第22話 サクリストD

「……っくしゅん!」


 


山道を走る薄い紫色の車体。それを運転していた了子は、突如としてくしゃみを漏らした。


 


「……ふふ、誰かが私の事を噂しているのかな?」


 


弾と響がバトルをしてから数日後。二課からすれば上の存在であり普通であれば頭を下げるしかないような存在である日本政府に呼び出されていた。そして、本部の安全性や防衛システムなどについての説明義務を果たす為に彼女が二課から狩り出される事になったのだ。


 


「それにしても、今日は良い天気ねぇ。何だかラッキーな事がありそうな予感」


 


窓の外に広がる一点の白い雲すら存在しない満点の青空。その下にいる自分は、まるで祝福されているかのように思えて了子は少し嬉しそうに一人だけの車内で声を上げるのだった。


 


 



 


 


全ての景色は途絶えた。もしこの空間に何か見えるものがあるとしたら、それは深く、暗い海だけだ。感覚はある。しかし、全身が麻痺しているかのように何も動かず、麻痺している感覚をすり抜けて自分が感じ取っているのは痛みだけだった。ゆらりゆらりと漂いながら沈んでいく自分を包む痛覚。それが、過去を知らず知らずの内に振り返っていた自分を現実の時間帯へと引き戻していた。


 


(私、生きてる……?)


 


そう思えた。身体中ボロボロなのにそう思えたのは、心のどこかで死に対する恐怖と生きたいという強い感情があったからなのだろう。そこまでぼんやりと考えて、翼は自嘲するようにその考えを心の奥底へと投げ捨てる。この空間そのものが心の中かもしれないが。


 


(いや、死に損なっただけ……奏は、何のために生きて、何のために死んだんだろう……)


 


うっすらと目を開く。戦いに生きた人は、一体自分の命を賭けてまで何のために死ぬのだろうか。何のために命を投げ打つほどの覚悟をするのだろうか。自分も、ノイズを倒し続け、防人として戦い続け、戦いの中で死んでいく、そう頭では思っていたのかもしれない。だが現実はどうだろうか。結局心の奥底でまだ生きたいと思う自分がいた。


 


(……私は、どうすれば)


「……真面目がすぎるぞ?翼」


「!」


 


突然、背後から聞こえてきた、聞き覚えのある、懐かしい声。同時に自分の身体を包む人の温もり。間違いない、この暗い海の中、虚空から出現した人物、それは奏だ。いや、既に死んでいる人物なのだから、これは自分の心が作り出した幻に過ぎないのだろう。それでも、その温もりはとても、温かかった。


 


「あんまりガチガチだと、その内ぽっきり逝っちゃいそうだ」


 


奏が死した後、一人になった翼は一層研鑽を重ねてきた。数え切れないほどのノイズを倒し、死線を超え、そこに意味など求めず、ただひたすらに戦い続けてきた。それこそが自分の役目、勝つ事が自分の仕事だと。そしてその中で気付いた。いや、そう解釈してしまった事実があった。


 


(私の命に、価値なんてない……)


「この世界に生きている命に、価値のないものなんてないと思うな……」


 


しかし、それは間違いだった。命があるからこそ、生きている。生きているからこそ、戦える。命に価値などないと考えているその行動自体が、弾の言っていた通り、逃げている行為でしかなかった。弾はバトルで勝つ事が仕事、役目だと言っていた。その一面だけ切り取れば、翼と弾のバトルの意味は同じだろう。だが、弾は翼のように自分の命を軽んじてなどいない。だからこそ、自分よりもずっと強いのだ。


 


「うん、今なら、そう思える」


 


気付けば、風景が変わっていた。深い海だった光景は、あの日、奏と最期の別れをすることとなった破壊されたライブ会場へと変化を遂げていた。上空では、何か重々しい重低音が聞こえてきているが、今はまだ耳に入らなかった。


 


「それにさ。戦いの裏側とか、その向こうには、また違ったものがあるんじゃないかな。きっと彼は、目の前のバトルだけじゃなくて、その先のヴィジョンも見ていたとか」


「それって……?」


 


そこで背中合わせに座っていた翼と奏。翼が問いを投げかけるが、奏は軽く笑う。


 


