詩織の疑問に俺は即答する。


「爆乳さん中の人複数説が本当だったとして、今日会った子と俺の知る爆乳さんが協力体制にあったらどうだ?」

「……そっか、ゲーム内だとどうにでも誤魔化せるもんね」


 モニターの前にいるのが一人だとは限らない。

 二人で一緒にゲームをプレイしている可能性だってあるわけだ。


「だから確認するのは、次にオフ会する時だ」

「もう次のオフ会する予定立ててあるんだ」

「ああ。行く場所ももう決まってる」

「ふーん。で、どこ行くの?」

「世界中にある超有名な店だよ」





 それから3日後。

 殺人級の日差しが容赦なく降り注ぐ、午後2時を過ぎた頃。

 

 俺は爆乳さんと一緒に都内のハンバーガー屋に来ていた。

 ハンバーガー屋といっても、ファーストフードチェーン店だが。


「これが、ハンバーガー……!」


 ハンバーガーを両手に持ち、爆乳さんは初めてハンバーガーを見たかのようなリアクションを取る。

 

「爆乳さん。もしかして、ハンバーガー食べるの初めてなの?」

「ううん、そんなことはないよ。ただ……」

「ただ?」

「初めてのファーストフードに感動するお嬢様ごっこをしたかっただけ」


 なんてマニアックな遊びなんだろう。


「こういう店に来るといつもそんな遊びを?」

「こんな恥ずかしい遊び、いつもはしないよ」


 そう言う爆乳さんは少しだけ頬を赤らめていた。

 なんだ、恥ずかしかったんかい。


「そもそも」

「そもそも?」

「こういうお店に友達と一緒に行くこと自体、もしかすると初めてかも」

「そうなんだ……」


 それはまた、珍しい。

 友達と行く機会なんて、いくらでもありそうなのに。

 

「あれ、爆乳さん」

「……?」


 俺はフライドポテトを食べ終えて、ふと気づく。

 爆乳さんはまだ、フライドポテトを1つも食べていなかったのだ。

 

「爆乳さんはハンバーガーを先に食べる派なんだね」

「うん。一番お腹が減ってる状態で、ハンバーガーを食べたいから。ポテトは後でちゃんと食べるよ」

「そっか。てっきりポテトが苦手なのかと思ったよ」


 なるほど、そういう考えもあるのか。

 俺はそんなこと考えたこともなかった。

 

 それにしても……。

 

「爆乳さん。本当にこれでいいのかな」

「え……?」

「いや、これが本当に社会復帰の練習になってるのかなって」


 今日ハンバーガー屋に行こうと決めたのは、爆乳さんだった。

 

 つまりこれは爆乳さんが望んでいることなわけだが、俺にはこれが社会復帰の練習になるとは思えなかった。

 

「大丈夫。練習になってるよ。……ありがと」


 その時の爆乳さんの声は、周囲の雑音に掻き消されそうなほど小さかったけど、なぜか胸の奥に響くような感じがした。


「練習になってるなら、いいんだけど……」


 特に刺激もない、穏やかな時間が流れていく。

 このままこうしてダラダラと過ごすのも悪くはないが……。

 

 俺には今日、確かめなければいけないことがある。

 

「爆乳さん。ちょっと質問してもいいかな?」

「うん、いいよ」


 俺は至って真面目な顔で、爆乳さんに質問する。


「クリスタルチンコのこと覚えてる?」

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