第28話 イチイバルの適合者

「……反応ロスト。追跡不可能です」


「こっちはビンゴです」


 


消えたフィーネとクリスの行方。それを知る事は二課の力を以てしても不可能ではあった。しかし、フィーネの方はともかく、クリスの情報については得ることが出来たため、その情報をモニターに表示していっていると、そこに戻ってきた弾が現れる。


 


「この娘は……」


 


そこに表示されていた顔写真を見て、弾は気付く。目元は見えなかったが、口元がネフシュタンを操っていたあの少女にそっくりだったことに。そして、響達との戦闘で彼女がクリスと名乗っていたことも知っている。それを踏まえた上での、彼女の素顔がこれなのだろう。


 


(雪音クリス……八年前に国外へ両親と共に訪れた際に紛争に巻き込まれ消息不明。二年前に救出され、帰国したものの行方不明……)


「……あの……少女だったのか……」


「知っているのか?」


 


どこか安堵したような、だが不安げな声を漏らす弦十朗の横顔を見ながら、弾は弦十朗に問いかける。弾の問いかけに弦十朗は一瞬だけ回答を迷う素振りを見せるが、すぐに頭を横に振って迷いを振り払い、静かに口を開く。


 


「彼女は世界的なヴァイオリニストと音楽家の両親から生まれた、言わば音楽界のサラブレッドだ。そのこともあってか、二課としても新たなシンフォギア装者候補として注目していたんだが……まさか、こんな形で彼女の無事が明らかになるとは」


「……そうか」


 


弦十朗の言葉に、弾は敢えて短く返事を返すにとどまり、目の前のモニターに表示されるクリスの写真に再び目を向けるのだった。


 


「しかし、イチイバルまで敵の手に……ギア装着候補者、雪音クリス。そしてフィーネ……」


「……フィーネ。終わりの名を持つ者。もし、その存在が俺の記憶にある通りなら……」


「知っているのか?」


「ああ。異界見聞録にその名前があった……それによると、輪廻を超えてその記憶と魂を転生させる者。そう記述されていた」


 


異界見聞録。それは異界王が書いた本であり、グラン・ロロなどの真実を書き記した文書であった。しかし、当時は民衆を惑わす禁書としてほどんどが燃やされ、処分されてしまうこととなるが、その一冊には地球は太古の光と闇の勢力の争いに決着を付けるべくその力を発揮した巨大なエネルギー兵器であると記されていた。他にも、神々の砲台や十二宮Xレアのことについても書かれており、その中の記述の一つには、フィーネの存在についても言及されていたのだ。


 


「他には何か情報は?」


「いや……少なくとも当時のフィーネは、異界王にとってもそこまでの存在ではなかったらしい。もしくは、当時はフィーネも今のような何か大きな目的があって動くような人物じゃなかったのかもしれない。或いは、そこにフィーネの目的があったのかもな」


「と、すると……」


「現在のフィーネの目的が当時の異界王に通ずるものがあった。それとも……」


 


当時はフィーネが求めていたものがあったのか。しかし、今の時代と異界王や自分達がいた時代にあった決定的な違いとは何なのか。それが明らかとならない限りは、フィーネの目的は見えないだろう。今でさえ、フィーネがデュランダルと響を狙っているが、何のために狙っているのかは明らかとなっていない。


 


「……いや、今は見えないことだ」


「……聖遺物の力を引き出せるという優位性は、完全に失われてしまいましたね」


 


現在、世界中に普及されている二人の日本人夫妻が作り上げたバトルフィールド。世界大会が行われるほどにバトルスピリッツが一気に白熱し出した当時、バトルフィールド自体は純粋な科学技術の結晶であった。しかし、その技術を、そして当時より進化した現在の科学技術でも、聖遺物の力を引き出す事は不可能なのだ。が、それを可能とするのが過去の記憶であるならば。


 


(……いや。まさか、な)


 


その結末を信じるにはあまりにも要素が足りなさすぎる。そう思い、弦十朗は自分の記憶の中に思い浮かんだ一人の女性の姿を掻き消したのだった。まるで、自分自身がその仮説を信じたくないかのように。


 


 



 


 


(戦いの向こう側、裏にあるもの……今なら、少しは分かる気がする)


 


二課へと続く長いエレベーターを降りながら、一人翼は考えていた。今回の出動は元々身体に無理がある状態での出撃となったため、念のためと身体検査を受けさせられていたのだ。