「さぁ。私はその人とは違うから、全く分からないさ。でも、戦いの裏側とか向こう側にあるものだったら、私も見てきた。まぁ、そういうのは本人が実際に確かめるものさ」


「……奏は私に意地悪だ。だけど……私に意地悪な奏は、もういないんだよね」


「そいつは結構じゃないか」


「私は嫌だ!出来るなら、もっと奏に一緒にいてもらいたかった……」


「私が傍にいるか、遠くにいるかは、翼が決める事さ」


「私が?」


 


瞬間、奏の気配が消え、辺りの景色も再び海に戻る。はっきりとした意識の中、翼の胸元に砕けた金色のシンボルが出現する。そして、その視界の先には数体の巨大な影があった。


 


「……え」


 


光龍騎神サジット・アポロドラゴン、アルティメット・ジークヴルム、アルティメット・ジークフリード。弾、響、奏の三人が操るキーカード達がそこにはいた。さらに、三体のドラゴンの中に一人の剣士が立っていた。


 


「アルティメット・オライオン……」


 


己の魂と言ってもいいだろう。アルティメットの輝きが、他の三体の持つ強大なコアのエネルギーと呼応し、それが翼の胸元へと注がれる。そして激しい光が海を照らし出した。


 


「奏が傍にいるか、遠くにいるか……だったら、私は……」


 


胸元の金色の究極シンボルが四体の光を吸収し、新たな究極シンボルへとその存在を転召させる。それと同時に、翼の意識は完全に浮上した。


 


「!」


 


うっすらと目が開かれる。まず映ったのは見知らぬ天井。口には呼吸器のようなものが取り付けられており、身体中にコードやらチューブやらが刺さっている。自分は今まで治療を受けていたようだと理解した翼は、その理由が絶唱だということにも即座に思い当たる。


 


(……不思議な感覚。まるで世界から切り離されて私だけ時間がゆっくり流れているよう……)


 


色々と吹っ切れたような気がする。それは、絶唱の影響なのか。或いは弾や響との出会いの影響なのか。それとも両方が要因なのか。いずれにせよ、今の自分ならばきっと、以前よりも戦える気がする。


 


(大丈夫だよ、奏。私、言うほど真面目じゃないから……だって、私以上に変に生真面目なのに全く折れない人がいるから。だから私も折れない。だから……こうして生き残ってる)


 


思わず涙が流れてしまう。それは、何に対しての涙だったのか。それを自分が理解することはないのだろう。だが、今はそれで十分だった。


 


 



 


 


「はぁーい!ただいま戻りました!」


 


夕方頃。元気よくトランクを手に戻ってきた了子だったが、二課に入ってきた彼女を見て全員が驚いた様な表情を見せていた。


 


「了子君!?」


「な、なによぉ、そんな幽霊でも見るかのような顔しちゃって」


 


弦十朗がここまで緊迫した声をしていることに何かただならぬ事があった、ということを察する了子。しかし、何があったのかまでは分からず、取り敢えず冗談交じりに返答する。その問答から了子が完全に無事だと判断した弦十朗は一転して冷静な声で、先程二課に届いた衝撃の真実を了子へと伝える。


 


「……広木防衛大臣が殺害された」


「……えぇ!?」


 


流石の了子もこれには驚いたようだ。そもそも、二課の存在が容認されているのは、良き理解者であった広木防衛大臣のおかげであると言ってもほとんど過言ではないのだ。二課やシンフォギアといった武力や存在を日本政府公認のものに出来たのは彼の働きかけが大きい。情報操作といった比較的無茶な行為を行うことが出来たのもこのためだ。しかし、それが出来なくなるというのは、組織としてはあまりにも大きすぎる損失だとも言える。


 


「手掛かりに近いものは幾つかあるが……いずれも犯行グループの特定にはまだ至っていない」


「了子さんに連絡も取れないから、皆心配していたんです」


「嘘?ちゃんと電源が……」


 


懐から携帯を取り出し、操作しようとする。するとここで、了子はどうして響の言うとおり、通信が取れなかったのかを理解する。


 


「あら、バッテリー切れちゃってたわ」


「……は、はは」


 


思わず、乾いた笑いしか出てこない。とはいえ、結果として了子が無事だったのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 


「心配してくれてありがとね……そして」


 


