第3話 デストロイヤー
しかし不登校でネトゲとは、まるで……。
「漆黒さん?」
「え? ……ああ、返事がまだだったね」
俺はミルクティーを少し啜ったあと、言葉を続けた。
「いいよ。俺は爆乳さんの社会復帰を手伝おうと思う」
正直、ほんの数十秒前までは、断ろうと思っていた。
俺がそうしなかったのは、あることを思い出したからだ。
「……本当に?」
「ああ」
「何の見返りもないけど、いいの?」
「もちろん。見返りなんていらないよ」
俺が承諾したにもかかわらず、爆乳さんは浮かない顔をしていた。
爆乳さんは俯いて、コーヒーカップに視線を落としている。
「どうしたの、爆乳さん」
「やっぱり、見返りを用意しようと思う」
「え」
浮かない顔をしていたのは、申し訳なく思ったからだったのか。
「別にいいよ。見返りを求めて承諾したわけじゃないし」
「でも、タダで手伝ってもらうの、悪い気がするから」
「悪い気だなんて、そんな……」
「私の気が、済まないから」
これは困った。
俺が何を言っても、爆乳さんの意思は変わらなそうだ。
「でも今日は、待ってほしい」
「ん……?」
「まだ何も考えてないから。お返しは後日改めてします」
「……いや、ホント、別に何もいらないからね?」
そんなこんなで、今日は解散となった。
本当なら解散してすぐに駅へ向かいたかったが、1時間ほど本屋で時間を潰してから俺は駅へ向かった。
これは俺なりの配慮だ。
もし爆乳さんと乗る電車が同じだったら。
降りる駅で、爆乳さんの家の最寄り駅が俺に知られてしまう。
爆乳さんは何も気にしていないのかもしれないが、偶然を装って住所を特定するような輩と思われては困る。
つまりこの配慮は、俺自身の自衛のためでもあるわけだ。
◆
「ただいまー」
「おかえりー。お母さんとお父さんならまだ帰ってきてないよ」
家に帰ると、リビングに妹がいた。
妹の名前は
高校1年生で、茶色い長髪をリボンでポニテにしている。
絶賛夏休み中なので、制服ではなく私服姿だ。
「なあ、その飲み物……」
「ん、これ? 飲んでみる?」
妹の目の前には、氷と黒い液体の入ったコップが置いてあった。
泡が見えることから、コーラのように思えるが……。
「ったく、また変な飲み物作って遊んでるな?」
「変な飲み物じゃありません。これはヒーラーです」
「ヒーラー?」
「ほら、グイッとやってみなさいな」
「………………」
こんな怪しげな飲み物、普段なら飲もうとは思わない。
だが今の俺は喉が渇いていた。ミルクティーを飲んでから、何も飲んでいなかったのだ。
「……でもこれ、お前の飲みかけだよな?」
「ううん、ちょうど今作り終えたところだから、口つけてないよ」
「本当か?」
「ウン、ホントウダヨ。ワタシ、ウソツカナイ」
嘘をついているのは明らかだったが、まあ、いいだろう。
ヒーラーは変な匂いもしないし、変な色もしていない。
そんなおかしなモノは混ぜられていないはずだ。
「ほらほら、遠慮せずに!」
「じゃあ――」
俺はヒーラーを飲んでみることにした。
「……うっ!?」
飲んですぐに、これはヒーラーじゃなくてデストロイヤーという名前に変えるべきだと思った。
「げほっ、ごほっ! ……お前、これ……!」
「どう? 何を混ぜたかわかる?」
「……コーヒーとコーラだろ?」
苦いコーラを想像してみてほしい。
甘さは消えて苦いのに、酸味は強さを増している。
炭酸の刺激と薬っぽい風味も相まって、この液体は吐き気を催す邪悪な存在に成り果てていた。
「正解! 正解者にはヒーラーを全部飲み干す権利をあげます!」
「いらねえよ! 残りはちゃんとお前が飲め!」
「や、やだ……。間接キスだなんて恥ずかしいわ」
「俺はお前みたいな妹の存在が恥ずかしいよ」
こんなんでも、家の外では何事に対しても器用に立ち回り、それなりに充実した高校生活を送っているというのだから驚きだ。
「だいたい、か弱い私がこんなの飲んだら、お腹壊しちゃうよ」
「か弱い? ……誰が?」
「ここです! あなたの目の前にいます!」
目の前にはたくましい妹しかいなかった。
か弱いというのは、爆乳さんのような女の子に使う言葉だろう。
それにしても、爆乳さんがあんな女の子だったとは。
混乱しすぎてあの場では受け入れてしまったが……。
俺がゲーム内で接してきた爆乳さんと、あの女の子が同一人物だとは、今でもとても信じられない。
どう見ても、詩織とそんな歳の変わらない女の子だもんな。
「なあ、詩織」
「え? やっぱり全部飲んでくれるの?」
「いや、それは飲まないけど……」
俺はふと気になって、詩織に訊いてみる。
「お前と同じくらいの歳の女の子が、ゲームのキャラ名を爆乳☆爆尻って名前にするのは、一体どういう心理からなんだと思う?」
詩織は真顔で即答した。
「私はそんなことを妹に訊いてくる兄の心理が知りたいよ」
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