 


(……尤も、それを理解するのは……怖い。人の身ではない私が、それを理解したところで何になるのか)


 


戦士として理解できないなら、人間に戻って理解すればいい。奏であればそう言うのだろう。しかし、そんなことが戦士として生きていた自分に出来るのだろうか。人間らしい生き方なんて、出来るのだろうか。


 


(……いや、そうじゃない。多分、人間に戻ったところで、何をすればいいのか分からないだけかもしれない)


 


防人として戦ってきた日々は、自分に使命を与えていた。使命があったからこそ、それが目的となり、手段となって戦士である自分を満たしていたのだろう。しかし、それがなくなった時、自分に何が残るのか。


 


(使命も命を賭けることも無くなったら……その時は二人だったらどうするのかしら)


 


いや、案外何も変わらないかもしれない。命を賭けて戦っていた時も、普通の時も自分の好きな事に対して正直に生きているだけかもしれない。特に、弾に限ってはその光景が容易に浮かんでくる。ただ、以前の弾の発言を聞いた限りでは、自分は弾の一歩手前の状態なのだろうとふと唐突に考え始める。


 


(彼はきっと、もう普通の生き方に戻れない)


 


戦士として、彼のような生き様をするべきなのだろうか。いや、そんなことをしても、それが出来るのは弾だけだろう。自分が弾のような生き方をしても、ただ辛いだけだろうから。


 


(……私が好きなこと、か。もうずっと、考えていなかった気がする。彼との戦いで思い出した、バトルスピリッツ以外にも遠い昔、夢中になったものが私にもあった筈なんだが……)


 


そんなことを考えこみながら、翼は一人、通路を歩いていくのだった。


 


 



 


 


「うんうん、目立った外傷があるわけじゃないし、大丈夫よ?」


「あ、本当ですか?」


 


そして響もまた、了子の下で身体に異常が無いのか検査を受けていた。翼とは違い、一先ずは軽く検査をしてからということになっており、そんな響の検査の様子を見ながら、未来は了子から響達の事情を聞かされていた。


 


「じゃあ、もう平気ってことですよね?」


「ええ、ちょっと無茶しすぎた結果の……言わば過労ね。少し休めばすぐに何時も通りになるわよ」


「良かったね、響」


「あはは……本当に心配かけちゃったね」


 


苦笑しながら未来に言葉を返してベッドから起き上がる響。しかし、数歩歩いた所で突然足から力が抜けたように倒れ込んでしまう。


 


「あっ、響!」


 


慌てて倒れ込む響を抱きしめるように支える未来。その様子を見ながら、了子も苦笑しながら人差し指を軽く振り、響に無理はしないようにと念を押すように言葉をかける。


 


「んもう、だから休息が必要だって言ったのに。とはいえ、貴女の心臓に埋め込まれているガングニールの破片との融合率は、徐々に高まってきているわ」


「え?」


「そのおかげで、予想以上に短時間で回復出来るんだから、ありがたく受け取っておかないとね」


「はぁ……」


 


ガングニールとの融合。響本人は、特に意識したことはなく、その恩恵も感じていなかったのだが、了子にとっては今の響の状態は、とても興味を抱かせるものであるらしい。


 


「もっと誇ってもいいのよ?貴女は可能性の塊なんだから。あ、表では隠しておいてね」


「あ、あはは……」


 


ふと、顔を見合わせた響と未来は何かがおかしかった訳でもないが、何故か笑い合う。やっと、友達が隠していたその事実を知ることができた未来。そして、これからは秘密を隠さないで済む響。二人の顔は、とても明るかった。


 


 



 


 


「……なんでだよ」


 


夜空の下。ベンチに座りながらクリスは寂しげに声を漏らした。フィーネに見限られた今、戻ったらどんな目に遭うのか分からない。結果、帰る場所も無くし、路頭に迷う事になったのだ。


 


「……」


 


脳裏に思い出されるのは、昼間の響の言葉。通じ合える、偽善者ぶった言葉としか聞こえないのに、何故か心に強く残っている。だが、その理由は分かっている。自分自身、それがある意味真実であるとクリス自身も理解したいのだ。理解したいが、現実はそうではない。だからこそ、響の言葉を否定しようとしていたのだ。


 


(……くそっ、私の目的は戦う意思を持つ人間と、戦う為の力を叩き潰し、戦争の火種を無くすことなんだ。だけど……!)