アタッシュケースの中から数個のメモリーチップを取り出す。


 


「機密資料は無事よ」


 


今日、広木防衛大臣への報告やその他諸々の会談の後に彼から渡された機密資料の山が詰め込まれたメモリーチップ。それを取り出し、目的は完遂したと弦十朗達に告げる。


 


「任務達成こそ、広木防衛大臣への弔いだもの」


 


 



 


 


その後の動きは忙しなかった。僅か一時間後に二課の面々全員を集合してのミーティングが行われる事となる。本部を中心として頻繁に発生するノイズ達の目的。それが最下層、アビスに存在するデュランダルである可能性が高いということを様々な資料を用いて証明すると、そのデュランダルの強奪こそがノイズの目的であると政府は結論付けたと了子は報告する。


 


(デュランダル……)


 


了子がモニターに映し出した剣は全体が錆びており、辛うじて形だけを保っている鈍にしか見えない。しかしその長さは片手剣などとは桁が違い、大剣のような大きさだ。


 


「EUが経済破綻した際に不良債権の一部肩代わりを条件に日本政府が管理、保管することになった数少ない完全聖遺物の一つ」


「移送するって……どこに?」


 


今保管されている場所であるアビス以外に完全聖遺物を保管する最高の条件が揃っている地がこの日本にあるというのだろうか。そんな当然の疑問も出てくるが、弦十朗はそれに対する回答を述べていく。


 


「永田町最深部の特別電算室……通称、記憶の遺跡だ。そこならば……ということだろう。どのみち、俺達はお上に従うしかないって事だ」


「デュランダルの予定移送日時は明朝の0500。作戦開始時間まで各自、待機して身体を休めておくように」


 


了子の言葉にミーティングが終了し、翌日に備えて様々な作業が行われる。デュランダルをアビスから移動させ、専用のアタッシュケースへと収納する。響や弾は翌日に備えてデッキの調整などを行うこととなっている。


 


「……はぁ」


 


今回行われる作戦はとても重要だ。故に、その都合上学生寮に戻る事が出来ず、未来にはそういう結構重要な用事が出来たと嘘を吐いて誤魔化している。その事が後ろめたく、響は一人休憩室のソファに腰掛けながら溜め息を吐いていた。デッキの調整でもして気を紛らわせようとしていたが、それが通用したのもつい数分前までの話。デッキも今の自分が考えられる限りで最高のものが出来上がり、何もすることがなくなってしまった。


 


「……」


 


ふと目の前の机の上の新聞が目に入る。これでも読んで気を紛らわせようかと思いながら新聞紙を持つと、トップ一面を使って翼が過労で入院したという旨のスクープが書かれた記事が響の目に飛び込んでくる。


 


「……あ」


 


二課が情報操作を行っている事は知っている。おそらくこれも表立って言うことの出来ない翼の集中治療に対するカモフラージュなのだろう。幸運にも、アーティストとしても彼女は動き過ぎていていた為、この言い訳はいとも簡単に通ったようだ。


 


「情報操作も僕らの役目ですからね」


「緒川さん」


 


その記事を見ていた響に慎次が声をかける。色々と神経質になりかけている響を安心させる為に、昼頃に入ったある朗報を響に聞かせる。


 


「翼さんは一番危ない時期を脱しました。もう安心ですよ」


「……よ、良かったぁ……」


 


その朗報に、響の顔が明るくなる。とはいえ、あくまで生きるか死ぬかの瀬戸際を無事に突破したというだけだ。実際に翼が戦力として戻れるかどうかは当然、無理な話だろうし今はあまりにも酷すぎる。


 


「ですが、当面は絶対安静ですね。月末のライブも中止ですね」


「でも良い知らせじゃないですか!このこと、早く弾さんに伝えましょうよ!」


「もう伝えましたよ。何時も通り、素っ気なく返されましたが……彼なりにも心配していたようでした」


「そ、そうですか……」


 


やる気が思わず空回りしてしまったようだ。だが、それぐらいが自分には丁度いいのかもしれないのではないだろうか。


 


「一人で背負いこむことはありませんよ。一人だけじゃない、いろんな人が少しずつでも様々な所でバックアップをしてくれている。だから、もう少し肩の力を抜いても大丈夫だと思いますよ」


