第16話 過去から流れたもの

時は、ほんの少しだけ遡る。


 


(今は二人の所にすぐに向かった方が良いだろう。ならばこのバトルで取る選択肢は……)


 


ノイズと相対する弾。ネフシュタンの少女が作り出し、弾が自分達のいる所に来るまでの時間稼ぎの為の駒として用意されたノイズを倒す為にエクストリームゾーンへ移行した弾は、赤が持つ攻撃的な能力を可能な限り活かしたバトルを行う事を決意する。すぐにでも響達の下へ駆け付けたい気持ちもあるが、バトルに関してはその感情を焦りなどのプレイングミスを引き起こさない程度に抑えて自分のバトルを始める。


 


「スタートステップ、ドローステップ、メインステップ。モルゲザウルスを召喚」


 


【モルゲザウルス:赤・スピリット


コスト3(軽減:赤2):「系統:地竜」


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


弾が初手で呼び出したのは、鉄球の尻尾を持つ赤き恐竜、モルゲザウルス。戦いの為に装着された装甲が鈍く光る中、モルゲザウルスはフィールドに出現した赤いシンボルが砕かれる音と共にその姿を見せる。


 


「ターンエンド」


『スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、メインステップ。エリマキリザード、エッジホッグ、カメレオプスを召喚』


 


【エリマキリザード:赤・スピリット


コスト0:「系統:爬獣」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


【エッジホッグ:赤・スピリット


コスト1(軽減:赤1):「系統:爬獣」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


【カメレオプス:赤・スピリット


コスト3(軽減:赤2):「系統:爬獣・星魂」


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


大きなエリマキが特徴な赤い皮膚を持つエリマキトカゲのような姿をした赤のスピリット。コスト0のエリマキリザードを筆頭に身体から無数の針と刃を生やしたハリネズミ型のスピリット、エッジホッグが出現し、2体の赤のシンボルを用いて額から三本の角を生やした通常のものよりもずっと大きなカメレオン型スピリット、カメレオプスが全ての軽減シンボルを満たしたうえで召喚される。


 


「一気に三体か……」


『カメレオプス、Lv1・2効果。自分のメインステップ時、自分が本来のコストが7以上のスピリットカードを召喚するとき、このスピリットに赤のシンボル2つを追加する』


 


【カメレオプス


シンボル:赤+赤赤】


 


カメレオプスの身体から赤のシンボルが二つ出現する。高コストのスピリットを呼び出す際にそれをサポートする力。カメレオプスの効果と、並べた他の二体のスピリットのシンボルを加え、赤のシンボル5つを駆使することでノイズは大型のスピリットを呼び出そうとしている。その事実に弾は僅かに表情を険しくする。


 


『爬獣使い百地ダイルを召喚。不足コストはエリマキリザードとカメレオプスより確保』


 


【エリマキリザード


コア1→0】


 


【カメレオプス


コア1→0】


 


【爬獣使い百地ダイル:赤・スピリット


コスト7(軽減:赤5):「系統:雄将・爬獣」


コア1:Lv1:BP5000


シンボル:赤】


 


爆炎が吹き荒れる。その中から現れたのは、黒く硬い皮膚をもつクロコダイル。しかし、そのクロコダイルは巨大な図体を持っているだけでなく、赤を基調とした忍者の装束を纏っており、二本脚で立っている。ダイルの出現と共にエリマキリザードとカメレオプスは不足コスト確保の為に消滅して消えていく。


 


「早速出してくるか……」


 


随分と速い攻勢だ。しかし、こういう真っ直ぐな戦い方は弾としても嫌いでは無く、寧ろ個人的にはとても好ましいとも思っている。


 


『アタックステップ。爬獣使い百地ダイル、Lv1・2・3効果。自分のアタックステップ時、爬獣使い百地ダイル以外の系統:「爬獣」を持つ自分のスピリットすべてのLv1/Lv2/Lv3/BPを、このスピリットのBPと同じとして扱う』


 


【エッジホッグ


BP1000→5000】


 


『バーストをセット、アタックステップ。爬獣使い百地ダイルでアタック』


「ライフで受ける!」


 