 


現実は力が足りない。ネフシュタンという強い力を持っていても、イチイバルの適合者であっても、結局自分は勝てなかった。馬神弾はおろか、自分や翼以上に装者として未熟である筈の響にさえ。


 


「……くそ!」


「……君は」


「!?」


 


何故、こんな所にいるんだ。そう言いたげな青年の声が聞こえ、はっとなってクリスは顔を上げる。何時の間にか下を向いていたのだろう、目の前のことが視界に入らなかった事に対する驚きと、聞き覚えのある青年の声が聞こえてきたその驚きが混じり合った表情で、目の前の人物を見る。


 


「お前は……馬神弾!?」


「雪音クリス……だったか」


 


夜の街で偶然再開することとなったクリスと弾。何故弾がここに、と思うクリスだったが、弾にとっても、クリスがここにいるのは意外だった。


 


「はっ、まさかこんな所で再開するなんてなあ」


「……そうだな」


 


弾がいるという事実を認識し、即座に表情を引き締め、一歩後ろに後ずさりながら身構えるクリス。しかし、弾の表情は優れない。いや、優れないというよりは、クリスの目を見たまま何か哀愁を漂わせる表情を見せているというべきか。


 


「な、何だよ!私に何か言いたい事があるのか!?」


「……そうだな」


「……!言いたい事があるならはっきり言えよ!何も言われなきゃ分かんないだろうが!」


「……そうだな」


 


どこか安心させてくれる、そんな優しい表情でクリスに笑いかけると、弾はその口を静かに開き始める。


 


「君の闇を知りたい」


「……は?」


「何故、君がフィーネといるのか。何故、君が人を傷つけてまで戦おうとするのか。その理由を俺は知りたい」


「っ……!」


 


馬鹿さ加減ではそれこそ響と同レベルだ。少なくとも、クリスが抱いた感想はそれだった。しかし、もっと性質が悪いのは、響の場合は苦し紛れでも言い訳が出来たが弾に関してはその言い訳すらも論破してくる所だ。


 


「……でだよ」


「?」


「なんでだよ!私はお前達の敵だぞ!?敵の戦う理由を知りたいとか、私の戦う理由を知りたいとか……ふざけたこと抜かしてんじゃねえ!そんな言葉に従うかよ!」


「言葉だけじゃな。だが、実力があったらどうだ?」


「っ!」


 


言葉だけなら人は従わないし、ついてこない。実力があり、その人が自分の上に立っていると感じるからこそ、人はその存在に従うのだ。今、クリスがフィーネに従っているように。それは、フィーネが自分よりも上の存在であるとクリスが認識しているからだ。


 


「君にはもう、フィーネの所で戦ってほしくはない。フィーネの下で戦えば、君はもっと傷つくこととなる」


「それがどうした!今更戦いが止められるかよ!私は私の目的の為にあいつに協力してんだ!戦いを止めろとか、適当なことを言うな!」


「そんなことは言わないさ。人は戦う存在だからな」


「なっ……」


 


人は戦う存在。それは、ある意味でクリスの目的を否定する発言だった。無論、人が生きていく上でぶち当たる多くの壁があり、それに対して少なからず戦おうとするのはクリスも考えてみればすぐに分かるだろう。しかし、弾が言ったのはそれを含めた全体での意味。大小に関わらず、どんなに時代が変わっても争いは無くならないのだと。何故なら、人こそが最も邪悪で、残忍な生き物であるから。


 


「貧困、紛争、戦争。どんなに時代が変わっても、人は武力を振り上げて戦うものさ。ただ、言葉で真実を伝えようともがいたところで、争いを止めようとしたって、止まる事はない。本当に争いを止めるのは、それを上回る力を持つ存在が放つ言葉だけだ」


「……!」


「だから俺は、お前を止める。お前を倒し、お前をフィーネの下から救い出す。俺と戦え!雪音クリス!」


「!!」


 


電流が流れたかのような衝撃がクリスの中に響く。そして同時に、クリスは舌打ちをする。


 


(何だよ……何でこいつは、こんなにも……!)


