第25話 変わりゆく者

森の中にひっそりと存在する古城。その外に広がる湖に掛けられた橋の上にクリスは立っていた。何かを深く考え込む様子を見せる彼女の脳裏に浮かんでいた光景は一つ。


 


(完全聖遺物を起動させるには、相応のフォニックゲインが必要だとフィーネが言っていた。私がソロモンの杖を起動させるのに半年もかかったというのに……あいつは、あっという間に成し遂げた)


 


響がデュランダルを起動したあの瞬間。ネフシュタンの鎧とソロモンの杖を手にあの場所にいた少女の正体こそクリス。クリスの脳裏には、馬神弾から受けた敗北の痛みと、自分の存在意義さえ奪ってしまいかねない、デュランダルをいとも簡単に起動させて見せた響の行動が焼き付いていた。


 


(そればかりか、無理矢理その力をソードブレイヴに変換してぶっ放して見せやがった)


 


果たしてそんな芸当が、自分や馬神弾に出来るだろうか。いや無理だろう。デュランダルを制御できるのは、ソードアイズと呼ばれる特殊な存在だけだとフィーネが言っていた。つまり、ソードアイズでない響は勿論、クリスや弾にすらデュランダルは本来操れない筈なのだ。起動させることは出来ても使う事は出来ない。なのにそれを操って見せた。ひたすら戦いの中に身を置き、強さの深みに辿り着いた弾は、その境地こそ理解できないだろうがまだ納得は出来る。だが響に関してはその出鱈目さにこう言うしかなかった。


 


「……化け物かよ……」


 


その手に握る、どこか弓のようにすら見えるソロモンの杖を見ながらも、響の出鱈目なスペックに漸く、何故彼女を確保してくるようにとフィーネが指示を出したのかを理解する。


 


「この私に身柄の確保をさせるぐらい、フィーネはあいつにご執心というわけかよ」


 


強く拳を握りしめながらも、思い出されるのは過去の自分。天国から一気に地獄へと落とされ、そこから救いあげてきたフィーネ。彼女の下で時折拷問に近い虐待を受けることこそあれど、あの時と比べればずっとましだろう。まだ光が見えるだけ、光に縋る事が出来るだけ、あの闇しか見えなかった時と比べれば恵まれている。しかし、その光の先にあったのは、お役御免となって捨てられる自分ではないのか。


 


(そして私は、また独りになる……)


 


響の才能が自分を凌駕しているのは明らかだ。そして、その才能を持つ響をフィーネが手に入れたら、自分はどうなるのか。既に失態を重ね続けている自分、今回は響の予想以上の才能が明らかになった事を知ったフィーネも気分が良かったのか、いつものように失態に対する制裁はなかった。つまり、最早制裁をする必要すらないと扱われている。


 


今まではクリスがフィーネにとって利用する価値のある人間だったからこそあのように扱ってきた。実力をさらに伸ばす為に鞭を与え、育てるように。だが装者としての実力が未熟であるというのにクリスを容易に上回る力を発揮した響が現れた今は違う。同じだけ育てて大きく差が出るとするのなら、優秀な方を手にしたい。優等生が来れば、劣等生はさっさと捨てるだけ。フィーネの実力主義に近い思想を知っているが故に、クリスの心は大きな不安で塗り潰されていた。


 


『君は、バトルの先のヴィジョンを見ているか』


 


ふと、弾の言葉が思い出される。確かに、自分には戦いの先の未来が見えていなかったのだろう。もしバトルの先を見据えていたのなら、響を連れ帰った後の自分の処遇についてもっと早く気付けていた筈だ。そして、その先で用済みになって捨てられない為の行動も幾つか出来ていた筈だ。だが、気付いた時にはほぼ手遅れの状態。目の前だけ見続けてきた結果がこれだったのかと、クリスは自嘲するように笑う。


 


(ああ、だから負けるわけだ)


 