ダイルが両手を上げると、二体の炎の龍が出現する。出現した龍は弾のライフを砕くべくその炎を激しく燃え滾らせながら弾を護る為に出現した赤い半透明な球体のバリアを破壊していく。


 


『ターンエンド』


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。モルゲザウルスをLv3にアップ」


 


【モルゲザウルス


コア1→4:Lv1→3:BP2000→6000】


 


「続けて、イグア・バギーをLv2で召喚」


 


【イグア・バギー:白(赤)・スピリット


コスト1(軽減:白1・赤1):「系統:機獣・星魂」


コア2:Lv2:BP3000


シンボル:白(赤)】


 


Lv3となったモルゲザウルスの隣に緑色の装甲を持つ四輪バギーが召喚される。どちらのBPも今相手のフィールドに存在するヘッジホッグよりも十分に高い。


 


「アタックステップ、モルゲザウルスでアタック。アタック時効果によりBP+2000!」


 


【モルゲザウルス


BP6000+2000→8000】


 


BPを増加させ、モルゲザウルスが果敢に殴りこむ。そのアタックを前に、ノイズは元々無感情であるのが影響しているのだろうが、何の躊躇いも見せずに結論を下す。


 


『ライフで受ける』


「続けてイグア・バギーでアタック!」


『ヘッジホッグでブロック』


 


イグア・バギーはタイヤを回転させながら前進する。その目の前には迎撃の為に突進してくるヘッジホッグの姿があり、二体は真正面から激突する。しかし、イグア・バギーの方がBPが高い為、ヘッジホッグは弾かれるように飛ばされて光と共に消える。が、それと同時にノイズの場にセットされていたバーストが起き上がり、赤い光を放つ。


 


『相手による自分のスピリット破壊後、バースト発動、双光気弾。自分はデッキから2枚ドローする』


 


ノイズの切れていた手札が再び二枚に増える。フラッシュ効果は使用する必要が無いのかそのまま発揮はしなかった。


 


「ターンエンド」


『スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。爬獣使い百地ダイルをLv2へアップ』


 


【爬獣使い百地ダイル


コア1→3:Lv1→2:BP9000】


 


『カマパゴスを召喚』


 


【カマパゴス:赤・スピリット


コスト3(軽減:赤1):「系統:雄将・爬獣」


コア2:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


マグマの燃え滾る窯を甲羅として背負った大きな亀が出現する。このスピリットもダイルの効果の恩恵を受ける事が出来る爬獣の系統に所属している。


 


『バーストをセット。アタックステップ』


 


【カマパゴス


BP2000→9000】


 


アタックステップに入り、カマパゴスのBPがダイルのBPと同じになる。一気にBPを上昇させた二体のスピリットを従え、ノイズは弾へアタックを仕掛けようとする。


 


『爬獣使い百地ダイルでアタック』


「ライフで受ける!」


 


再びダイルの放った火龍が弾を襲う。だが、このターンのアタックはダイルだけに留まる事はない。


 


『カマパゴスでアタック』


「こっちもライフで受ける!」


 


続けてカマパゴスが飛び上がり、その身体を弾へ叩き付ける。その衝撃は弾のライフを再び奪い取り、残りライフを2つだけ残す事となる。


 


『ターンエンド』


「スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、メインステップ。さらにイグア・バギーをもう1体召喚」


 


【イグア・バギー


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:白(赤)】


 


「いくぞ!十二宮Xレアをここに!水瓶座より来たれ、宝瓶神機アクア・エリシオンを召喚!不足コストはモルゲザウルスとイグア・バギー1体より確保!」


 


【モルゲザウルス


コア4→0】


 


【イグア・バギー


コア2→0】


 


【宝瓶神機アクア・エリシオン:白・スピリット


コスト7(軽減:白4):「系統:光導・武装」:【装甲:赤/紫/青】


コア3:Lv2:BP8000


シンボル:白】


 


天空に白い水瓶座が描かれる。そこから放たれた巨大な水流が地面へと降り注ぎ、その中から水瓶を半分に割った様な装甲を腕に纏った二刀流を操る人型のした水瓶座の化身がその姿を降臨させる。その背中には二つの巨大な水瓶が背負われており、アクア・エリシオンが刃を振り抜いて水を払うと、空から大量の雨が降り注いだ。


 