「優しいんですね、緒川さんは」


「怖がりなだけです。本当に優しい人は他にいますよ」


 


どこか自嘲するようにその言葉を受け取る緒川。しかし、彼の言葉のおかげで響は先程よりもずっと楽になる事が出来た。怖がりなだけとは言うが、彼の対応を見て優しくないと思う人はいないだろう。そう思いながら響は慎次に感謝を述べる。


 


「少し、楽になりました。ありがとうございます。私、張り切って休んでおきますね」


 


元気よく答えると鞄を持って駆け出す。その背中を見ながら、慎次は苦笑しながら、声を漏らすのだった。


 


「翼さんも、響さんぐらい素直になってくれたらな」


 


 



 


 


翌日。太陽が昇り始め、陽の光が薄暗い街を染め始める中、数台の特別な処理を施された黒い車、そして黒いスーツとサングラスを纏った男性達が集う中、彼らとは異なる普段通りの格好をした弾達の姿があった。


 


「防衛大臣殺人犯を検挙するという名目で検問を配備、記憶の遺跡まで全力で駆け抜ける!」


「名付けて、天下の往来独り占め作戦!」


 


緊張した面持ちで響も静かに頷く。そして弾と響は了子の運転するピンクを基調とした車に乗り込み、その車を護衛するかのように四台の黒い車が左右前後に位置して統率された動きのまま移動している。


 


「……」


 


険しい面持ちで助手席から後ろの席を覗き込む。弾の隣に置かれたアタッシュケースの中に、今回自分達が全力で死守しなければならない剣が収まっている。


 


(もし、本当にデュランダルが狙いなら……奴らは確実にこれを奪い取る為に仕掛けてくる筈)


 


上空からはヘリが道路を見降ろすように飛行しており、弦十朗はいつ何か異常が起こっても大丈夫なように扉を開いて身体を乗り出している。辺りを警戒しながら進む一行。ふと、外を覗き込んだ響は、その視線の先、左側の道路にひびが入り、そのひびが急激に広がっていく光景を目の当たりにする。


 


「!了子さん!!」


 


響が声を上げるのと同時にひびが刻まれた道路が破壊され、崩れ落ちていく。その音が発生したのと同時に反射的に反応した了子はハンドルを切り、右側に逸れる事で素早く穴を避けていく。しかし、響達の乗る車両の左側を走行していた車は間に合わずに穴に落ちてしまい、壁に激突して爆発を引き起こす。


 


「あぁ……!」


「しっかり掴まっててね……」


 


視界の先で爆発する寸前に車から外に飛び出し、爆発から逃れる男たちを見ていたが、了子の言葉にはっとなって振り返る。


 


「え?」


「私のドラテクは凶暴よ」


 


一転して低い声になる了子。そのまま他の三台と共に速度を上昇させ、人のいない街中を疾走していく。


 


「敵襲だ!おそらくノイズだろう!」


「この展開、想定していたより早いかも……!」


 


走行する四台。前の車、そしてその後ろの響達の乗る車がマンホールの上を通過し、二台の後ろの車がマンホールの上を通過しようとした次の瞬間。マンホールが吹き飛ばされてその上に乗っていた車が宙を舞う。このまま地面に追突すれば中の乗員達は高確率で死亡してしまうだろう。しかし、そこは流石に訓練されているというべきか。爆発に巻き込まれないように外に飛び出し、足から地面に着地する男達。最悪骨折している可能性もあるが、生きているならば安すぎる代償だろう。


 


「ノイズは下水道を使って攻撃してきている!」


 


通信を通じて弦十朗から判明した情報を受け取りながら、ハンドルを切っていく。マンホールを吹き飛ばす事で車を吹き飛ばして無力化させ、さらに吹き飛ばされた車は了子が操縦する車両へと落下して攻撃を仕掛ける。それを避けながら、弦十朗へと通信を繋ぐ。


 


「弦十朗君、ちょっとこれやばいんじゃない?この先の薬品工場で爆発でも起こったら……デュランダルは!」


「分かっている!さっきから護衛車を的確に狙い撃ちし、さらにその車両に乗っていた者達を狙わないのは、何者かに制御されていると見える!」


 