溜め息を吐きながら、そろそろ屋敷の方へ戻ろうかと考え始めたその時だった。背後から感じ取った気配に反応するように振り向くと、そこには黒い長そでのシャツ一枚と黒い三角帽を身に付けたフィーネの姿があった。彼女はただ、無言でクリスを見る。貴女に与えられた役目は何?そう、目で問いかけてくる彼女の意思を察したクリスは、自分では自分自身をもう救えないという事実を噛み締めながら、彼女へと従う意思を口にするしかなかったのだった。


 


「……分かってる。自分に課せられたことくらいは。こんなものに頼らなくとも、あんたの言う事くらいやってやらぁ」


 


半ば吐き捨てるようにソロモンの杖を投げ飛ばす。それを手に取ったフィーネは、ただ無言のままクリスを見つめる。


 


「あいつよりも私の方が優秀だってこと、見せてやる。私以外に力を持つ奴は、全部この手でぶちのめしてやる!そいつが、私の目的だからな!」


 


 



 


 


移送中に敵の攻撃を受け、さらにその時の攻撃によって記憶の遺跡が破壊されてしまっていた。その事実と共に、デュランダル移送計画は見事なまでに失敗に終わり、結果として再びアビスに再収納されるということで落ち着く事となったのだ。


 


「はぁ……はぁ……!」


 


そして、二課のすぐ近くにある療養施設の中。建物の中を、松葉杖を用いて苦しそうになりながらも歩く翼の姿があった。無事に回復し、シンボルを復活させた彼女は、一日でも早く自分にとっての日常に戻る為にもリハビリを開始していたのだ。


 


(奏……私も見てみたい。バトルの先、裏側にあるものを。それを見なければ、奏と一緒の所になんか立てない……!)


 


それを確かめたい。人によって見るものは違うし、自分が見るものと奏が見ていたものは違うかもしれない。でも構わない。今まで戦いの中に生きて来て、それ以外のことを考えないようにしていた自分は、強さの深みの中にいたと錯覚していたのかもしれない。だからこそ、そこから出て、外を見なければ成長できない。前に進めないのだ。


 


 



 


 


(デュランダルの力の怖いところは、制御できないことじゃない)


 


戦いの中で、響もまたある感情を抱いていた。それは裁きの神剣、デュランダルを起動させたときのこと。あの中で辛うじて自分の意識はあったのだ。だが、自分の中の闇が、狂気が膨れ上がったかのような状態に陥り、結果として一切の躊躇いも無く、世界さえ滅ぼしかけないその力の一端を解き放ったのだ。


 


(躊躇いも無く、振り抜けてしまった事)


 


まだエクストリームゾーンでそれを振り抜いただけマシだったのだろう。おかげで響達があの時いたエクストリームゾーン自体はボロボロとなってしまったのだろうが。


 


(私は、まだ弱い。ゴールなんてものがあるとは思わないけど、もっと先を目指さなきゃいけないんだ。そう、弾さんよりも強く……!)


 


響が未来と共に過ごす学生寮の部屋。その一室で、机の上でカードを広げてにらめっこをしながら、考え事をする響。流石にアルティメットに関するカードまでは公開できないので、ここに広げられているのはシンフォギア用のデッキではなく、日常で使うデッキのカードではあるのだが。


 


「響」


「……んっ?未来?」


 


ふと、後ろから未来に声を掛けられる。その声に反応するように振り向いた響の隣に座ると、その肩を響へと寄せる未来。


 


「リディアンに入ってから響、何か変わった?」


「え?そうかな……いや、そうかも?」


 


言われるまで自覚はなかったが、改めて考えてみるとそうかもしれない。むしろ、これだけの経験をしているのに少しも変わらなかったらそれはそれで問題だろう。


 


「そうだよ。だって前だったらこんなにバトスピにのめり込んだりしなかったじゃん」


「うーん……やっぱり弾さんの影響かな?」


 


多分嘘は言っていないだろう。弾のいる境地が一つの目標となっている以上、彼の影響が無いと言えば間違いになるだろうし。


 


「じゃあ、私もデッキを作り直そうかな?」


「ん?何で?」


「それは弾さんにリベンジするためだよ。負けっぱなしも嫌だからね」


「あはは、それもそうだね」


 