「バーストをセットしてアタックステップ!アクア・エリシオンでアタック!」


『ライフで受ける』


 


アクア・エリシオンが刃を横に薙ぎ払うようにして構えると、まるで地面を滑るかのように滑らかに移動し、ノイズへその刃を振り降ろす。


 


『自分のライフ減少後、バースト発動。救世神撃覇。BP合計6000まで相手のスピリットを好きなだけ破壊する』


 


ライフ減少により起動する赤のバースト。その力が、BP6000までのスピリットにで該当しているイグア・バギーへと襲い掛かる。しかし、その炎を前にアクア・エリシオンは両腕の水瓶を合わせて一つにすると、そこから青い水流を放ち、イグア・バギーを覆う装甲へと変化させてその炎を弾き飛ばす。


 


「宝瓶神機アクア・エリシオンの効果でイグア・バギーは装甲を得ている。赤のマジックは通用しない!」


 


宝瓶神機アクア・エリシオン、Lv2・3効果により、系統:「神星」/「光導」/「星魂」を持つ自分のスピリットすべてに装甲:赤/紫/青が与えられる。それにより、系統:星魂を持つイグア・バギーもまた装甲:赤を得る。それにより、赤のマジックである救世神撃覇の効果を受け付けなくなったのだ。


 


『爬獣使い百地ダイル、Lv2・3効果。自分のバースト発動後、自分のトラッシュにある系統:「爬獣」を持つスピリットカードを好きなだけ、コストを支払わずに召喚する』


「!」


『エリマキリザードをLv2、カメレオプスをLv1、ヘッジホッグをLv1で召喚。爬獣使い百地ダイルをLv1へダウン。カマパゴスのコア1個を移動し維持コアを確保』


 


【爬獣使い百地ダイル


コア3→1:Lv2→1:BP9000→5000】


 


【カマパゴス


コア2→1】


 


【エリマキリザード


コア2:Lv2:BP2000


シンボル:赤】


 


【カメレオプス


コア1:Lv1:BP2000


シンボル:赤】


 


【エッジホッグ


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


バーストから呼び出されていくスピリット達。ダイルの手から呼び出されていく三体のスピリット達が、弾を襲う物量の壁となっていく。


 


「ターンエンド」


『スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ』


 


リフレッシュステップを宣言した瞬間、ノイズのフィールドに水が流れ、スピリット達の足元を満たしていく。その水に浸されたエリマキリザード達は何も変わらない様子だったが、疲労しているダイルとカマパゴスはその効力を受けてしまった。


 


「アクア・エリシオンの効果だ。お互いのリフレッシュステップ、合体していないスピリットは1体しか回復できない!」


『爬獣使い百地ダイルを回復。メインステップ、爬獣使い百地ダイル、エッジホッグをLv2にアップ』


 


【爬獣使い百地ダイル


コア1→3:Lv1→2:BP5000→9000】


 


【エッジホッグ


コア1→2:Lv1→2:BP1000→3000】


 


『アタックステップ』


 


【カマパゴス


BP2000→9000】


 


【エリマキリザード


BP2000→9000】


 


【カメレオプス


BP2000→9000】


 


【エッジホッグ


BP3000→9000】


 


『エッジホッグでアタック。Lv2アタック時効果発動、BP+1000』


 


【エッジホッグ


BP9000+1000→10000】


 


「ライフで受ける!」


 


エッジホッグの鋭い刃が弾へ叩きつけられ、残り少ないライフが削られていく。ブロッカーはイグア・バギーのみ。このままでは弾のライフはノイズに全て削り取られてしまう。


 


『エリマキリザードでアタック』


「イグア・バギーでブロック!フラッシュタイミング、ストームアタックを使用!不足コストはイグア・バギーとアクア・エリシオンより確保!」


 


【イグア・バギー


コア1→0】


 


【宝瓶神機アクア・エリシオン


コア3→1:Lv2→1:BP8000→6000】


 


「相手スピリット1体、カメレオプスを疲労させ、自分のスピリット1体、アクア・エリシオンを回復させる!」


 