思わず舌打ちをする了子。それは自分達の周りから排除して戦力を削ぎ落し、確実に狙う知的な戦術をノイズが取っているからか。或いは何か自分の思い通りにいかないことが起こっているからなのか。それとも、自分達が追い込まれていることを実感し、それに対する手が現状ない事に焦りを感じているのか。


 


「……?」


 


コアブリットでの飛行や宇宙へ射出された際の巨大なGにも耐え抜いた弾はこの程度の運転を荒くなど感じはしない。その為、この状況下でも冷静に周囲を見ていた弾は了子のいつもの彼女らしからぬ舌打ちに少しだけ疑問を抱いた。


 


「この先の薬品工場では荒っぽい事は出来ない!我々の攻め手を出来る限り封じてからデュランダルを奪うつもりのようだ!」


「勝算は?」


「思い付きで数字が出せるか!こうなったら、薬品工場地帯を抜け、一気に逃げ切るしか手はない!」


 


とにかく逃げろ。無茶ぶりにも程があるが、それしかないのも事実だ。残り二台となった車、了子達の前方を走る護衛車にマンホールから飛び出したノイズがかぶさって視界を封じ、咄嗟の判断で乗り込んでいた男たちが横へと転がりこんで車から脱出し、操縦者を失った車は大量のガスや薬品が詰め込まれている巨大なタンクに激突して大爆発を引き起こす。


 


「っ……!」


「わわわ!?」


「……!」


 


そしてノイズ達は弾達の乗る車へと襲い掛かる。それから逃れる為にハンドルを切っていくが、ノイズに意識を向けすぎたせいで、前方で立つパイプに気付けなかった。そのままパイプに躓いて車は半回転。車輪が空へ向けられたまま地面を何回も転がってしまう。


 


「!大丈夫か!?」


「は、はい……」


「俺は問題ない」


「一応無事よ。ただ、ちょっとまずいかしら」


 


このまま車の中にいれば何をされるかわからない。しかし、車から這い出るように出てきた三人の目の前に、ノイズの大群が待ち構える。加えて、ノイズは更に次々と増えていく。光のようなものが降り注ぎ、そこから新たなノイズが出現していく形で。


 


「こうなったら……仕方ないけどデュランダルを捨てて逃げるしかないわね。あいつらも目的はデュランダルだから……」


「そ、そんなこと駄目ですよ!」


「そりゃそうよね」


 


こんな時に何を呑気に。そう言わんばかりの切迫した声を放つ響、辺りを静かに見渡す弾、苦笑する了子。三人を近くのタンクの上から見下ろしていたのは、ノイズをソロモンの杖を使って増やしていたネフシュタンの少女。彼女が軽く杖を振るうと、ノイズ達は細長い棒のようなものへと形を変えて響達へと襲い掛かる。


 


「うわああ!?」


「おっと」


 


それを避ける為に走り出す。しかし、ノイズ達の車への攻撃でその車体が爆発し、その爆発に響は少し吹き飛ばされてしまう。弾と了子は何とか踏ん張るが、実は脆いものを用意されていたのか、弾が持つアタッシュケースの取っ手が千切れ、アタッシュケースが響の前方へと吹きとばされてしまう。


 


「しまっ……」


「おっと。あんたは行かせない!」


 


すぐにデュランダルを回収しに向かうが、そんな弾の足を止めるかのように鋭い鎖のようなものが弾の前方に突き刺さる。その武器の形状を記憶に残している弾は、その正体に咄嗟に思い当たり、顔を上げる。


 


「ネフシュタンの使い手……」


「激突王に覚えてもらえて光栄だね」


 


ネフシュタンの少女は弾の目の前に降りる。弦十朗も空から状況を確かめたかったが、発生した爆発によって引き起こされた爆煙のせいで詳しい状況を確認できない。そして弾の意識がネフシュタンの少女に向けられている中、ノイズ達は響ごとデュランダルを収めたアタッシュケースへと攻撃を仕掛ける。


 


「……」


 


しかし、了子の首元から一瞬だけ紅蓮の光が溢れたかと思うと、その手から赤い光が放たれて簡易的なバリアとなり、ノイズを防ぐ壁となる。同時に了子は、一枚のカードを胸元から取り出すと響へと投げ渡す。


 


「……了子さん?」


「しょうがないわね。貴女のやりたいことを、やりたいようにやりなさい!」


「!」


 