そう言い合いながら、二人は顔を見合わせて笑うのだった。


 


 



 


 


(デュランダル……いや、裁きの神剣 リ・ジェネシス)


 


ネフシュタンを撃退し、遂にガイ・アスラを破った弾。しかし、そのことをいつまでも喜んではいられないだろう。弾の脳裏には響が振り下ろした神剣の姿が焼き付いていた。


 


(ネフシュタンでさえ、異界王の力を宿した巨大な完全聖遺物だ。あの時俺が戦ったネフシュタン自体の力は俺の知る全盛期の頃の異界王よりも劣っていたが、当時の時代には無かったブレイヴやバーストを組み合わせることで異界王に匹敵する力を発揮していた。だが……)


 


彼女自身が果たして、ネフシュタンやデュランダルを求めるだろうか。いや、それはないだろう。強いて言うなら、自分という存在を確立させる為に力を求めているように思える。そして、彼女にその行為を強いらせる要因が必ず後ろにある。裏で蠢くその闇を暴かなければ、彼女の今の戦いが終わる事はないだろう。


 


(……いや、もうよそう。これからのことを考えるべきだ)


 


デュランダルを再度アビスに配置後、本部の防衛力を高めるという名目で改装が行われている。今後は移送作戦時以上の戦力で襲撃が行われる可能性があることを考慮した結果らしく、二課としては代償こそ大きかったものの、見返り自体は悪くはないという結果となったのだった。


 


(……)


 


街の中を歩くその足をふと止めて、空を見上げる。一面に広がる青空を見ながら、弾は感じ取っていた。これから、何かが大きく動きだしそうな。そんな予感を。


 


「……?」


 


その予感を裏付けしようとしているのか、それは定かではない。だが、何ならかの変化をもたらすように弾の持つ携帯電話が鳴り響いた。


 


「すみません、弾君。一つ頼めますか?」


「?」


 


電話の相手は慎次。彼曰く、響は今学校におり、学生と言う立ち場にいる彼女に自分たちの都合で必要以上に時間を取らせたくないという都合もあってか、彼女よりも先に手が空いている弾に頼んできたようだ。今、丁度暇を持て余していた弾はその頼みを承諾してその足を別の方角へと向けた、その時だった。


 


「あれ?弾さんじゃないですか!」


「?響と未来か、どうしたんだ?こんなところで」


 


まさか街中で響と未来の二人と会うとは。二人の手には小さな紙袋が握られており、どうやら買い物をしに来ていたようだ。


 


「えへへ、ちょっと買い物を。弾さんは?」


「そうだな……特に何か目的があるわけじゃなかったんだが。だが、少し用が出来たから俺は行くよ」


「そうですか……」


 


少しだけ残念そうに弾を見送る未来。新しくデッキも作り、リベンジの機会が出来たと思っていたのだろう。しかし、弾に用事があるのでは仕方ない。二課関係の用事なのだろうと響は察していた為かあまり表情に変化はないが、それでも用事の内容自体は気になっていた。そんな二人の思考の中にあった弾が向かったのは、ある建物の屋上だった。


 


「……」


 


ドアノブに手をかけて引く。リディアンのすぐ近くにある、絶唱のダメージを受けて治療を受けていた翼がいる建物だ。今まではデュランダルなどで忙しくて回復した彼女と顔を合わせることは出来ていなかった為、会ってほしいと頼まれたのだ。慎次達二課の職員は現在手が離せない状況にいる為、白羽の矢が立ったのが弾だったということもあるのだろうが。


 


「……?珍しいわね、貴方がこんな所にいるなんて」


 


屋上に現れた弾の姿を見て、意外そうに翼が声を漏らす。今の自分に会いにくるにしても、精々二課の職員か響ぐらいだろうと思っていたのだろう。


 


「一度ぐらい見舞いに顔を出せって言われてな。元気そうだな」


「……ええ、おかげで。私が抜けていた間に、色々あったようね」


「……そうだな」


 


