第2話 爆乳さんは苦いのが好き

「お待たせいたしました。ブレンドコーヒーとロイヤルミルクティーでございます。では、ごゆっくりどうぞ」


 俺と爆乳さんが座るテーブル席に、注文した品が届く。

 ミルクティーは俺で、コーヒーは爆乳さんが頼んだものだ。

 

ばくさん」

「………………」

にゅうさん」

「………………」

爆乳ばくにゅうさん」

「はい」


 どうやら爆乳さんと呼ばないと駄目らしい。

 

「爆乳さんはコーヒーに砂糖やミルクは入れないの?」

「入れないよ」

「苦くないの?」

「苦いのが、好きだから」

「そう……」


 爆乳さんがコーヒーカップに口をつける。

 まだ熱かったのか、爆乳さんはすぐにコーヒーカップを口から離し、再びテーブルの上に戻していた。

 

 もう少し冷めてから飲むことにしたのだろう。

 

「爆乳さん。一つ訊いていいかな」

「いいよ」

「どうしてそんな名前にしたの?」

「それ、訊いちゃう?」

「ごめん……」


 俺は何となく謝った。

 それから続けて言った。


「答えたくなかったらいいんだ。少し興味があっただけだから」

「……特に理由はないよ」

「あ、そうなんだ」

「うん」


 まあ、そのネーミングに特別な理由があっても困る。

 

漆黒しっこくさん。今日は、その、来てくれてありがとう……」

「約束したからね。いきなり内緒話ないしょばなしが飛んできた時は驚いたけど」


 内緒話とは、話したいプレイヤーの名前を入力し、その人にだけ話しかけることができるチャット機能のことだ。

 

 俺たちは普段、ギルドメンバー全員に話しかけるギルドチャットを使用するので、内緒話を使うことは滅多にない。

 

 その内緒話で、爆乳さんからオフ会の誘いが来たというわけだ。

 

「二人だけで会いたいってのは、何か理由があるのかな」

「うん。実は漆黒さんにお願いがあって……」

「お願い?」


 爆乳さんは頷いて、言葉を続けた。

 

「私がこの社会で生きていけるよう、手伝ってほしい」

「うん……?」


 予想もしていなかったお願いに、俺は思考停止した。

 

「ごめん、爆乳さん。意味がよくわからないんだけど……」

「社会復帰の練習、みたいな?」

「社会復帰……?」

 

 社会復帰って、ムショ上がりかな?

 ますます意味がわからなくなった。

 

「それは、俺にできるようなことなのかな」

「うん。一緒に色んなところへ行ってくれるだけでいい」

「それだけでいいんだ……」


 どうして俺なんだろうと思ったが、口には出さなかった。

 その代わり、俺は気になっていたことを訊いた。

 

「でもそれなら、腹毛はらげさんたちがいても良かったんじゃ?」


 俺がゲーム内で特に仲が良いプレイヤーは二人いる。

 

 一人は、ギルドマスターである腹毛専門店はらげせんもんてん

 もう一人が、副ギルドマスターであるぴらふたんだ。

 

 二人とは単なるゲーム仲間という枠を超えた関係なのだが、それは今置いといて。

 

 まだ大学2年生の俺なんかよりも、社会人経験のある腹毛さんとぴらふたんさんの方が、爆乳さんの力になれるだろう。

 

「一人が限界、だから……」

「え?」

「二人以上は、まだ厳しい」

「……それなら、仕方がないね」


 色々と気になるところはあるが、不用意に踏み込まない方がいいだろう。


 何より俺も、流石に察し始めていた。

 

 爆乳さんは、ギルド内でログイン率が一番高い。

 夏休みの今だけならともかく、知り合った5月頃から驚異的なログイン率の高さを誇っているのだ。



 それこそ、学生や社会人では不可能なくらいに。


 

 つまり、爆乳さんが中高生だったとして。

 不登校でもなければ、説明が付かないログイン率の高さなのだ。

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