旋風が吹き荒れ、アクア・エリシオンに再び立ち上がる力を与える。同時に、相手フィールドのカメレオプスがその旋風の力を受けて倒れ、疲労する。エリマキリザードのバトルもイグア・バギーの消滅により不成立となってしまう。そして、アタックできるのはダイルのみ。このままアタックしてアクア・エリシオンを破壊することが出来ても、弾のライフは奪いきれない。ならば、アタックをするよりブロッカーを残す方を優先するべきなのだろうと判断したのだろう。ノイズはアタックステップをここで終わらせる。


 


『ターンエンド』


「ここが執念場だ……スタートステップ、コアステップ、ドローステップ、リフレッシュステップ、アクア・エリシオンを回復。メインステップ、ブレイドラ2体を召喚!」


 


【ブレイドラ:赤・スピリット


コスト0:「系統:翼竜」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


【ブレイドラ:赤・スピリット


コスト0:「系統:翼竜」


コア1:Lv1:BP1000


シンボル:赤】


 


手始めに呼び出したのは、二体のコスト0の赤スピリット、ブレイドラ。召喚されたブレイドラは愛嬌のある鳴き声をフィールドに響かせ、弾はその二体を糧として新たな一枚を呼び出していく。


 


「牡牛座より来たれ、金色の神よ!!金牛龍神ドラゴニック・タウラス!Lv3で召喚!!不足コストはブレイドラより確保!」


 


【ブレイドラ


コア1→0】


 


【ブレイドラ


コア1→0】


 


【金牛龍神ドラゴニック・タウラス:赤・スピリット


コスト7(軽減:赤4):「系統:光導・古竜」:【激突】


コア5:Lv3:BP10000


シンボル:赤】


 


カードが掲げられた瞬間、金色の稲妻が奔る。無数の光がカードから放たれるとそれは空へと無数の光の柱へと分裂して天空へ立ち昇っていき、時を同じくして天空に出現した暗雲に牡牛座を描く。続いて牡牛座から降り注いだ光が地面へと降り注ぎ、その威力が大地を砕くと、砕かれ、発生した大きな砂煙の中から二枚の翼を空に広げ、二本の巨大な金色の角を見せる赤き巨大な猛き牛が降臨する。


 


「アタックステップ!金牛龍神ドラゴニック・タウラス、爬獣使い百地ダイルに激突!!」


 


ドラゴニック・タウラスが咆哮を張り上げ、ダイルへと激突していく。瞬間。ドラゴニック・タウラスの身体から赤いシンボルが一つ出現し、同じくしてダイルの身体からもそのスピリットが持っている赤いシンボルが一つ出現する。


 


「ドラゴニック・タウラス、Lv2・3アタック時効果!このスピリットのアタックがブロックされたとき、そのスピリットとシンボルの数を比べて相手よりも多いシンボル1つにつき1つ、相手のライフをリザーブに置く!さらに、Lv3の時、このスピリットのLv2・3効果でシンボルを比べるとき、系統:「神星」/「光導」を持つ自分のスピリット1体につき1つ、赤のシンボルを追加する!」


 


弾のフィールドには系統:「光導」を持つ宝瓶神機アクア・エリシオンと金牛龍神ドラゴニック・タウラスの二体がいる。よって、ドラゴニック・タウラスに加算されるシンボルの数は二つになる。


 


【金牛龍神ドラゴニック・タウラス


シンボル:赤+赤赤】


 


ドラゴニック・タウラスの身体から更に二つの赤のシンボルが出現する。合計三つの赤のシンボルは、ダイルが持つ一つのシンボルと激突し、お互いのシンボルが一つずつ砕かれていく。そして残ったドラゴニック・タウラスの二つのシンボルがノイズへと襲い掛かり、一気にそのライフを奪い取っていき、3つあったライフを一気に残り1つにまで減少させる。


 


「まだバトルは続いている!」


 


ドラゴニック・タウラスの突進を前に、数匹の火龍を生み出して襲わせるダイル。しかし、そのすべてを金色の角から放つ稲妻で一蹴すると、ドラゴニック・タウラスはダイルへと勢いよく圧し掛かり、前足を全力で叩きつけてその身体を一撃で粉砕する。


 


「いけ、アクア・エリシオンでアタック!」


 


牡牛座に続くように、水瓶座のスピリット、アクア・エリシオンが飛び出していく。両手の刃を振り上げると、それを交差させるようにしてノイズへと刃を振り降ろす。


 