そこら辺は既に聞いている事なのだろう。ならば敢えてそのことを再び言う必要はお互いにないだろう。


 


「……一つ、教えてくれないかしら」


「?」


「ノイズとの戦いは遊びに行くのとはワケが違う。それは貴方もよく理解している筈……なら何故、貴方は戦うの?……いえ、なんで、貴方はバトルスピリッツで戦おうと思ったの」


「……」


 


何故、戦うようになったのか。それは、ある意味で弾にとっても難しい質問だった。何故戦うのか、であれば答え方はあった。しかし、戦うようになった理由としてはあまりにも不純極まりないものも含まれているのかもしれない。それでも、その答えに彼女の求めるものがあるならと弾はその口を開く。


 


「最初は偶然だったんだろうな。俺が赤の戦士として選ばれた事は。でも、それは切っ掛けでしかない。最初に戦い始めた理由は、友達を助け、異界王を倒す。そんな単純な理由だったさ」


 


後先考えず、ただ目の前にぶつかっていく。まさに激突を体現した激突王らしい理由だったのだろう。だからこそ、弾は世界の闇に押し潰される事となったのだが。


 


「全部、俺の戦いの切っ掛けになったのは誰かの頼みさ。だからこそ、俺は勝つ為に戦う。それが俺の仕事だからだ」


「仕事……か」


 


思えば、弾がバトルを楽しんでいるのもそれだからかもしれない。ノイズとの戦いは一歩間違えれば命を失うような、そんな危険なバトルだ。それを楽しめる程に、弾のいう勝つという仕事を彼は楽しんでいる。だが、だとするならばその戦いの先に弾は何を見ているのだろうか。


 


「じゃあ、貴方はこの戦いの先に、何を見ているの?」


「今はまだ不可能だと思う。けど、その先にそれを見る為に目指しているものがある」


「それは?」


「……さぁ、なんだろうな」


「……もう」


 


肝心な所でそれをはぐらかす弾。敢えて言わなかったのかどうかは分からないが、結局弾の見ているものは見えずじまい。或いは、他人のではなく、自分自身でその先を見ろということなのだろうか。


 


「……不可能、か。そんな壁にぶち当たったら、貴方はどうする気なの?」


「何度だってぶつかる。ぶつかってぶつかって、その壁を壊して、超えるだけだ。例えその壁が、どんなに暗く、深い闇だったとしても、俺は最後まで諦めない。諦めたらそこで負けなんだ。だからこそ、どんな絶望的な状況になっても諦めない事にした」


「……」


 


弾と翼では、おそらく翼の方が戦っている時間自体は長いだろう。しかし、戦士としての経験は弾の方がずっと上なのだということを再認識させられる。


 


「……それに、戦士としての覚悟があるのは翼も同じだろ?」


「……え……いや、そうね……」


 


くすりと笑いながら、翼は弾の言葉を受け取るのだった。


 


 



 


 


「あー、いっぱい食べた!もうお腹いっぱい!」


「ふふ、今日はちょっと食べすぎちゃったかもね」


 


お腹を気持ちよさそうに摩りながら歩く響。彼女の隣で未来もまた、腹を満たしたからか気分が良さそうに見える。


 


(うん、変わってきたけど、やっぱり響は変わってない)


 


今まで、急な用事などで度々いなくなる響。何があったのかを聞いても、響はそのことを答えてくれない。次第に、聞いてはいけないことだと未来自身も思うようになってきていた。そして、響が少し変わってきたのは単純に流れる時の影響なのか、それともその急な用事の数々のせいなのか。その区別すら出来ないまま、今に至るわけだが、響自身の感情の本質と言うべき所は何も変わっていないということを確認出来たことに未来は内心安堵していた。そして、響自身も、このまま争いも何も無く、平和な日常が過ごされればそれでいい、そう思っていた。しかし、その日常は、脆くも崩れ去る事となる。


 


「……?」


「響?」


 


自然公園の近くまで歩いた二人。ふと、響の携帯から鳴り響く着信音。嫌な予感を感じ取りながら携帯を開き、回線を開いた彼女の通信の相手は弦十朗。弦十朗は、緊迫した声で響に、決して看破出来ない情報を伝えた。