こうなった以上、作戦も糞も無い。ならば、派手にぶちかましてやればいい。それで駄目だったらもう仕方のないことだ。だからこそ、後悔の無いように。響は歌を紡ぎ、自身のシンフォギアを身体へと纏わせる。しかし、異変が起こる。


 


「「「!?」」」


 


とんでもないエネルギー。それは、三人が肌で感じ取れるほどだった。ノイズ達も思わず身動きを止めてしまうほど。そして次の瞬間、響の両目が、赤、白、緑、紫、青、黄。六色の光を帯びていく。


 


(この反応、まさか!?)


 


アタッシュケースが突然破裂し、その中からデュランダルが出現する。その剣は、黄色い光を帯びており、今にも動き出しそうな気配を見せていた。


 


「こいつがデュランダルか……」


(覚醒したというの!?現在、デュランダルと呼ばれる完全聖遺物……裁きの神剣が!?)


 


その剣は、まるで導かれるように響の手へと引き寄せられていく。そして響がそれを掴んだ瞬間。


 


「「「!?」」」


 


剣から流れ込むその膨大なエネルギーが、響の全身を包みこむ。その両目は真っ赤に染まり、焦点すら消える。そして剣はその形状を変化させ、白い刀身に黄色い刃を持つ巨大な剣となっていた。


 


「ゲートオープン、界放」


 


瞬間。デュランダルから放たれた光がその場にいた四人を吸収し、エクストリームゾーンへと誘う。その中でデュランダルは一枚のカードへと変換され、響のデッキの中へと投入されてデッキがシャッフルされていく。


 


(あれはいつもの響じゃない。完全に暴走している……)


 


息を荒げ、赤の光しか灯さない響の目。今の響がどんなプレイングをするのかどうか。それはもう誰にも予測できないだろう。それでも尚、彼女の目から何かを感じ取るとするなら、感じ取れるのは対峙するノイズを殲滅するという意志しかない。


 


「スタートステップ!ドローステップ!メインステップ!ライト・ブレイドラ、ピナコチャザウルス、ブロンソードザウルスを召喚!」


 


【ライト・ブレイドラ:赤・スピリット


コスト0:「系統:星竜」:【強化】


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


【ピナコチャザウルス:赤(緑)・スピリット


コスト1(軽減:赤1):「系統:地竜」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


【ブロンソードザウルス:赤・スピリット


コスト3(軽減:赤2):「系統:地竜」:【連鎖:条件緑シンボル


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


響のフィールドに銀色のブレイドラ、小さなアンキロザウルスのようなスピリット、ピナコチャザウルスの二体が先に現れ、さらに尻尾が剣になっている首の長いブロントザウルスに酷似した恐竜型スピリット、ブロンソードザウルスの三体が現れる。


 


「一気に三体同時召喚……!?」


「ブロンソードザウルスに1コア追加!」


 


【ブロンソードザウルス


コア1→2】


 


ブロンソードザウルスの召喚時効果により、相手のネクサス1つを破壊することができる。現在相手フィールドにネクサスは存在しないが、連鎖は発揮される。自身の色とシンボルを緑として扱えるピナコチャザウルスが存在することでボイドからコア1個がブロンソードザウルスへ追加されたのだ。


 


「ターンエンド!」


『スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ。駿将ムカリをLv2で召喚』


 


【駿将ムカリ:緑・スピリット


コスト3(軽減:緑1):「系統:雄将・剣獣」


コア2:Lv2:BP4000


シンボル:緑】


 


毛むくじゃらの巨大な猫のようなスピリットが現れる。緑のスピリットを投入したこのデッキを動かす為にもまず、コアを増やそうとしているのだろう。


 


『アタックステップ。駿将ムカリでアタック。駿将ムカリ、Lv2自分のアタックステップ時効果。系統:「雄将」を持つ自分のスピリットがアタックしたとき、ボイドからコア1個を自分のリザーブに置く』


 


ムカリが大地を駆ける。そして飛び上がると、響へ向けてその拳を振り上げる。


 


「ライフで受ける!!」


 


ムカリの拳の鋭い爪が響のライフを抉る。先制パンチを決められた響の身体は僅かに揺れるが、それだけだ。


 