『ライフで受ける》』


 


ライフで受けたノイズの身体が炭化して霧散していく。敵を倒した事を確認し、エクストリームゾーンから元の空間へと帰還した弾は、散っていくノイズ達の残骸には目もくれず、響と翼の下へ向かう為に急いでいくのだった。


 


 



 


 


「っ……ぐ、ぅう……!!」


 


エクストリームゾーンから弾かれるように飛ばされた三人の少女はそのまま地面に叩きつけられる。ボロボロの鎧を纏いながら、ネフシュタンの少女は呻き声を上げる。翼の絶唱によって膨れ上がったエネルギーが与えたそのダメージによって鎧ごと傷つけられたその身体にかかっている負荷は決して生半可なものでは断じてない。しかも、


 


「ぅ……ぁぁ……!!」


 


傷つき、砕かれた鎧の先に見える皮膚。そこに、細い無数の管のようなものが浸食していき、少女は激痛を感じ取る。まるでネフシュタンの鎧が自分を修復する為に少女を喰らおうとしているかのように。


 


(不味い……!あいつの所に戻らないと……!けど……!)


 


痛む身体を無理矢理起こして目の前の光景を見る。光の無い目を見せ、目や口などから大量の血を流しながら倒れている、シンフォギアの消えた翼と、彼女に駆け寄る響。その姿を見ながら、必死に立ち上がる。


 


(あの女を、捕まえなきゃ……!)


 


自分がここにいるのは、翼とバトルする為などではない。響を捕獲し、連行していくのが目的なのだ。翼の妨害も予想しており、それによってバトルを避けられはしないというのも分かってはいたが、ここまで来て何もせずにこのまま逃げ帰るのも苦労に見合わない。苦しそうな声音を絞り出すように吐き出しながら、少女は響達に杖を向ける。


 


「翼さん!翼さん!?死んだら駄目ですよ!?翼さん!」


「おい……!」


「!」


 


少女の声に、響ははっとなって顔を上げる。翼が致命傷を負っているという事実に気を取られていて、まだ敵がいるという事を完全に見落としていた。翼が戦えない今、自分が戦うしかない。あのガイ・アスラという巨大な敵を倒すことができるというのか。それは分からないが、やるしかない。恐怖からか身体を震わせながら響がゲートを開こうとした瞬間、少女は杖を翼に向ける。


 


「ゲートを開くな。ノイズを出してその女を消すぞ」


「!!」


 


シンフォギアを纏っていない今の翼では、ノイズに襲われて待っているのは死のみだ。しかし、この場でバトルをするというのは、響にとっても、翼にとっても、そして少女にとっても余りにリスクが高すぎる行動である。その事に気付いていないのは響だけ、このままネフシュタンに喰われ続けて死ぬのは避けたい少女はそのリスクを気付かせるように響を脅していく。


 


「尤も、バトルしている間にそいつが死んじまってもいいなら話は別だがな」


「……!!」


 


自分がどれだけ軽率な行動をしようとしているのかに気付き、響は先程まで考えていたバトルと言う選択肢を消さざるを得なくなる。響の中にあった闘志が消えたのを確認し、バトルの間にネフシュタンに浸食されていき、死ぬのを避けたかった少女は内心で安堵しながら響に杖を向ける。


 


「その女を殺されたくなかったら、私と一緒に来てもらおうか」


「……私が、行けば翼さんは」


「ああ、見逃してやるさ。生き残れるかどうかまでは別問題だがな」


「わか……」


「その必要はない」


「「!!」」


 


瞬間、男の声が聞こえてくる。聞き慣れたその声に響は一種の安心感さえも抱きながら、少女はまさかあの男がここに来てしまったのかと恐れ気味に同時にその声の主へと視線を向ける。そこには、ノイズ達を蹴散らしてこの場に現れた弾の姿があった。


 


「響を連れていきたいなら、まずは俺を倒してからだ」


(っ、足止めが全然駄目だったのか……!?それとも……!)