 


自分を倒し、無理矢理こちらの陣営に引き込んでフィーネの陣営から戦力を削ぎ落していく。実に戦術的にも合理的で、今馬神弾が言っていた自分を止めるという発言に対しても理に叶っている。だが、ネフシュタンを使っても勝てなかった存在に、果たして自分が勝てるのだろうか。そんな迷いが、クリスの中に湧き上がる。その迷いを見透かしたのだろう、弾は不敵な笑みを浮かべながら一歩、クリスに近付く。


 


「それに、俺に勝ったら君の好きにするといいさ。なんなら、俺が二課から離れて君の目的の為に協力してもいい」


「なっ!?」


 


この戦いに自分の自由を賭けるというのか。それほどまでに自分の勝利を疑っていないという覚悟の裏返しなのだろうが、弾が掲示したその報酬は、クリスにとって魅力的なものではあった。もし自分が勝利すれば、その時点でフィーネが強く警戒している弾よりも強いことが証明される。さらに弾を自分の味方に引き入れ、二課ともフィーネとも違う、強力な第三勢力を作り上げて目的の為に進めるだろう。そう考えると、とても旨味がある。


 


「……ふっ、まさか臆したか?」


「っ、そんなわけないだろうが!所詮、お前が勝ったのはネフシュタンを使っていた時の私だ!私の本当のデッキに勝ってもいない奴が、調子づくんじゃねえ!」


「それは楽しみだ」


 


不敵な笑みを崩さず、弾はクリスを見る。対するクリスも、弾の掲示した条件と挑発によってこの場から逃げるという選択肢を脳内から失わされる。二人は一瞬、お互いに相手の目を見ると、声を重ねながらその言葉を口にする。


 


「「ゲートオープン!界放!」」


 


エクストリームゾーンへの扉が開かれ、弾とクリスの姿が消えていく。辿り着いた先で金色のアーマーを纏った弾は、目の前に存在するシンフォギアを纏ったクリスを見る。


 


「それが君のシンフォギアか」


「ああ。私のイチイバルだ」


「その力、楽しみにさせてもらうよ。スタートステップ、ドローステップ《手札:4→5》、メインステップ。ネコジャランを召喚。ターンエンド」


 


【ネコジャラン:緑(青)・スピリット


コスト2(軽減:緑1・赤1・青1):「系統:遊精」


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:緑(青)】


 


緑色の毛並みを持つ猫型スピリットを手始めに呼び出してターンを終える。続くクリスのターン。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!天使スピエルを召喚!」


 


【天使スピエル:黄・スピリット


コスト0:「系統:天霊」:【強化】


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:黄】


 


クリスのフィールドに現れた黄色いシンボルが砕かれ、その中から黒い装甲の薄い鎧を纏った灰色の髪の少女が現れる。柔らかい表情を見せるその少女の背中には白い翼が生えており、その手には自身の得物である螺旋を描いた杖が握られている。


 


「黄色のスピリット……」


「マジック、マジカルドローを使用!デッキから1枚ドロー、その後、デッキを上から5枚オープンしてその中の強化を持つスピリットをすべて手札に加える!」


 


デッキの上から1枚カードをドローし、デッキの上から五枚がオープンされていく。シンフォニックバースト、エンジェルエッグ、光楯の守護者イーディス、光の天使ダリエル、イズーナ。この中で強化を持つスピリットは、光の天使ダリエルと光楯の守護者イーディスのみであり、この二枚がクリスの手札に加わる。


 


「その後は好きな順番でデッキの上に戻す」


 


イズーナ、シンフォニックバースト、エンジェルエッグ。この順番で残ったカードをデッキの上に戻していく。そして全てのカードをデッキの上に戻したのを確認し、クリスは弾に目を向ける。


 


「ターンエンド」


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。ネコジャランをLv2にアップ」


 


【ネコジャラン:緑(青→赤)


コア1→3:Lv1→2:BP2000→4000


シンボル:緑(青→赤)】


 


ネコジャランのLvを上げ、色を変更する。これによってネコジャランを生かしたままの状態で手札から発動できるマジックがある。


 


「マジック、ブレイヴドローを使用。不足コストはネコジャランより確保」


(不足コストを確保する為に赤のシンボルに……)


 


【ネコジャラン:緑(赤→青)


コア3→1:Lv2→1:BP4000→2000


シンボル:緑(赤→青)】


 


「デッキから2枚ドローし、その後デッキを3枚オープン。ブレイヴ1枚を手札に加え、残ったカードを好きな順番でデッキの上に戻す」


 