 


「……えっ!?」


「響?」


 


いきなり驚いた声を上げる響に疑問を抱く未来。しかし、未来に言葉を返す暇すらなく、咄嗟に強大な敵意を感じ取った響が顔を上げると、そこにはいた。ネフシュタンを纏ったクリスの姿が。


 


「おらああああ!!」


 


声を張り上げながらその手の巨大な鞭を振り下ろす。響のみを狙って放たれた一撃だが、響は未来の身にも危険が及ぶかもしれないと感じ、咄嗟に未来に抱き付いてその場から飛び出す。


 


「危ない!!」


「え!?きゃああああああ!」


 


今度は、驚いた声を未来が口にする番だった。それもそうだろう。いきなり響が自分に勢いよく抱きついたと思ったら、目の前に何かが着弾して巨大な衝撃と音を響かせたのだから。咄嗟に響が庇ったおかげで二人は直撃こそ免れたものの、その衝撃を全身で受けることとなり、大きく吹き飛んでいく。


 


「わあああああ!」


「!?一般人がいたのか!?」


 


彼女の見ている側からでは、丁度響と未来が重なっていて、響しか見えなかったのだろう。未来まで攻撃してしまったことに驚きながらも倒れた二人の前に降り立つ。


 


「……」


「……」


 


痛みはある。だが、その痛みも気にならないくらい、今の響は目の前の少女に敵意を抱いていた。自分の大切な、無関係な友達にまで手を出した彼女を。そんなクリスは、響ではなく、未来に目を向ける。


 


「大丈夫?未来」


「う、うん……身体中少し痛いけど……」


「……」


「?」


 


敵意と敵意をクリスに向けながらも未来の様子を声で確認する響。その声に目の前の少女から、まるで安堵したかのような反応が一瞬現れたのを見て、響はその敵意を思わず散らせることとなる。そして同時に理解する。彼女の目的は自分だろう、だがその為に無関係な人を傷つけることは彼女の中では有り得ない行動なのではないのかと。そして、未来まで巻き込んだ事については、彼女自身も予想外だったのだろう。


 


「……まあ、いい。エクストリームゾーンへ行けば、後は無関係だからな。ゲートオープン、界放!」


「!」


 


が、エクストリームゾーンに移動すれば未来を戦いに巻き込むことはない。デュランダルのような反則級の力が存在しない以上、自分と響がそれぞれネフシュタンとシンフォギアの操り方さえ間違えなければ被害は出てこない筈だ。


 


(……まさか未来を巻き込むことになるなんて)


 


未来を巻き込みたくなかったからこそ、このことを内緒にしていた。だが、もうそれは出来ないだろう。こんなところまで来てしまったのだから。となれば、全てを明らかにするしかない。明らかにした上で、今の自分の姿を彼女の目に焼き付けてもらうしかないのだ。


 


「響……!?」


「……ごめん、未来」


「……え?」


 


ぽつりと漏れた響の言葉に、未来は不穏な何かを感じ取る。バトルフィールドでは無く、エクストリームゾーンと呼ばれる空間に来たことから、既に察していたのだ。この危険な空間に、響が自分に隠してきた何かの正体があると。


 


「今まで隠してきて」


「……響」


「でも、絶対勝つから。だから……今は黙って見ていて」


「……」


 


強い意志をその目に、響は有無を言わさない口調で告げる。そして響は、その歌を口にしていき、その身体にシンフォギアを出現させる。


 


(……響。あのバトルフォームは……?)