 


翼とのバトルで予想以上に時間を掛け過ぎたか。或いは、両方が重なった事で起こった奇跡なのか。ともかく、こんな状況で邪魔をされる訳にはいかない。少女はネフシュタンの鎧の武装である鋭い刃が連結した鞭を弾へ向けて振り抜く。


 


「邪魔だああああ!!」


「っ、弾さん!?」


 


その攻撃から一瞬たりとも視線を外さずに弾はそのまま不動を貫く。そして、鞭が弾へ突き刺さろうとした次の瞬間、弾は僅かに身体を横へずらすことでその攻撃を回避してみせる。


 


「なに……!?」


「言いたい事があるなら、バトルで語ったらどうだ?」


 


一歩、また一歩とゆっくりと歩いてくる弾。ネフシュタンの攻撃は、少女が多少負傷していることを加味しても、常人ならば見切る事はおろか、目視することもままならない筈の一撃だ。それを当たり前のように避けた上で不敵な笑みを浮かべながら徐々に迫ってくる弾。彼から感じ取れる一種の威圧感のようなものを前に、少女は一種の不気味さを感じ取っていた。


 


(くそ、ここまで来たってのに……!何なんだよ、このラスボスは!?)


 


それだけではない。どこか、似ているのだ。自分が付けているネフシュタンの鎧から時折感じ取れる不気味さ。いや、風格と言うべきものが、何故か弾からも感じ取れている。弾が聖遺物と融合しているという訳では無く、十二宮Xレアが弾に何かしらの神格などを与えているというわけでもない。なのに、ただの人間がこれほどの風格を身に付けられるというのだろうか。


 


「……く、くそ!!」


 


今戦っても、確実に勝てない。負傷した自分にはネフシュタンの浸食と言うタイムリミットも迫っている。それだけでなく、自分に響を連れて来いと命令を出した存在から、もし弾と戦う事があった場合は、身体的にも精神的にもベストな状態で戦えと指示されているのだ。つまり、それほどまでにその存在は馬神弾の事を評価し、警戒し、畏怖しているということが分かる。話に聞いた限りでは余程凄い奴だという印象でしかなかったが、実際に目の前にして漸くその言葉を理解した少女は、撤退の選択肢を何の躊躇いも無く選択してその場から飛び出して逃げていく。


 


「逃げたか……響、翼は?」


「……そ、それが……」


 


弾も翼の容態を確認していく。出血多量なのと身体中に大きな負荷がかかってしまった結果がこれなのは見ただけで理解出来るが、それ以上に弾は、彼女からある何かを感じ取った。それは、以前百瀬勇貴が異界王に敗北し、白のシンボルを打ち砕かれた時の彼に似たもの。その意味を理解した弾は、大きく目を見開く。


 


「だ、弾さん……!?」


「大丈夫か!?翼!!」


 


そこに、車で移動してきた弦十朗達が到着する。現場に向かう為に急いできたのだろうが、既に全てが終わった後だった。その事を辺りを見て把握した弦十朗に、弾は感情を押し殺したような声で告げる。


 


「すぐに治療の準備をして欲しい……」


「ど、どうしたんですか、弾さん……?」


 


弾の変化。それは、響や弦十朗にも容易に理解出来た。が、それは翼が大怪我を負っているからなのだと思っているが、それは違う。弾は、少しだけ言うのを躊躇っていたが、隠した所で意味はないと今の翼に起こった、致命的な変化を彼等に告げていく。


 


「確信した。ネフシュタンの鎧は、異界王の力が宿っている。そしてその力の前に敗北した翼は……シンボルを砕かれた」


「し、シンボル……?」


 


すぐに救急車を手配しようと電話を手にする弦十朗。彼と、車から降りた了子は弾の意味深な発言に耳を傾けていく。しかし、響はシンボルと聞かれて、意味が分からないと言った様子で首を傾げる。


 


「少し、疑問に思っていたんだ。バトルスピリッツのシンボルは、赤、紫、青、黄、緑、白の六色しかない。ならば何故、存在しない筈の七色目、究極シンボルがあるんだろうと。でも、簡単な話だった」


「え……」


「マザーコアだ。俺のいた時代じゃ、マザーコアはグラン・ロロの維持に必要なコアだったけど……マザーコアにもシンボルはあった。もし、究極シンボルがマザーコアの力のほんの一部が変化した姿だとしたら……」


「惜しいけど……ちょっと違うわね」


 