輝竜シャイン・ブレイザー、白羊樹神セフィロ・アリエス、森林のセッコーキジの三枚がオープンされる。その内のブレイヴであるシャイン・ブレイザーを弾は手札に加え、残ったカードは白羊樹神セフィロ・アリエス、森林のセッコーキジの順番でデッキの上へと戻した。


 


「ターンエンド」


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!光楯の守護者イーディスをLv3で召喚!」


 


【光楯の守護者イーディス:黄・スピリット


コスト3(軽減:黄2):「系統:天霊」:【強化】


コア3:Lv3:BP3000


シンボル:黄】


 


先程のターン、マジカルドローで手札に引き込んだスピリットを召喚する。白く光を帯びた楯を持つ白い衣を纏った長い金髪の女性がフィールドに現れ、白い天使の翼を広げる。その澄んだ緑色の瞳を開き、二体の天使はただ冷静にフィールドに視線を向ける弾へと視線を向ける。


 


「厄介なスピリットだな」


「ああそうさ。ターンエンドだ」


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。ネコジャランをLv2にアップ」


 


【ネコジャラン:緑(青→赤)


コア1→3:Lv1→2:BP2000→4000


シンボル:緑(青→赤)】


 


「ターンエンド」


「へぇ、動かないのか」


「ああ、まだ動く必要が無いからな」


「むっ……」


 


どこか掴めない。弾のポーカーフェイスなのだろうか。これは手札が事故を起こしているのか、或いはわざと動いていないのか。ともかく、次のターンで弾がドローするのは大型スピリットであるのは確定している。ならば、敢えて自分のフィールドを薄くしていると考える方がいいだろう。その目的は、クリスにアタックをするように急かし、大型スピリットを呼ぶ為のコアを溜めること。


 


(……そうはさせるかよ)


 


相手の狙いが分かった以上、まだ大型スピリットやアルティメットがいない自分がわざわざ行動を起こして自分を不利にする必要はないだろう。万が一次のターンで弾が痺れを切らして攻撃してきても、次のドローカードであるフォニックバーストでギリギリのところまで持ちこたえられる。そう考えてクリスはデッキに手をかける。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!イズーナをLv3で召喚!」


 


【イーズナ:黄(赤)・スピリット


コスト1(軽減:黄1・赤1):「系統:戯狩」


コア3:Lv3:BP3000


シンボル:黄(赤)】


 


茶色い毛皮を持つ、山猫のようなスピリットが現れる。下級スピリットを並べ、次のターン以降に備えて防御を固めるつもりなのだろう。


 


「ターンエンド」


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ。森林のセッコーキジ2体を召喚」


 


【森林のセッコーキジ:緑(赤)・スピリット


コスト1(軽減:緑1・赤1):「系統:爪鳥」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:緑(赤)】


 


【森林のセッコーキジ


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:緑(赤)】


 


弾のフィールドに召喚される、刀を持つ二足歩行をするキジ型スピリット、二体の森林のセッコーキジ。刀を背負った二体のスピリットを呼び出したが、リザーブにあるコアを全て使えば森林のセッコーキジを二体ともLv2に上げることが出来たがそれをしないということが意味するのは一つ。


 


「これで準備は整った。いくぞ」


「……!」


「緑の十二宮Xレアよ!牡羊座より来たれ!白羊樹神セフィロ・アリエス、Lv3で召喚!不足コストは、森林のセッコーキジ及びネコジャランより確保!」


 


【ネコジャラン


コア3→0】


 


【森林のセッコーキジ


コア1→0】


 


【森林のセッコーキジ


コア1→0】


 


【白羊樹神セフィロ・アリエス:緑・スピリット


コスト6(軽減:緑3):「系統:光導・遊精」


コア4:Lv3:BP10000


シンボル:緑】


 


弾の背後から無数の星が宙へと立ち昇る。まるで樹木の幹を描くように螺旋を描く軌道で空へと昇っていくその星たちは、遥か高き天で牡羊座の陣を描く。描かれた陣からは、薄い紫色の毛並みを持つ巨大な羊の姿をしたスピリットがゆっくりと降りてくる。緑色の装甲を身体の所々に纏ったそのスピリットが地に足を付けると二体の森林のセッコーキジとネコジャランは不足コスト確保の為に消滅し、消えてなくなる。同時に、お互いのフィールドに芝のようなものが地面から出現していく。