(これも、デュランダルの力……ということかしら)


『ターンエンド』


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!バーストセット!」


 


響のフィールドにバーストが出現する。そのバーストは響の攻撃と防御に関係するだけでは無い、これから呼び出す、この戦いの前に了子に託されたあのカードの力を増幅させる為に必要なものだった。


 


「降臨しろ!超星覇龍ヤマトヴルム・ノヴァ!!召喚!」


 


【ライト・ブレイドラ


コア1→0】


 


【ブロンソードザウルス


コア2→0】


 


【超星覇龍ヤマトヴルム・ノヴァ:赤・スピリット


コスト8(軽減:赤3):「系統:星竜・古竜」:【激突】


コア1:Lv1:BP6000


シンボル:赤】


 


「!?」


 


劫火が解き放たれる。星すらも燃やしかねない炎を秘めた剣を構え、紅蓮の翼と漆黒の翼を広げる弾のまだ知らぬノヴァがその姿を現す。その身体に纏われた鎧は、白でも黒でもなく、炎のように燃える真っ赤な色をしていた。超星覇龍の出現と同時にライト・ブレイドラとブロンソードザウルスが不足コスト確保の為に消滅させられる。


 


「ヤマトヴルム・ノヴァ!こんなノヴァがいたなんて!」


「バーストでもないのに大型をこんな序盤に出すって言うのか……!?まだ3ターン目だぞ!?」


 


ネフシュタンの少女にとってもこの行動は驚くしかないのだろう。自分の理解を超えていると。確かに、いつもの響ならもう少しコアが増えてからこのスピリットを召喚するだろう。間違ってもこんなタイミングで呼び出す事はしない。やはり、彼女は暴走している。そう確信するしかない。


 


「ヤマトヴルム・ノヴァ、召喚時効果!駿将ムカリを破壊!」


 


超星覇龍ヤマトヴルム・ノヴァは召喚時効果により自分のバーストがセットされていればBP10000以下の相手スピリット1体を破壊する。その効果によりBP4000の駿将ムカリが不足コスト確保の為に消滅した二体のスピリットと同じく炎に焼かれて消えさる。


 


「アタックステップ!ヤマトヴルム・ノヴァ!ピナコチャザウルス!」


 


二体のドラゴンが咆哮と雄叫びをそれぞれ上げ、突進する。ピナコチャザウルスが全身を使って体当たりを仕掛け、ヤマトヴルム・ノヴァが炎の剣を振り上げてノイズへと攻撃を仕掛ける。


 


『ライフで受ける』


 


二体のドラゴンの攻撃を受け、そのライフを奪い取られる。しかし、この局面ではそのフルアタックがどう影響するのかどうか。


 


「ターンエンド」


「……」


『スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。一番槍のシベルザをLv1とLv2で召喚』


 


【一番槍のシベルザ:緑・スピリット


コスト3(軽減:緑2):「系統:剣獣・星魂」


コア1:Lv1:BP3000


シンボル:緑】


 


【一番槍のシベルザ


コア3:Lv2:BP5000


シンボル:緑】


 


背中から腕が生え、その腕が槍を握る甲冑を纏った巨大な犬が現れる。赤と青のオッドアイを持つその獣は二体同時に呼び出され、互いに共鳴し合うように鳴き声を上げる。


 


『アタックステップ。Lv2の一番槍のシベルザでアタック。一番槍のシベルザ、Lv2このスピリットのアタック時効果。自分のターンの最初のアタックのとき、このスピリットは回復する』


 


シベルザの身体が光に包まれる。そのまま槍を振り上げ、響へとその槍を振り降ろそうとする。


 


「ライフで受ける!」


 


槍が叩き付けられ、再びライフを奪われる。だが、シベルザの攻撃はまだこの程度では終わりはしない。


 


『Lv1の一番槍のシベルザでアタック』


「ライフで受ける!」


『ターンエンド』


 


二度のシベルザのアタックでコアが増える。ここまでコアと手札を荒く使っている響だが、それを回避する方法は今はこれしかない。


 


「スタートステップ!コアステップ!ドローステップ!リフレッシュステップ!メインステップ!三札之術を使用!」


 


デッキから2枚ドローし、その後デッキを上から1枚オープンしそれが赤のスピリットならば手札に加える。響のデッキからオープンされたのは、2枚目のライト・ブレイドラ。よって響の手札へと加えられる。


 


「ライト・ブレイドラを召喚!」


 


【ライト・ブレイドラ


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


「……がああああああああ!!!」


 


そして、手札に掴んだ一枚のカード。その力を解き放とうとした瞬間、響は悶えるような叫び声を上げ始める。


 


「!?響!?」


(やはり、ソードアイズでは無い彼女じゃ、覚醒、起動させることは出来ても使用は……!)