「漸くお出ましか。だが、激突王……いや、ブレイヴ使い無しで私に勝てるとでも?」


「私だって、強くなってる!弾さんがいなくたって、弾さんの戦いは私に教えてくれた!必要なのは自分で悩んで、考えて、前に進むということだって!その思いが、魂が私のギアだ!スタートステップ!ドローステップ!メインステップ!ブロンズ・ヴルムを召喚!」


 


【ブロンズ・ヴルム:赤・スピリット


コスト3(軽減:赤2):「系統:星竜」:【強化】


コア1:Lv1:BP3000


シンボル:赤】


 


稲妻のような形をした翼を持つ、銅色の皮膚を持つ中型のドラゴンを呼び出す。以前デュランダルに囚われた時のような無様な戦いはもうしない。あのような戦い方では、ノイズに力の暴力で勝つことは出来ても弾や目の前の少女には確実に通用しないだろうからだ。勝つためには、自分自身の装者としての、カードバトラーとしての戦いを最後まで貫くしかないのだ。


 


「ターンエンド」


(前回のような高速で上級スピリットを呼び出すようなハイリスキーな戦い方はしないか)


 


それぐらいは分かっていた事ではある。しかし、実のところクリスは彼女の本来の戦い方を全く見たことが無い。デュランダル使用時の彼女は間違いなく例外だろうし、あの時に使用した高コストスピリットはバトル後に消滅している。低コストスピリットだけならば今回も投入している事は考えられるが、戦術は現段階では読めないだろう。精々、相手のデッキに強化の効果が役に立つBP破壊効果があるという予測が立つぐらいだ。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!メインステップ!森林のセッコーキジをLv2で召喚!」


 


【森林のセッコーキジ:緑(赤)・スピリット


コスト1(軽減:緑1・赤1):「系統:爪鳥」


コア2:Lv2:BP2000


シンボル:緑(赤)】


 


クリスが最初に呼び出したのは、刀を構えるキジのスピリット。緑のスピリットを先に呼び出したその姿を見て、コアブーストを狙っていると警戒を強める。


 


「ターンエンド」


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!砲竜バル・ガンナーを召喚!」


 


【砲竜バル・ガンナー:赤・ブレイヴ


コスト4(軽減:赤2):「系統:地竜・星竜」


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


背中から二台の砲門が生えた赤い竜が現れる。ブロンズ・ヴルムと共に四足歩行をするその竜は、その緑色の瞳を光らせる。


 


「……ブレイヴを呼んだか」


「ターンエンド」


「だが、そのBPなら好都合だ。スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!ダーク・ガドファントを召喚!」


「!?白のスピリット!?」


 


【ダーク・ガドファント:白・スピリット


コスト3(軽減:白2):「系統:機獣」:【連鎖:条件緑シンボル


コア1:Lv1:BP3000


シンボル:白】


 


紫色の稲妻の模様が黒いボディに刻まれた、鼻がバルカンとなっている機械の像が出現する。今までの彼女のデッキを見た限り、赤と緑のスピリットを中心としており、とてもこのような白のカードが入る枠は無かった筈。それが出てきたという事は、以前とは違うデッキ構築になっていると見て間違いない。


 


「ダーク・ガドファントの召喚時効果!BP2000以下の相手スピリット1体を手札に戻す!スピリット状態の砲竜バル・ガンナーをバウンスだ!」


 


バル・ガンナーの姿が白い光に包まれて消え、響の手札に戻る。しかし、ただ召喚して発揮される効果がBP2000以下という短い範囲のスピリットを手札に戻すだけというだけではないだろう。それならば、響の知る白のスピリットの中には上位互換が数多く存在する。となれば、まだその本質をこのスピリットは見せていない。その考えを的中させるかのように、更なる力が発生する。


 


「さらに召喚時効果に続けて連鎖発揮!ボイドからコア1個をこのスピリットに置く!こいつでLv2へアップ!」


 


【ダーク・ガドファント


【重装甲:赤/青】


コア1→2:Lv1→2:BP3000→4000】


 


クリスのフィールドには緑のシンボルを持つ森林のセッコーキジがいる。よって、ダーク・ガドファントの連鎖を満たす条件は揃っている。


 


「ターンエンド」


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!再び砲竜バル・ガンナーを召喚!」


 


【砲竜バル・ガンナー


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


「ターンエンド」


(……響)


 