 


「な、なんつー贅沢な召喚だ……」


「ターンエンド」


 


不敵な笑みを浮かべながらターンを終える弾。セフィロ・アリエスを並べてご満悦と言ったところなのか、或いはそのスピリットがこの状況で何か役に立つ効果でも持っているのか。今のクリスには分からないが、弾が何も考えずに召喚する訳が無い。警戒心を上げながら、クリスはセフィロ・アリエスを見る。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!」


 


手札から新たにスピリットを呼ぼうと右手を手札に寄せるクリス。しかし、そこまで来て、漸く異変に気付く。その異変は、お互いのフィールドで起こっていた。


 


「な、何だこれは!?」


 


そこには、地面から生えた緑色の鎖のようなもので身体を縛られた二体の天使とイーズナ、そしてセフィロ・アリエスの姿があった。セフィロ・アリエスに関しては自身が生み出しているが故なのか逆に鎖を纏っているようにすら思えるが。


 


「気付いたか?これがセフィロ・アリエスの効果だ。セフィロ・アリエスはLv3のとき、お互いにスピリット上のコアを転召以外で取り除けなくなる」


「なっ、なにぃ!?」


 


つまり、今クリスが自由に使用できるのは、リザーブに存在するコア1つのみ。これでは、新たなスピリットを呼ぶことも、マジックを使うこともままならない。


 


「そ、そんな理不尽な効果があっていいのか!?くそ、ターンエンドだ!!」


 


お互いのコアを取り除けない。つまり、弾もまた、セフィロ・アリエスのコアを動かせない筈。とはいえ、セフィロ・アリエスのコアが使えなくとも弾が自由に使えるコアは、次のターンで4つとなる。明らかに次の攻め手を用意するのは弾の方が早くなる。


 


「戦う事だけ考えて、力を求めようとして目の前を見過ぎた結果、足元を救われたな」


「っ……皮肉のつもりかよ」


「そうかな。だが……これで俺も迂闊に攻められなくなった。セフィロ・アリエスでアタックすれば確実にブロックされるからな」


「……だからなんだよ」


「戦いが無い世界さ」


「!?」


 


何故、そのことを。そう言わんばかりに驚きながら目を見開くクリス。しかし、クリスが自分を傷つけてまで戦おうとする目的に関しては、弾も彼女の経緯を知ってから何となくではあるが、予想はしていた。しかし、この瞬間に弾の中の予想は、確信へと変わる。


 


「今、戦いが無い平和な空間じゃないか。このフィールドは」


「……」


「だが、俺はこの空間を数ターン後に壊す」


「!!」


 


にやり。悪い笑みを浮かべながら弾はクリスへと語りかける。壊す、そう聞いたクリスの顔が一瞬だけ蒼白になったのを、弾は見逃さなかった。


 


「絶えず戦いが起こるのがバトルだからな」


「っ、じゃあ何か!?これは紛争の前の静けさとでも言いたいのか!?」


「さぁ、どうかな?スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップは何もしない。ターンエンドだ」


「……」


 


いつもなら、軽口の一つでも叩けたのだろう。しかし、弾の言葉に精神を乱されているクリスにはそれどころじゃない。


 


「ス、スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!生還者天使クロエル、召喚!!」


 


【生還者天使クロエル:黄・スピリット


コスト3(軽減:黄2):「系統:護将・天霊」


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:黄】


 


「……」


 


小さな笛を手に持つ、半透明なチェック柄の薄いローブを纏った、黄緑色を基調としたタイツを着用した天使が現れる。白い髪を靡かせながら現れたその可愛らしい少女を見ながら、弾は意外な一手に驚く。


 


「へ、へへ、あんたもこいつの効果は知ってるみたいだな」


 


厳密には違う。セフィロ・アリエスの効果を知った上で新たなスピリットを呼び出したという事実に、弾は驚いているのだ。スピリットを呼び出せば、そのスピリットの維持コストを置く為に使用できるコアが制限される。それとも、弾が攻め出すまで待つ算段でいるのだろうか。


 


「こいつで、守りを一気に固めてや……え!?」


 


意気込みながらターンエンドを宣言しようとする。が、そこでクロエルに引き起こされた新たな異変にクリスは再び驚く。彼女のフィールドにいるクロエルは、何故か疲労していたのだ。


 