「何だよ、これ……」


「手札の雷光龍ライト・ジークヴルムを破棄!!そして、全てを、ぶった切れええええええ!!!裁きの神剣リ・ジェネシス!!召喚!!」


 


【裁きの神剣リ・ジェネシス:赤・ブレイヴ


コスト6(軽減:赤3):「系統:剣刃」


コア1:Lv1:BP6000


シンボル:赤赤】


 


手札からスピリット1枚を破棄することで初めて召喚することが可能となる、類を見ないダブルシンボルと最大合体時BPを保有する正に神の剣。白銀のその巨大な刀身には剣先から読み上げるとサバキノシンケンの合わせ文字が見える模様が刻まれており、その圧倒的な巨大ささえ除けば、響が覚醒させたデュランダルと同じ姿をしていた。そんな、とんでもないソードブレイヴが、天空から大地へと突き刺さる。


 


「……」


 


思わず、弾も言葉を失っていた。ブレイヴ使いであるからこそ分かる、その他とは一線を超えたブレイヴ。それの降臨を見て、了子の顔は、これ以上ないほどに興奮していた。


 


(凄い、凄い、凄い!!外から見たのと、実際に見たのではやはり天地の差がある!!これこそ、世界を無へ帰する為に、そして新たな世界を作り上げる為に使われた、神が振るったソードブレイヴ!!)


 


「裁きの神剣リ・ジェネシスを、超星覇龍ヤマトヴルム・ノヴァに合体!!」


 


【超星覇龍ヤマトヴルム・ノヴァ


コスト8+6→14


コア1→2:BP6000+10000→16000


シンボル:赤+赤赤】


 


ヤマトヴルム・ノヴァの手に握られていた炎の剣が消滅し、裁きの神剣が握られる。そして、ヤマトヴルム・ノヴァの翼は完全に黒く染まり、響の背中からも赤黒い光の無数の羽のようなものが出現する。


 


「アタックステップ!!剣刃合体アタック!!!」


 


ヤマトヴルム・ノヴァが剣を振り上げ、ノイズへと斬りかかる。その圧倒的な力は、ノイズのデッキのキースピリットを呼ぶ暇すら与えずに全てを消し去る。ヤマトヴルム・ノヴァの効果によって激突が発揮され、回復状態のLv2のシベルザへとその刀身を振り上げた。


 


「フラッシュタイミング!メテオストーム!!」


「!メテオストーム!」


 


【ライト・ブレイドラ


コア1→0】


 


【ピナコチャザウルス


コア1→0】


 


ライト・ブレイドラとピナコチャザウルスの2体から不足コストを確保して発動されるマジック、メテオストーム。その効果は、このターンの間、カード名に「ヴルム」と入っている自分のスピリット1体にこのスピリットのアタック時、BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき、このスピリットが持つシンボルと同じ数、相手のライフのコアを相手のリザーブに置く、という効果を与えるというもの。そしてその効果を受けたヤマトヴルム・ノヴァのシンボルは、裁きの神剣の力を加えてトリプルシンボル。よって、


 


「3つのダメージ……」


(さらに裁きの神剣の力でメテオストームのダメージを加速させたのね……!)


 


裁きの神剣が振り下ろされる。それによって生じた、空間さえも破壊する強烈な衝撃がエクストリームゾーン内を駆け巡り、四人全員を外へと吹き飛ばそうとする。


 


「な!?」


「くっ……!」


「予想以上……!」


 


残りライフ3のノイズがこの一撃で完全に消し飛ぶ。それと同時にヤマトヴルム・ノヴァのカードが裁きの神剣の力に耐え切れずに燃え尽き、消えてしまう。そして四人はエクストリームゾーンの外へと投げ出されるのだった。

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