バウンスによってバル・ガンナーを戻されたことで一手攻め手を遅らせることになる。また、ライフを削られておらず、コアが溜まっていない為今の響が撃てるのは、先程のターンと同じ、バル・ガンナーを再度召喚するという行動だけだ。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ、バーストをセット!このままターンエンドだ」


 


前回よりも攻める速度が遅い。以前までのバトルで言えば、ここまでで高コストスピリットが出てこなかったとしてもリザーブにコアは大量に用意できている筈だ。しかし、今回の彼女にそれは無い。白のスピリット達を使うようになって、コアブースト能力を低下させて防御能力に特化させたからなのか、或いは手札にいないのか。


 


(……ちっ、まるで亡霊みたいじゃないか。ブレイヴ使いと戦って成仏したかのようにこなくなりやがって)


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!」


 


コアはギリギリ揃っている。もし白のスピリットを投入しても尚、相手のデッキのコアブースト手段として緑の力が関与しているのなら、ここで森林のセッコーキジを仕留めにかかるべきだ。響は手札に存在する、新たなジークヴルムの力を呼び出す。


 


「来たれ雷光!その鼓動を響かせろ!雷光龍ライト・ジークヴルム、召喚!!」


 


【雷光龍ライト・ジークヴルム:赤・スピリット


コスト6(軽減:赤3):「系統:星竜」


コア1:Lv1:BP4000


シンボル:赤】


 


雷鳴が響の背後で轟く。続けて背後から這い出るように現れたのは、銀色のドラゴンの身体を持つジークヴルム。雷皇龍とは異なり、紫色の目を持つ、光の力によって変化した新たなジークヴルムがフィールドへと舞い降りる。


 


(雷光龍……!?雷皇龍じゃない……?)


 


それに、覚醒を持つスピリットなどの姿も見えない。何故響が雷光龍というカードを持っているのか。その経緯を知らない未来は更に疑問を増やす事になる。


 


「牽制のつもりか……!」


「砲竜バル・ガンナーをライト・ジークヴルムに合体!」


 


【雷光龍ライト・ジークヴルム


コスト6+4→10


コア1→2:BP4000+2000→6000


シンボル:赤+赤】


 


バル・ガンナーの身体が消え、二台の砲台が取り付けられた背中の部位のみが残る。続けてライト・ジークヴルムの背中の翼が消え、その背中にバル・ガンナーが装着されることでその身体のカラーリングが赤く染まる。


 


「!」


「アタックステップ!行け、合体アタック!バル・ガンナー、合体時効果!このスピリットのアタック時、1枚ドロー!さらにBP4000以下の相手スピリット1体を破壊する!1強化追加でBP5000以下の森林のセッコーキジを破壊!」


 


ブロンズ・ヴルムから赤い光が放たれ、ライト・ジークヴルムがその光を受け取り、そのエネルギーを込めた弾丸を背中のバル・ガンナーの砲台から放ち、BP2000の森林のセッコーキジを一撃で消し飛ばす。


 


「ちっ……」


「さらにライト・ジークヴルムのアタック時効果!BP4000以下の相手スピリット1体を破壊する!これも1強化追加!」


 


続けてライト・ジークヴルムの口から雷光が放たれ、それがダーク・ガドファントを襲う。しかし、ダーク・ガドファントはその攻撃を受けながらも何の影響もその身体に及ぼさず、逆に赤く光り輝く半球体のバリアがダーク・ガドファントを包むことでその雷光を弾き返してしまう。


 


「重装甲:赤!相手の赤のアルティメット以外の効果を受けない!」


「だったら、これがメインのアタックだ!」


「ライフで受ける!!」


 


合体スピリットのシンボルは二つ。相手へと飛び掛かったライト・ジークヴルムはその拳を振り上げてクリスへと振り下ろす。彼女を護るかのように出現した赤い半透明の球体のバリアを砕き、一度に二つのダメージを叩きこむ。


 


「ぐっ……!ライフ減少によりバースト発動!絶甲氷盾!ボイドのコア1個をライフに置く!」


「ターンエンド!」


 