弾の考えている事は、大体正解だ。そう言いながらも了子は、弾の話に続けるように細部の訂正をしていく。


 


「古代の異端技術によって作られた聖遺物。その中には、異世界にあるコア、マザーコアの力の一部を宿したものもあったの。けど、マザーコアの力は一部とはいえ、当時の聖遺物では抑えきれなかった。完全聖遺物状態であった頃の状態なのにね」


「ああ。あの力は人間にはあまりに強すぎる」


「そう。だからこそ、聖遺物に抑え込めるように、かつ独立したエネルギーとして新たなシンボルを与え、聖遺物はその力を得て生まれた。それこそが……七つ目のシンボル、究極シンボルなの」


 


故に、聖遺物の力を引き出すという事はアルティメットを生み出すという事なのだろう。最も、マザーコアのエネルギーの一部から作られたというわけではない十二宮Xレアやネフシュタンの鎧と言う例外はアルティメットを生み出さないようだが。


 


「ここまでくれば、何故装者がアルティメットを使えるのか、その理由……分かって来たんじゃないかしら?」


「ああ。マザーコアが変換された力と言ってもその本質はマザーコア。普通の人間には使える訳が無い……けど、それを可能とするのが聖遺物という媒体。それを使うことで人間が使用できるようになる。でも、聖遺物を起動させる為のエネルギーを生み出す為には、適合者である必要があるんだったな」


「ええ」


「なら話は簡単だ。適合者であるということは、俺達の観点から言えば究極シンボルを持つ光主、究極の戦士であるということなんだ」


 


同時に、異界王の力が宿ったネフシュタンの鎧と言う存在で弾はある確信を得ていた。この世界が、自分がいた時代よりも、魔族達が生きる世界で地球リセットを避ける為に戦った未来世界よりもずっと先の未来であるという事を。人間が異界グラン・ロロで進化し、地球へと戻ってきた魔族達がいないのは気になるが、時代的に見積もってもずっと未来であることは確実だ。


 


「……あの、弾さんって……何者、なんですか?」


 


先程の翼と少女のバトルの中でも出ていた、弾が遠い過去の人物であるということ。翼が絶唱を歌う前から半ば満身創痍に近い状態になるほどの痛みの中で戦い抜いたという事。弾の事は信用しているし、悪い人である訳が無い。故に、響は弾という人間の事を知りたいと思っての発言だった。その質問に対し、弾は優しく笑うと、救急用の車両が近付いてくる音を聞きながら、こう告げるのだった。


 


「かつてのコアの光主、赤の戦士さ」


 


 



 


 


「辛うじて、一命は取り留めました。ですが、容態が安定するまでは絶対安静、予断の許されない状況です」


 


病院へ運ばれた翼は、緊急手術が即座に行われる。その結果、絶唱による大きなバックファイアのダメージを受けながらもぎりぎりの所で何とか生存できたという吉報が舞い込んできた。とはいえ、あくまで第一関門は突破した、と言い換えた方が適している状況であるが。


 


「……」


 


弦十朗を始めとした職員達はネフシュタンの鎧の痕跡を探す為に現場に向かっている。翼が命を賭してまで取り戻そうとした鎧、その手掛かりを見つけ、彼女の戦いを無駄にしない為に。そして男たちが動いている中、響と弾は、手術室の近くにある休憩スペースにあるソファに座っていた。弾は少し苦しそうに表情を歪めていたが無口なままで、響も誰と会話するという事も無く一人項垂れていた。


 


「……翼さん……」


 


頭がこんがらがっていて、訳が分からない。だが、ここに来る途中、弾の口から、翼を見た時に彼が最初に呟いた、シンボルが砕かれたという言葉を聞いた時のショックは、あまりにも大きかった。


 


『自分の中にあるシンボルを砕かれるという事は、光主にとっては大きなダメージになる。最悪の場合、翼はこのまま戦う事すらもままならなくなる可能性もある』


 


もし、あの状況で自分が戦っていたら、翼は無事だったのかもしれない。しかし、自分が戦ったところでガイ・アスラに勝てるのか。弾でさえも、あの幻羅星龍ガイ・アスラを倒す事は出来なかったのだ。それを、自分が倒せていたか。勝てたのか。考えれば考えるほど、自分の弱さに情けなくなってきてしまう。自責の念に追い込まれていき、周りが見えなくなっていく響、ふと彼女達に一つの声がかかる。