「白羊樹神セフィロ・アリエスの効果!お互いのメインステップ時、系統:「遊精」を持たないスピリットとブレイヴは召喚されるとき、疲労状態で召喚される!」


「ぐぬ……徹底的に縛って来やがってぇ……ターンエンド!」


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、ブレイドラを召喚」


 


【ブレイドラ:赤・スピリット


コスト0:「系統:翼竜」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


疲労状態で呼ばれ、コアを外されないブレイドラ。コアを外されないため、何時ものように上級カードを呼び出す為の不足コスト確保の為の犠牲になることはないが、だからといってそのシンボルを使わない事はありえない。


 


「ターンエンド」


 


とはいえ、このターンでは取り敢えず呼ぶだけに留めておき、次のターンで回復させる算段のようではあるが。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!そのブレイドラ、悪用される前に吹き飛ばす!マジック、ライフレボリューションを使用!ボイドからコア1個を自分のライフに置く!さらに赤のシンボルがあることで連鎖発揮!」


 


イーズナが持つ赤のシンボルが輝き、クリスの発動したマジックから放たれた光がブレイドラを包み込む。


 


「BP合計5000まで相手スピリットを好きなだけ破壊する!ブレイドラを破壊!ターンエンドだ!」


 


せめてバーストがあれば。少なくとも受身の形になるものの動き出せれば立て直しが早くなるのだが。そんな感情を抱きながら、クリスはターンを終了する。そして弾もまた、この状態をまだ崩したくないのか、続く第十三ターン、何もせずにターンエンドをする。


 


「まだ動こうとはしないのかよ……くそ、じれったい!スタートステップ!」


 


第十四ターンを宣言するクリス。しかし彼女にも行動できるようなことはなく、そのまま何もせずにターンエンドを宣言するしかない。まるで冷戦状態とも言える状況に変化を加えたのは、やはりというべきか、この状況を作り出した弾だった。


 


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ。鳳凰竜フェニック・キャノンを召喚」


 


【鳳凰竜フェニック・キャノン:赤・ブレイヴ


コスト5(軽減:赤2・白2):「系統:機竜・星魂」


シンボル:なし】


 


疲労状態で呼び出される、赤い機体に二つの銃口を持つフェニックス。それを呼び出した弾は、不敵な笑みを浮かべながらそのブレイヴをセフィロ・アリエスへと重ねる。


 


「鳳凰竜フェニック・キャノンを白羊樹神セフィロ・アリエスに直接合体!」


 


【白羊樹神セフィロ・アリエス:緑+赤


コスト6+5→11:【激突】


BP10000+3000→13000】


 


フェニック・キャノンがセフィロ・アリエスの背中に装着され、セフィロ・アリエス自体も疲労する。だが、そのことは現在は然程大きな意味を持たないだろう。


 


「ここでブレイヴを……!」


「フェニック・キャノンの召喚時効果で、相手のBP4000以下のスピリット1体とネクサスを破壊する。俺が破壊するのは、生還者天使クロエルだ!」


「何!?」


 


クロエルには効果では破壊されない効果がある。フェニック・キャノンの弾丸を受けても破壊される事はないが、それが意味することはただ一つ。1コアと言えど、まだクリスに自由に使えるコアを渡したくはないのだろう。いや、そうだとしても、こんな使えない状況でフェニック・キャノンを呼び出すだろうか。


 


(不味い。何か不味い……!)


「バーストをセット。ターンエンドだ」


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!クロエルをLv2へアップ!」


 


【生還者天使クロエル


【分散:2】


コア1→3:Lv2:BP3000】


 


「バーストをセットしてアタックステップ!」


 


ここまで耐え続けてきたが、遂に限界を迎えたのか。或いはこんな意味不明な一手を打つ弾が何を狙っているのか。何故、自分のスピリット達を生かしたのか、その理由が分からないまま、クリスはやるべきことをする為にアタックステップを宣言する。


 


「クロエルでアタック!」


「ライフで受ける!」


 


クロエルが笛を吹くと、旋律が目に見えるエネルギー体となって弾のライフを奪い取る。この長い時間をおいて漸くライフを奪い取った。そのことに気分を良くしたのか、クリスは更に攻める。


 


「スピエルでアタック!」


「こちらもライフで受ける!」


 


スピエルが杖を振りかざし、弾へと叩き付ける。そのアタックによってライフを奪われた弾は、それをトリガーとしてバーストを起動させる。


 