先制攻撃を叩きこむことには成功した。後は、次のターン以降に来る可能性の高いガイ・アスラを迎え撃つ準備をするだけだ。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!……やっと来たか。メインステップ!まずはこいつだ!来たれ眷属!スレイヴ・ガイアスラ、召喚!」


 


【スレイヴ・ガイアスラ:赤・スピリット


コスト6(軽減:赤3):「系統:滅龍・星竜」:【超覚醒】


コア1:Lv1:BP4000


シンボル:赤】


 


黒き身体に黒がかった赤い羽の生えた翼。身体中を固い鉱石のような皮膚と太陽のように黄色く燃え上がる肌を持つ、人型をした龍が降臨する。


 


「来た、ガイ・アスラ……!」


「何、このスピリット……」


 


初めてスレイヴ・ガイアスラを目にする事となる未来は、その姿を驚いたように見ていた。その背後にある、幻羅星龍の鼓動すら無意識の内に感じられたのだろう、そしてその鼓動を感じ取った響は、思わず息を呑む。


 


(これが、弾さんや翼さんが感じ取っていた、実際に対峙することで感じ取れるプレッシャー……!)


 


幻羅星龍の鼓動は、まるで意志を持っているかのようにスレイヴ・ガイアスラの背後で燃え上がっていた。しかし、すぐに響は気付く。まるでその鼓動が何もする事はないと言わんばかりに徐々に静まっていき、寝たかのように消えていった事を。


 


(……さっきまでの威圧感が消えた)


 


その暴れ狂う魂は弾の手によって鎮められたのか。或いはガイ・アスラが響自身を相手にする価値のない存在と見限ったのか。そこまでは分からない。だが、どちらにせよプレッシャーが消えたのならばこちらにとって好都合だ。どんな手段を用いてでも、このバトルに勝利する。そして、目の前の少女に自分の想いを叩きつけるのだと一層強い目でスレイヴ・ガイアスラを見る。


 


「バーストをセット!続けてコアを全てダーク・ガドファントに追加!」


 


【ダーク・ガドファント


コア2→4】


 


「アタックステップ!スレイヴ・ガイアスラでアタック!超覚醒でダーク・ガドファントを喰って回復!」


 


【ダーク・ガドファント


コア4→3】


 


【スレイヴ・ガイアスラ


コア1→2】


 


「回復した!?」


「ライフで受ける!」


 


超覚醒の圧倒的な力を見せつけられる未来。そんな彼女の目の前で冷静にライフで受ける宣言をした響。そんな彼女に、拳を振り上げ、それを叩きつけるスレイヴ・ガイアスラ。その拳から放たれたエネルギーが無数の赤い六角形を束ねた、未来にとって見慣れない形状のバリアの中心部へと収束していき、一筋の光線へと一気に圧縮されて響の胸を貫く。


 


「うああああああああ!!!」


「!?ひ、響!!」


 


その衝撃に耐えきれず、勢いよく吹き飛ぶ。吹き飛び、そのまま背中を勢いよく地面に叩き付け、同時に肺の中の空気が全て外へと吐き出されてしまう。


 


「っ、げほっ、えほっ!」


 


思わず咳込みながら、苦しそうに胸を押さえる。その胸元からは白い煙が立ち昇っており、その苦しそうな表情を見て、未来は心配そうにその瞳を揺らす。


 


(響……何で、こんな危険なことを……)


 


たった一撃だけでも分かる。だからこそ、疑問に思う。何で響がこんな危険な事に首を突っ込んでいるのか。いや、既に理解している筈だ。彼女の、誰かの役に立ちたい、誰かの為に何かをしたい、そんな性格を知っている自分なら。そして同時に、彼女はこの危険な事に、自分を巻き込みたくなかったのだ。きっと、隠し事をしているという罪悪感があった筈だ。戦いの中で感じる苦しみもあった筈だ。それを響は、未来を巻き込みたくないという思いから、全てを一人で背負ってここに立っているのだ。


 


(……分かったよ、響)


 


響は言った。黙って見ていてと。ならば、彼女の言うとおり、見届けよう。響の姿を。それが、友達として出来る、唯一のことなのだから。


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