 


「お二人が、気に止む必要はありませんよ」


「……あ……」


「……」


 


その声に顔を起こす響。二人に声をかけた慎次は、自動販売機でコーヒーを三つ買いながら、響と弾に話しかけていく。


 


「翼さんが自ら望み、自らの意思で歌ったのですから」


「緒川さん……」


「二人も御存じかもしれませんが、翼さんは以前、アーティストユニットを組んでいました」


「ああ、話では聞いた。ツヴァイウイングだったか」


 


ツヴァイウイング。かつて翼が奏と共に人気アーティストとして活動していた時のコンビ名だった筈だ。


 


「二年前のツヴァイウイングのライブ、その時にノイズの大群が観客達を襲った時に、その被害を最小限にする為に奏さんは絶唱を解き放ったんです」


「絶唱……それって、翼さんがやっていた……」


「装者への負荷を厭わず、シンフォギアの力を限界以上に解き放つ絶唱は、ノイズの大群を纏めて殲滅することに成功しましたが、同時に奏さんの命を燃やし尽くしました」


 


限界を超えた力。今にして思えば、異界王の散り際も、その限界以上の力を押さえ付けていたマギサの魔力が失われたことや、弾とのバトルで敗北したことによってマザーコアの膨大な力に命を燃やし尽くされた結果なのかもしれない。そして、自分も十二宮Xレアの力を最大限以上に発揮する神々の砲台の引き金となり、その命を燃やし尽くされた可能性もあったかもしれないことを考えると、他人事などでは考えられない話でもある。


 


「それは……」


「奏さんの殉職、ツヴァイウイングの解体……一人になった翼さんは、奏さんの抜けた穴を埋めるべく、がむしゃらに戦ってきました。そこには、弾君の言っていた通り、過去の幻影に縛られた面もあったのでしょうが……同じ世代の女の子が知って然るべき恋愛や遊びも覚えず、今まで楽しんでいたバトルへの楽しみも殺し、自分を殺し一振りの剣として生きていました。お二人のおかげで、本当の自分を取り戻しつつある中でも、やはり彼女の中ではあの時への悔恨の想いがあったのでしょう。そして彼女は今、防人としての役目を全うした……死ぬことすら覚悟して、歌を歌いました」


「……不器用、なんだな」


「ええ、どこかの誰かさんみたいです」


 


僅かに微笑みながら返事を返す弾。同時に、無言を断ち切った彼に、慎次もまた笑いかける。


 


「でも、そういう生き方しかできないんですよ」


「……ああ、そうだな」


 


弾も、ある意味では翼と同じと言えるのだろう。大切な仲間を奪われ、感情を閉じ込め、一人のカードバトラーとして、ひたすらにバトスピに打ち込み、世界から閉ざされた空間で生きてきた。本来ならば学生として青春を謳歌しなくてはいけない年齢なのに、それを味わう事は出来なかった。英雄として祭り上げられ、それは次第に化け物、世界の敵へと見る目が変わっていったあの世界では。


 


「弾君も、感情を抑え込まなくてもいいんですよ」


「そうだな……似たことをある人に言われたよ。怒りたい時には怒れってさ。でも、これが俺の生き方だからな」


「じゃあ、仕方ありませんね」


 


弾が今まで無言でいたのも、翼の事やネフシュタンの少女の事を考えていたからなのだろう。感情を表に出さないというその性質も、周りから隔離された中で唯一の道であったカードバトルで強くなろうとして得たポーカーフェイスによって鍛え上げられたものなのかもしれない。


 


「……二人に、お願いがあるんです」


「……え?」


「……?」


 


慎次の頼み、それを聞く為に響と弾は、彼に視線を向ける。慎次は二人の顔を見ていくと、語りかけるように微笑みながら言葉を託す。


 


「翼さんを、嫌いにならないでください。翼さんを、世界で独りぼっちにさせないでくださいね」


「……ああ。俺みたいな苦しい生き方は、させないさ」


「……はい」


 


慎次の心からの願い。それを響と弾は、優しく笑いながら受け取るのだった。

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