「ライフ減少によりバースト発動!絶甲氷盾!ボイドからコア1個を自分のライフに置く!さらにフラッシュ効果発揮!バトル終了時、アタックステップを終了させる!」


 


氷の壁がクリスのフィールドと弾のフィールドを分断するように出現する。これによって、後続のアタックを凌がれたクリスは気持ちの悪い冷や汗を流しながら、ターンの終わりを宣言するしかない。


 


「ターンエンド……」


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ」


 


このターンで、手札に眠るカードを呼び出す。そう言わんばかりに僅かに気配を引き締めると、その手を手札に伸ばす。


 


「牡牛座より来たれ、金色の神よ!!金牛龍神ドラゴニック・タウラス、Lv2で召喚!」


 


【金牛龍神ドラゴニック・タウラス:赤・スピリット


コスト7(軽減:赤4):「系統:光導・古竜」:【激突】


コア3:Lv2:BP7000


シンボル:赤】


 


カードが掲げられた瞬間、金色の稲妻が奔る。無数の光がカードから放たれるとそれは空へと無数の光の柱へと分裂して天空へ立ち昇っていき、時を同じくして天空に出現した暗雲に牡牛座を描く。続いて牡牛座から降り注いだ光が地面へと降り注ぎ、その威力が大地を砕くと、砕かれ、発生した大きな砂煙の中から二枚の翼を空に広げ、二本の巨大な金色の角を見せる赤き巨大な猛き牛が降臨する。


 


「二体目の十二宮Xレア!?」


 


ドラゴニックタウラスがセフィロ・アリエスの効果で疲労する。二体の十二宮Xレアを並べた弾と、セフィロ・アリエスの効果によって上手く動けないクリス。その戦いは、大きな変化を迎えようとしていた。



出番のない星座を出した結果がこの有様だよ!


セフィロ・アリエス……お前別のSSで出した時はこんなにバトルがグダグダにならなかっただろ……と思ったら、そっちだとLv3効果使って無かったわ。本当にセフィロ・アリエスは色々とんでもない。一回は出番なきゃねって思った結果がこれか……これなら天秤座の方がずっとマシだったぞ!




おまけ-もし金牛龍神に金牛星鎧が合体できたらと妄想してみた-


本来は表牡牛座がコスト7、裏牡牛座の合体条件がコスト8の為、合体できないのだが、取り敢えずそこを無視してもし合体できたらという状況のもとで色々考えてみた。



まず、表の激突の効果だが、裏と合体した時点で真・激突を持つので多分いらない。マルスで回復してニレンダァ!とかするなら激突も役に立つけど。


まず、表と裏に共通するダメージを与える効果。


「表」

Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』

相手のスピリットがブロックしたとき、そのスピリットとシンボルの数を比べる。

そのスピリットより多いシンボル1つにつき、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く。


「裏」

【合体時】『このスピリットのアタック時』

ブロックした相手のスピリット/アルティメットとシンボルの数を比べ、

多かった自分のシンボル1つにつき、相手のライフのコア1個を相手のリザーブに置く。


このとき、裏と合体した時点でダブルシンボルの為、シンボル1つのスピリットを殴れば二つの効果で2ダメが確定。この時点でん?ってなるが、さらに凶悪化するのが表のこの効果。


Lv3『このスピリットのアタック時』

このスピリットの効果でシンボルの数を比べるとき、系統:「神星」/「光導」を持つ自分のスピリット1体につき、

このスピリットに赤のシンボル1つを追加する。


「このスピリットの効果でシンボルの数を比べるとき」つまり、合体している時点で表の効果となっている裏のシンボル参照効果にもシンボル増加効果が適用されてしまう事となっている。一応、自分フィールドに対応するのがタウラスだけだと仮定しても、トリプルシンボルで2ダメ、それが表と裏のダブルパンチで一撃で4も吹き飛ぶという惨事に。


光導サポートは色々優秀だし、スターリードローやブレイヴドローなどで2枚を引き込むことも容易な為、特に赤緑連鎖ギミックがあってコア不足にあまり悩まないデッキなら出すのにそんなに手間はかからないと思うから、もしこれが出来たのならかなりやばい火力を叩き出していたという事に。


……系統:「光導」を持つスピリットのコストを+1するカードとか出てこないかなぁ……流石に無理か。

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